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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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89/120

第89話 名称

――製造進行率:93%。


 壁に残った。


 空白。


 ――呼称:――――。


 俺は。


 その文字を。


 じっと見ていた。


「……覚えてるんだな?」


 箱の中の少年に。


 聞く。


『うん』


「じゃあ」


「言えるだろ」


『言える』


「なら」


 一拍。


「言ってくれ」


 少年は。


 黙った。


 しばらくして。


『言わない』


「……」


「何で?」


『この名前は』


 一拍。


『俺だけのものじゃないから』


 ミラが。


 顔を上げた。


「……私も?」


『うん』


「どういう意味?」


『その名前を』


『君が呼んだ時』


『君も』


『その名前を持った』


「……」


 俺は。


 眉をひそめる。


「一つの名前を」


「二人で持った?」


『そう』


「アルドみたいに?」


『違う』


「じゃあ何が違う?」


『アルドは』


『受け渡した』


『この名前は』


 一拍。


『共有した』


 俺は。


 黙った。


 また。


 名前の話だ。


 だが。


 今までとは。


 少し違う。


「じゃあ」


 ミラを見る。


「五十年前のミラと」


「今のミラは」


「同じ名前を共有してる?」


「……分からない」


 ミラが。


 苦笑する。


「私自身」


「五十年前のこと」


「何も覚えてないし」


「でも」


「記録は」


 俺が。


 続ける。


「お前を製造者としている」


「うん」


「M-00も」


「ミラになった」


「うん」


「M-02にも」


「五十年前に」


「お前が名前をつけた」


「……うん」


 ミラは。


 少し考える。


「ねえ」


「何だ?」


「もしかして」


「私」


「ずっと」


「名前を作ってきたのかな」


「……」


 その言葉に。


 俺は。


 少しだけ。


 違和感を覚えた。


「名前を作る?」


「うん」


「誰かに名前をあげるんじゃなくて」


「名前そのものを」


「作ってた」


「そんな気がする」


 その瞬間。


 壁が。


 反応した。


 ――製造者:ミラ。


 ――製造物:名前。


「……」


 俺は。


 目を細めた。


「人間を作ってるんじゃない」


「名前を作ってる?」


 01が。


 壁を見る。


「なら」


「MIRA計画の目的は」


 一拍。


「人格の製造じゃない」


 ミラが。


 静かに言う。


「名前によって」


「人格を生み出すこと」


 俺は。


 今までの記録を思い出す。


 名前をつける。


 人格が固定される。


 名前を返す。


 人格形成が始まる。


 名前を捨てる。


 人格が揺らぐ。


 名前を持つ。


 存在が確定する。


「……」


 もしかすると。


 俺たちは。


 ずっと。


 名前に振り回されていたんじゃない。


 名前によって。


 存在を作られていた。


 そう思った時。


 箱の中の少年が。


 俺に言った。


『だから』


「ん?」


『俺は』


『お前に名前をつけてほしい』


「……」


『五十年前のミラは』


『俺に名前をくれた』


『でも』


『その名前は』


『俺とミラを繋ぎすぎた』


「繋ぎすぎた?」


『俺が』


『ミラの感情を感じる』


『ミラが』


『俺の記憶を見る』


「……」


『だから』


『二十八年前』


『ミラは』


『その名前を返した』


 ミラが。


 息を呑む。


「私が?」


『うん』


「誰に?」


『レインに』


 俺は。


 黙る。


「じゃあ」


「二十八年前」


「俺が受け取った名前って」


『アルドじゃない』


「……」


『本当は』


『別の名前』


 俺の胸が。


 ――ドクン。


 鳴った。


「……何て名前だ?」


『言えない』


「またか」


『今のレインが』


『まだ持っているから』


「俺が?」


『うん』


「どこに?」


『心臓の奥』


 俺は。


 胸を押さえる。


 第二心臓。


 第三心臓。


 今まで。


 何度も。


 鼓動してきた。


 その奥に。


 まだ。


 名前がある。


「……」


 俺は。


 目を閉じる。


 すると。


 また。


 映像が見えた。


 雪。


 五十年前。


 小さな研究室。


 俺。


 アルド。


 そして。


 ミラ。


 いや。


 ミラに似た。


 誰か。


 その「ミラ」が。


 少年に向かって。


 何かを言っている。


『あなたは』


 声だけが。


 聞こえる。


『この名前を』


『嫌いにならないで』


 少年が。


 答える。


『どんな名前?』


『あなたが』


 一拍。


『自分で決めた名前』


 俺は。


 映像を見る。


「……」


 おかしい。


 ミラが。


 名前をつけたんじゃない。


 少年自身が。


 決めた?


