第85話 名前共有
――共有解除まで、残り10時間。
その数字を見て。
俺は。
ため息をついた。
「また時間制限か」
「最近、多くない?」
ミラが。
呆れたように言う。
「名前に期限をつけるって、どういう発想なの」
「俺に聞くな」
「レインが作ったんじゃないの?」
「……それは」
否定できなかった。
壁には。
はっきりと。
――製造者:現在のレイン。
と表示されている。
「俺が作ったなら」
「もっとマシな仕様にする」
「例えば?」
「時間制限なし」
「それだけ?」
「あと」
一拍。
「説明書をつける」
ミラが。
真顔になった。
「それは欲しい」
「だろ」
少しだけ。
空気が緩む。
だが。
その直後。
――ドクン。
俺の胸が鳴った。
「……」
笑っている場合じゃない。
第三心臓が。
壁の表示に反応している。
――三者共有状態。
――レイン。
――ミラ。
――アルド。
そして。
その下。
――人格干渉:発生。
「人格干渉?」
ミラが。
表情を変える。
「誰かが誰かを乗っ取るとか?」
「分からない」
俺が答えた瞬間。
アルドが。
胸を押さえた。
「……俺」
「どうした?」
「今」
アルドが。
俺を見る。
「お前の記憶が見えた」
「俺の?」
「雪」
一言。
「五十年前の雪だ」
俺の胸が。
また鳴る。
――ドクン。
「何が見えた?」
「お前が」
アルドが。
少し困った顔をする。
「俺に名前を返した時」
「……」
「お前は」
「泣いていた」
俺は。
黙った。
「俺が?」
「ああ」
「覚えてない」
「そうだろうな」
アルドが。
苦笑する。
「俺も」
「今まで忘れていた」
その時。
ミラが。
小さく呟いた。
「……私も」
「何が?」
「今の」
「見えた」
「え?」
ミラが。
胸元に手を当てる。
「雪の中に」
「レインがいた」
「アルドもいた」
「それから」
一拍。
「私も」
俺は。
ミラを見る。
「五十年前の?」
「分からない」
「顔は?」
「今の私」
「……」
01が。
初めて。
強い声を出した。
「ありえない」
俺たちは。
01を見る。
「何が?」
「五十年前」
01が。
ミラを見る。
「俺は」
「ミラを見ていない」
「……」
「レインを起動した時」
「そこにいたのは」
「俺と」
「レインだけだ」
ミラが。
首を傾げる。
「でも」
「私はいた」
「……」
「レインの横に」
01が。
黙る。
しばらくして。
「記録と」
「記憶が違う」
「いつものことじゃない?」
ミラが言う。
「……」
01が。
少しだけ。
困った顔をした。
「お前」
「それを普通に言えるのか」
「だって」
「レインの周り」
「ずっとそうじゃん」
「……確かに」
01が。
妙に納得した。
「おい」
俺は。
突っ込んだ。
すると。
壁が。
突然。
大きく揺れた。
――記録矛盾を確認。
――時間軸矛盾を確認。
――名前共有状態を再計算。
文字が。
次々と変わる。
――レイン:五十年前にアルドを所有。
――ミラ:二十八年前にアルドを受領。
――アルド:現在、所有権を取得。
そこまでは。
理解できる。
問題は。
その次だった。
――三者は、同一名称の異なる所有者ではない。
俺は。
目を細める。
「……違う?」
文字が。
さらに続く。
――三者は、同一名称を共有するために存在した。
「……」
ミラが。
息を呑む。
「最初から?」
壁。
――肯定。
「じゃあ」
俺は。
聞く。
「俺がアルドの名前を持っていたのも」
「ミラが受け取ったのも」
「こいつが今、持ってるのも」
「全部」
「最初から予定されてた?」
――否定。
「……どっちだよ」
思わず。
声が出た。
ミラが。
吹き出す。
「レイン」
「何だ」
「今のは私も思った」
だが。
壁の文字が。
変わった。
――計画されたのは、共有ではない。
――計画されたのは、分離。
俺は。
黙った。
そして。
次の一行。
――一つの名前を、三つに分ける。
「……」
アルドが。
静かに言った。
「俺たちは」
「最初から」
「一つだったのか?」
俺は。
答えられなかった。
名前。
人格。
記憶。
器。
何度も。
分けられてきた。
俺たちは。
別々の存在だと思っていた。
でも。
もし。
その「別々」という状態そのものが。
誰かによって作られたものなら。
「じゃあ」
ミラが。
壁を見る。
「分ける前は」
「誰だったの?」
――記録欠損。
「またそれ……」
ミラが。
頬を膨らませる。
だが。
今回は。
その下に。
小さな文字があった。
――ただし、断片のみ残存。
そして。
三つの名前。
――レイン。
――ミラ。
――アルド。
その三つが。
ゆっくり。
重なっていく。
すると。
俺の胸が。
強く鳴った。
――ドクン。
アルドも。
胸を押さえる。
ミラも。
同時に。
胸に手を当てた。
「……三つ」
俺が呟く。
「同時に鳴った」
「うん」
ミラが。
答える。
「同じ音」
アルドが。
目を閉じる。
「違う」
「え?」
「音は同じじゃない」
「じゃあ何が違う?」
アルドが。
ゆっくり。
答えた。
「意味が違う」
「……意味?」
「ああ」
アルドが。
自分の胸を指す。
「俺の鼓動は」
「戻るため」
次に。
ミラを見る。
「ミラの鼓動は」
「生まれるため」
そして。
俺を見る。
「レインの鼓動は」
一拍。
「選ぶためだ」
俺は。
何も言えなかった。
その瞬間。
壁に。
新しい文字が出る。
――三者共有:安定。
――共有解除:不要。
「……」
俺は。
壁を見た。
「じゃあ」
「10時間って何なんだ?」
返事は。
すぐには来なかった。
やがて。
文字が一つだけ。
浮かぶ。
――製造終了までの時間。
「……」
俺は。
息を呑んだ。
「製造?」
壁の奥で。
何かが。
動く。
――第八人目。
――製造進行率:86%。
「86……?」
ミラが。
目を見開く。
「さっきまで」
「もっと低くなかった?」
俺も。
覚えている。
自由領域は。
まだ16%。
なのに。
第八人目の製造は。
86%。
つまり。
「自由領域が完成する前に」
「第八人目が完成する?」
01が。
首を振った。
「違う」
「何が?」
「逆だ」
01が。
壁を見る。
「第八人目が完成することで」
「自由領域が」
一拍。
「完成する」
――製造進行率:87%。
俺は。
ゆっくり。
息を吐いた。
そして。
地下のさらに奥から。
声がした。
『レイン』
「……」
『名前を』
一拍。
『もう一度』
『分けてくれ』
その声は。
初めて聞くはずなのに。
なぜか。
懐かしかった。
そして。
声の主は。
最後に。
こう言った。
『今度は』
『四つにする』
――製造進行率:88%。
自由領域。
16%。
まだ。
何も完成していない。
なのに。
俺の中で。
何かが。
確実に。
増え始めていた。




