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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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88/120

第88話 名前

――製造進行率:91%。


 俺は。


 箱の中の少年を見ていた。


 顔は。


 五十年前の俺。


 声も。


 どこか似ている。


 だが。


 本人は。


 はっきり言った。


『俺は、旧レインじゃない』


「じゃあ」


『お前が捨てたもの』


「……」


『その中にあった名前』


「名前だけ?」


『まだ分からない』


 俺は。


 少しだけ。


 ため息をついた。


「結局」


「お前も分からないんだな」


『うん』


「堂々と言うなよ」


『でも』


 一拍。


『お前も分からないだろ』


「……」


 反論できなかった。


 ミラが。


 横から笑う。


「レイン」


「何だ」


「似た者同士だね」


「俺は違う」


『俺も違う』


「ほら」


 ミラが。


 さらに笑う。


「もっと似てる」


 俺は。


 無視した。


 すると。


 少年が。


 箱の中から。


 俺を見つめる。


『名前を』


「まだ決めない」


『……』


「急いで決める必要はない」


『でも』


「名前をつけたら」


「お前は固定されるんだろ?」


 少年が。


 黙る。


「だったら」


「まず」


「お前が何なのかを知る」


「その後でいい」


『……分かった』


 その返事を聞いた瞬間。


 壁の文字が変わった。


 ――命名延期。


 ――人格固定:保留。


 ――自由選択を確認。


 そして。


 自由領域。


 17%。


「……増えた」


 ミラが。


 小さく言う。


「名前をつけなかったのに」


「むしろ」


「つけないことを選んだから増えた?」


 俺は。


 壁を見る。


「選ばない」


「それも選択ってことか」


 01が。


 静かに頷く。


「このシステム」


「今までとは逆になってきている」


「逆?」


「昔は」


「選ばせることで人格を作った」


「今は」


「選ばない自由を認めることで」


「人格を作ろうとしている」


「……」


 それなら。


 少しだけ。


 理解できる。


 誰かに決められた人生じゃない。


 自分で。


 決めることも。


 決めないことも。


 選べる人生。


 俺が欲しかったもの。


 そして。


 たぶん。


 俺が五十年前に。


 誰かに残そうとしたもの。


 その時。


 箱の中の少年が。


 突然。


 俺を見る。


『一つ』


「何だ?」


『質問していい?』


「ああ」


『俺は』


 一拍。


『どうして名前を捨てられたの?』


「……」


 俺は。


 答えられなかった。


 五十年前。


 俺は。


 名前を捨てた。


 アルドの名前を。


 自分から切り離した。


 でも。


 その「名前」が。


 今。


 M-02として。


 目の前にいる。


「……調べよう」


 俺は。


 言った。


「記録を探す」


『分かった』


 ミラが。


 扉の中を見回す。


「この部屋なら」


「何かあるかも」


 俺たちは。


 部屋を調べ始めた。


 机。


 棚。


 壁。


 床。


 何もない。


 そう思った時。


 ミラが。


 机の下に手を伸ばした。


「……あ」


「どうした?」


「紙」


 一枚。


 古い紙を。


 引き出した。


 表には。


 何も書かれていない。


「裏は?」


 ミラが。


 裏返す。


 そこには。


 短い文章。


 ――名前を捨てる方法。


「……」


 俺は。


 嫌な予感がした。


 紙を受け取る。


 続きを読む。


 ――第一段階。


 ――名前を本人から分離する。


 ――第二段階。


 ――名前を別個体へ移す。


 ――第三段階。


 ――元の人格から名前の記憶を消去する。


 ――第四段階。


 ――移植された名前に、新しい人格を形成する。


 俺は。


 紙を握る。


「……これ」


 ミラが。


 小さく言う。


「MIRA計画?」


「たぶん」


 その下。


 最後の一行。


 ――第五段階。


 ――名前を返却する。


「返却……」


 俺は。


 呟く。


 そこで。


 気づいた。


「二十八年前」


 ミラを見る。


「お前が」


「俺に名前を返した」


「……」


 ミラが。


 ゆっくり。


 頷く。