 その時。


 映像の中のミラが。


 こちらを向いた。


『レイン』


「……!」


 俺は。


 息を呑む。


『これを』


『覚えていて』


『名前は』


『誰かからもらうものじゃない』


 一拍。


『自分が生きた証だよ』


 映像が。


 途切れた。


「……」


 目を開ける。


 目の前には。


 ミラ。


 今のミラがいる。


「レイン?」


「……」


「どうしたの?」


「お前」


「五十年前」


「俺に何て言った?」


「え?」


「名前について」


 ミラは。


 困ったように笑った。


「知らないよ」


「でも」


 一拍。


「今の私なら」


「たぶん同じこと言う」


「何て?」


 ミラは。


 俺を見る。


「名前は」


「自分で決めればいい」


 俺は。


 何も言えなかった。


 その瞬間。


 箱の中の少年が。


 笑った。


『やっぱり』


「何が?」


『同じだ』


「誰と?」


『五十年前のミラと』


『今のミラ』


「……」


 ミラの表情が。


 少し曇る。


「私」


「五十年前の私と」


「同じなのかな」


 俺は。


 すぐに答えた。


「分からない」


「……」


「でも」


「今ここにいるミラは」


「今のミラだ」


 ミラが。


 目を瞬く。


「それ」


「答えになってる?」


「俺には」


「それで十分だ」


「……そっか」


 ミラが。


 笑う。


「じゃあ」


「私は私ってことで」


「ああ」


 その時。


 壁に。


 新しい文字が浮かんだ。


 ――同一性:判定不能。


 ――人格:独立。


 ――存在:現在。


 そして。


 初めて。


 最後の一行が。


 赤ではなく。


 普通の文字で表示された。


 ――それでいい。


 俺は。


 少しだけ。


 驚いた。


「……システムが」


「肯定した?」


 01が。


 壁を見る。


「違う」


「何が?」


「システムが」


 一拍。


「判断をやめた」


「……」


 ミラが。


 小さく笑う。


「それって」


「結構すごいことじゃない?」


「ああ」


 俺は。


 頷く。


 今まで。


 何でも。


 番号をつけて。


 名前をつけて。


 役割を決めて。


 答えを出してきた。


 そのシステムが。


 初めて。


 答えを出さなかった。


 ――製造進行率:95%。


 だが。


 その直後。


 箱の中の少年が。


 苦しそうに。


 胸を押さえた。


「おい!」


『……』


「どうした!」


『名前が』


「名前?」


『戻ってくる』


「どこから?」


『……』


 少年が。


 顔を上げる。


 そして。


 俺を見る。


『五十年前の』


『俺じゃない』


「……」


『二十八年前の』


『ミラでもない』


「じゃあ」


『もっと前』


 一拍。


『MIRA計画が』


『始まる前』


 壁が。


 激しく揺れる。


 ――警告。


 ――原初記録への接続を確認。


 ――アクセス権限:不明。


「原初記録……?」


 俺が。


 呟いた瞬間。


 地下の奥。


 今まで。


 誰も開けられなかった扉が。


 ゆっくり。


 開いた。


 その扉には。


 一つの文字だけが。


 刻まれていた。


 ――M。


 ミラが。


 その文字を見て。


 立ち止まる。


「……私」


「これ」


「知ってる」


「何を?」


 ミラが。


 小さな声で。


 答える。


「私が」


「まだ」


「ミラになる前の」


「名前」


 俺は。


 息を呑んだ。


 そして。


 扉の向こうから。


 誰かの声がした。


『やっと来たね』


『M-00』


『M-01』


『M-02』


 一拍。


『そして』


『レイン』


 ――製造進行率:96%。


 自由領域。


 18%。


 俺たちは。


 まだ。


 MIRA計画の。


 本当の始まりすら。


 知らなかった。

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