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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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87/120

第87話 MIRA

――製造進行率:90%。


 箱の中には。


 何もない。


 それなのに。


 声だけが。


 確かに。


 存在していた。


『四人で』


『名前を選ぼう』


「……四人?」


 ミラが。


 小さく呟く。


「誰と?」


『レイン』


『ミラ』


『アルド』


『そして』


 一拍。


『私』


 俺は。


 眉をひそめる。


「お前」


「ミラじゃないのか?」


『違う』


「じゃあ」


『まだ』


 一拍。


『名前がない』


「……」


 俺は。


 箱を見る。


「M-00」


「M-01」


「M-02」


「この三つは何だ?」


 返事は。


 ない。


 代わりに。


 壁に記録が浮かんだ。


 ――M-00:観測個体。


 ――M-01:保護個体。


 ――M-02:未完成。


「……」


 01が。


 じっと壁を見る。


「俺が」


「保護個体?」


「記憶と違う」


「やっぱり」


 俺は。


 01を見る。


「お前はM-01じゃないんだな」


「そう言った」


「じゃあ」


「本物のM-01はどこにいる?」


 01は。


 答えなかった。


 その代わり。


 ミラが。


 扉の中から言った。


「私」


「M-00は」


「知ってる」


「……」


「M-01は」


 一拍。


「知らない」


「M-02は?」


「もっと知らない」


「なるほど」


 俺は。


 頷く。


「つまり」


「何も分からない」


「そう」


「堂々と言うな」


「だって本当だもん」


 こんな状況でも。


 ミラは。


 いつもの調子だった。


 少しだけ。


 安心する。


 だが。


 次の瞬間。


 壁の文字が。


 変わった。


 ――M-00:人格形成完了。


 ――M-01:人格形成失敗。


 ――M-02:人格形成開始。


「……」


 01が。


 目を見開く。


「違う」


「何が?」


「M-01は」


「失敗していない」


「じゃあ?」


「俺が」


 01が。


 自分の胸を見る。


「生きている」


「……」


「それが」


「失敗なのか?」


 壁が。


 すぐに反応した。


 ――肯定。


 01の表情が。


 変わる。


「……」


「M-01は」


「生きてはいけなかった?」


 ――否定。


「じゃあ」


「何が失敗なんだ?」


 壁は。


 答えなかった。


 代わりに。


 別の記録が。


 表示される。


 ――M-01:対象レインを保護。


 ――保護方法:未定義。


 ――結果:対象レイン生存。


 ――M-01:役割達成。


「……」


 01が。


 壁を見る。


「だったら」


「成功じゃないか」


 ――否定。


「なぜ?」


 今度は。


 文字が。


 ゆっくり。


 現れた。


 ――対象レインが、自身の役割を拒否したため。


「……俺が?」


「何を拒否したんだ?」


 答えは。


 短かった。


 ――保護されること。


「……」


 俺は。


 黙った。


 ミラが。


 ぽつりと言う。


「レインらしいね」


「何が?」


「誰かに守られるより」


「自分で決める方を選ぶ」


「……」


 俺は。


 少しだけ。


 笑った。


「そうかもな」


 その瞬間。


 箱の中から。


 声がした。


『だから』


『M-01は』


『必要なくなった』


 01が。


 振り返る。


「……お前」


『うん』


「お前は誰だ?」


『まだ』


「またそれか」


『名前がないから』


「名前がなくても」


「存在してるだろ」


『……』


「さっき」


「名前から生まれたって言ったじゃないか」


『そう』


「なら」


「名前がなくても」


「お前はいる」


『……』


 長い沈黙。


 そして。


 初めて。


 声が。


 少しだけ。


 嬉しそうになった。


『それ』


『初めて言われた』


「そうか」


『今まで』


