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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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86/120

第86話 四つ目

――製造進行率:88%。


 地下の奥。


 さっきまで何もなかった壁に。


 一本の亀裂が入った。


「……開くぞ」


 01が言った。


「何が?」


「扉だ」


 亀裂が。


 ゆっくり広がっていく。


 俺は。


 無意識に。


 ミラの前へ出た。


「レイン」


「何だ」


「守るなら」


「自分も守ってね」


「……努力する」


「努力じゃなくて」


「約束」


「分かった」


 ミラが。


 少し笑った。


「よし」


 その直後。


 扉が開いた。


 中には。


 巨大な装置があった。


 円形の台座。


 その中央に。


 透明な箱。


 そして。


 箱の中には――


「……何もない?」


 俺が言う。


 01が。


 首を振る。


「違う」


「見えないだけだ」


「何が?」


「第八人目」


 俺は。


 目を凝らした。


 確かに。


 何かがいる。


 人の形。


 だが。


 輪郭だけ。


 顔も。


 身体も。


 何もない。


 まるで。


 「存在する前の人間」だった。


 その存在が。


 俺を見る。


『レイン』


「……お前か」


『そう』


「四つにするって」


『うん』


「何を?」


 少し。


 沈黙。


『名前』


「名前を四つ?」


『違う』


 声が。


 少し笑った。


『一つの名前を』


『四つの意味にする』


「……」


 俺には。


 よく分からない。


「もっと簡単に言ってくれ」


『無理』


「即答かよ」


 ミラが。


 吹き出した。


「そこは説明してよ!」


『説明すると』


 一拍。


『お前たちが先に決めるから』


「……」


 確かに。


 それは。


 少し分かる。


 名前を聞いた瞬間。


 俺たちは。


 勝手に意味を決めてしまう。


 アルド。


 レイン。


 ミラ。


 それぞれ。


 名前に。


 過去を重ねてきた。


 でも。


 目の前の存在は。


 その逆をしようとしている。


「四つの意味って」


「何?」


 ミラが聞く。


『生まれた名前』


『受け取った名前』


『返した名前』


『選んだ名前』


「……」


 俺は。


 その言葉を。


 頭の中で繰り返した。


 生まれた。


 受け取った。


 返した。


 選んだ。


 それぞれ。


 俺たちに当てはまる。


「レインは?」


『選んだ名前』


 俺は。


 少しだけ。


 眉をひそめた。


「俺が選んだ記憶なんて」


『ある』


「どこに?」


『まだ』


「……」


 ミラが。


 笑う。


「それ、便利な言葉だね」


『何が?』


「まだ、って言えば」


「何でも隠せる」


『……』


「図星?」


『違う』


「じゃあ何?」


『怖い』


「え?」


 声が。


 初めて。


 揺れた。


『私も』


『まだ』


『知らない』


「……」


 俺は。


 少し。


 驚いた。


 第八人目。


 今まで。


 何でも知っているように話していた。


 だが。


 こいつも。


 分からないことがある。


「何が怖い?」


『名前を』


『選ぶこと』


「どうして?」


『選んだ瞬間』


『選ばなかったものが』


『消えるから』


「……」


 その言葉に。


 俺は。


 反応した。


 ずっと。


 聞いてきた言葉だった。


 名前を選ぶ。


 人格を選ぶ。


 選ばれなかったものは。


 消える。


 だから。


 俺は。


 ずっと。


 それを拒否してきた。


「なら」


 俺は。


 言う。


「選ばなければいい」


『それでは』


『何も生まれない』


「じゃあ」


 一拍。


「全部残せばいい」


『……』


「名前も」


「記憶も」


「人格も」


「全部」


 第三心臓が。


 ――ドクン。


 鳴った。


 装置が。


 反応する。


 ――自由領域:16%。


 ――共存条件:再計算。


 そして。


 新しい文字。


 ――第四条件を確認。


「第四条件?」


 01が。


 目を細める。


「まだ条件があるのか」


 壁に。