「そうだね」


「でも」


「その時」


「お前は」


「人格形成を開始した」


 ミラの表情が。


 少し変わる。


「……うん」


「つまり」


 俺は。


 紙を見る。


「名前を返すことが」


「人格形成の開始条件だった」


 少年が。


 箱の中から。


 呟く。


『じゃあ』


「ん?」


『俺は』


『名前を返されるために』


『作られたの?』


「……」


 誰も。


 答えられない。


 だが。


 紙の最後に。


 もう一つ。


 小さな文字があった。


 ――返却後、元個体は不要となる。


「……」


 俺は。


 その一文を見つめた。


 ミラが。


 黙り込む。


「不要?」


 俺は。


 答える。


「そう書いてある」


「じゃあ」


「私が名前を返した時」


「元の私は」


「いらなくなった?」


「……」


 その瞬間。


 第三心臓が。


 強く鳴った。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 ミラが。


 胸を押さえる。


「……違う」


「ミラ?」


「私」


 一拍。


「消えてない」


「そうだ」


「だから」


「この記録」


「失敗してる」


 俺は。


 紙を見る。


「……」


 確かに。


 計画通りなら。


 ミラは。


 名前を返した時点で。


 不要になる。


 でも。


 今。


 ミラは。


 ここにいる。


「計画通りじゃない」


 01が。


 言った。


「M-00も」


「M-01も」


「同じだ」


「どういうこと?」


「この計画」


 01が。


 壁を見る。


「成功条件が」


 一つしかない。


「何?」


 01は。


 答える。


「元の存在を」


「消すこと」


 ミラが。


 静かに言った。


「だから」


「第四段階が」


「役割の消去だったんだ」


 俺は。


 思い出す。


 M-00の記録。


 ――対象を消去することで、模倣人格を自立させる。


 成功条件。


 ――対象レインの死亡。


 でも。


 俺は。


 死ななかった。


 ミラも。


 消えなかった。


 つまり。


「MIRA計画は」


「ずっと」


「失敗してた?」


 壁が。


 反応する。


 ――否定。


「……え?」


 続く。


 ――MIRA計画は失敗していない。


 ――予定外の結果を確認。


 俺は。


 息を呑む。


「予定外?」


 ――予定外の結果を、成功として再定義。


「……」


 ミラが。


 目を見開く。


「成功の意味を」


「途中で変えた?」


 ――肯定。


 俺は。


 背筋に。


 冷たいものを感じた。


「誰が?」


 壁に。


 一文字。


 表示された。


 ――製造者。


「レイン?」


 俺は。


 聞く。


 だが。


 壁は。


 違う文字を出した。


 ――製造者:ミラ。


「……」


 ミラが。


 固まる。


「私……?」


 その瞬間。


 箱の中の少年が。


 初めて。


 ミラを見た。


『やっぱり』


「……何?」


『お前だったんだ』


 ミラの顔が。


 青ざめる。


「何が?」


『五十年前』


 一拍。


『俺に』


『名前をくれたのは』


「……」


『お前だ』


 地下室が。


 静まり返る。


 そして。


 壁に。


 新しい記録が浮かんだ。


 ――M-02。


 ――初回命名者:ミラ。


 ――命名時刻:五十年前。


 俺は。


 ミラを見る。


「……」


 ミラは。


 震える手で。


 自分の胸元を押さえていた。


「レイン」


「何だ?」


「私」


 一拍。


「五十年前」


「何て名前を」


「つけたの?」


 その問いに。


 壁が。


 ゆっくり。


 一文字ずつ。


 答え始めた。


 ――名前:


 ――未登録。


 ――ただし、呼称記録あり。


 そして。


 最後の一行。


 ――呼称:――――。


 文字が。


 途中で。


 消えた。


 まるで。


 誰かが。


 意図的に。


 消したように。


 俺は。


 その空白を見つめる。


 そして。


 箱の中の少年が。


 小さく。


 呟いた。


『その名前』


『俺は』


『今でも』


『覚えてる』


 ――製造進行率:93%。


 自由領域。


 17%。


 そして。


 五十年前にミラが呼んだ。


 「本当の名前」が。


 俺たちの前に。


 まだ。


 隠されている。

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