『みんな』


『名前をつけてから』


『存在を認めようとした』


「……」


『でも』


『お前は』


『逆なんだね』


「何が?」


『存在してるから』


『名前をつける』


 俺は。


 少し考える。


「当たり前だろ」


 ミラが。


 笑った。


「レイン」


「何だ」


「それ」


「私が最初に言ったのと似てる」


「……そうか?」


「うん」


「私はミラ」


「それでいいじゃん」


 俺は。


 思い出す。


 確かに。


 あの時。


 ミラは。


 08という番号を拒否した。


 番号を失っても。


 名前だけは。


 残した。


 つまり。


 ミラは。


 最初から。


 この仕組みに。


 抗っていたのかもしれない。


 その時。


 壁に。


 新しい文字が浮かぶ。


 ――M-00:番号を拒否。


 ――M-01:役割を拒否。


 ――M-02:人格を拒否。


「……」


 俺は。


 その三行を見る。


「拒否したものが」


「それぞれ違う?」


 01が。


 頷く。


「M-00は」


「番号を拒否した」


「俺は」


「役割を拒否した」


「M-02は」


「人格を?」


 壁が。


 反応する。


 ――正確。


「人格を拒否したら」


「何になる?」


 ――未定義。


「……」


 ミラが。


 少し困った顔をする。


「それって」


「私と似てない?」


「何が?」


「私も」


「最初は人格がなかった」


「……」


「でも」


「後から」


「私になった」


 壁に。


 また文字。


 ――M-00:人格形成。


 ――M-01:人格形成。


 ――M-02:人格未形成。


 ミラが。


 その文字を見つめる。


「じゃあ」


「M-02は」


「私?」


 誰も。


 答えない。


 01も。


 俺も。


 箱の中の声も。


 答えられない。


 そして。


 沈黙を破ったのは。


 壁だった。


 ――同一性:判定不能。


「……」


 ミラが。


 少しだけ。


 寂しそうに笑う。


「また」


「分からない、か」


「ミラ」


「大丈夫」


「うん」


「分からないなら」


 一拍。


「今の私は」


「私だから」


「……」


 その言葉に。


 俺は。


 頷いた。


「それでいい」


 その瞬間。


 箱の中で。


 何かが。


 初めて。


 形を持った。


 指。


 細い腕。


 肩。


 そして。


 顔。


 まだ。


 輪郭しかない。


 だが。


 俺は。


 その顔を見て。


 凍りついた。


「……」


 ミラも。


 息を呑む。


 01が。


 後ろへ下がる。


「嘘だろ」


 その顔は。


 俺だった。


 いや。


 正確には。


 五十年前の。


 俺。


 旧レインと。


 同じ顔だった。


「……お前」


 箱の中の存在が。


 ゆっくり。


 目を開ける。


『やっと』


 その声。


 今度は。


 聞き覚えがあった。


『見つけた』


「何を?」


『俺の』


 一拍。


『本当の名前』


 壁が。


 一斉に。


 赤く染まる。


 ――M-02:人格形成開始。


 ――基礎人格:旧レイン。


 俺は。


 思わず。


 一歩下がった。


「……旧レイン?」


 すると。


 箱の中の少年が。


 首を振る。


『違う』


「……何?」


『俺は』


 少年が。


 笑う。


『お前が』


『五十年前に』


『捨てた名前だ』


 そして。


 壁に。


 たった一つ。


 新しい名前が表示された。


 ――M-02:名称――未登録。


 その下に。


 小さく。


 こう書かれていた。


 ――命名者:現在のレイン。


 俺は。


 息を呑む。


 また。


 俺が。


 名前をつけることになる。


 だが。


 今度だけは。


 少し違った。


 少年が。


 俺を見る。


『レイン』


「……」


『俺の名前を』


 一拍。


『俺と一緒に』


『決めてくれ』


 ――製造進行率:91%。


 自由領域。


 16%。


 そして。


 俺たちの前に。


 新しい「選択肢」が。


 一つ。


 生まれた。

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