 文字が浮かぶ。


 ――七人目は、選択しない。


 ――七人目は、選択肢を増やす。


 ――八人目は、選択肢を製造する。


 俺は。


 そこで。


 ようやく気づいた。


「……そういうことか」


 ミラが。


 俺を見る。


「何?」


「第八人目は」


「誰かを作るんじゃない」


「選択肢そのものを」


「作る」


「……」


 ミラが。


 少し考える。


「じゃあ」


「この装置は」


「人間を作ってるんじゃない?」


「たぶん」


 01が。


 静かに答える。


「役割を作っている」


 俺は。


 透明な箱を見る。


 中には。


 誰もいない。


 なのに。


 そこに。


 確かに。


 何かがいる。


「じゃあ」


「第八人目は」


「誰なんだ?」


 装置が。


 突然。


 答えを表示した。


 ――第八人目:製造者。


 ――人格:未定。


 ――身体:不要。


 ――役割:選択肢を作る。


 そして。


 最後に。


 赤い文字。


 ――製造者が完成すると、製造者は不要になる。


「……」


 俺は。


 その一文を。


 何度も読む。


「自分を作ったら」


「自分がいらなくなる?」


 ミラが。


 小さく呟く。


「変なの」


「何が?」


「誰かを作る人って」


「最後には必要なくなるんだ」


「……」


 その言葉を聞いた瞬間。


 俺の胸が。


 強く鳴った。


 ――ドクン。


 そして。


 俺の頭の中に。


 知らない映像が流れ込んだ。


 五十年前。


 雪。


 古い研究室。


 俺。


 アルド。


 そして。


 もう一人。


 白い服の人物。


 その人物が。


 俺に言っている。


『レイン』


『一つだけ』


『作ってほしい』


 俺が。


 聞く。


『何を?』


 白い人物は。


 答えた。


『俺を』


 映像が。


 そこで。


 途切れた。


「……!」


 俺は。


 頭を押さえる。


「レイン!」


 ミラが。


 すぐに駆け寄る。


「大丈夫?」


「ああ……」


「何を見たの?」


「五十年前の」


「研究室」


「誰かが」


「俺に」


 一拍。


「自分を作ってくれって」


 01が。


 険しい顔になる。


「誰だ?」


「分からない」


「顔は?」


「見えなかった」


「名前は?」


「……」


 答えようとした瞬間。


 俺の口が。


 勝手に動いた。


「――ミラ」


「……え?」


 ミラが。


 固まる。


「今」


「俺」


「何て言った?」


 俺は。


 自分の口を押さえる。


「……ミラ」


 第三心臓が。


 激しく鳴る。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 装置が。


 一気に起動した。


 ――製造進行率:89%。


 ――製造対象:確定。


 ――対象名:ミラ。


「……」


 ミラの顔から。


 笑顔が消える。


「私?」


 俺は。


 首を振る。


「違う」


「たぶん」


「今のは」


「今のミラじゃない」


 すると。


 壁に。


 新しい文字。


 ――対象名:ミラ。


 ――所有者:不明。


 ――製造時点:五十年前。


 そして。


 最後に。


 今まで。


 一度も見たことのない文字が。


 表示された。


 ――現在のミラとの同一性:確認中。


 ミラが。


 静かに。


 自分の名前を。


 呟く。


「……私」


「五十年前から」


「いたの?」


 俺は。


 答えられなかった。


 その時。


 透明な箱の中で。


 何もなかったはずの空間に。


 一つだけ。


 文字が浮かんだ。


 ――M-00。


 そして。


 その下に。


 新しい名前。


 ――M-01。


 さらに。


 もう一つ。


 ――M-02。


 俺は。


 息を呑む。


「……三つ?」


 ミラが。


 小さく呟いた。


「私」


「一人じゃない……?」


 装置が。


 最後の文字を表示する。


 ――MIRA計画:第一段階を再開します。


 自由領域。


 16%。


 製造進行率。


 89%。


 そして。


 箱の中で。


 まだ姿のない何かが。


 初めて。


 笑った。


『今度は』


『三人じゃない』


『四人で』


『名前を選ぼう』


 ――製造進行率:90%。

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