第84話 アルド
――自由領域:14%。
地下の奥で。
何かが。
動いた。
俺たちは。
全員。
そちらを見る。
「……来る」
01が。
低く呟いた。
ミラは。
扉の中。
五人目は。
壁際。
少年は。
俺の隣。
誰も。
動かない。
やがて。
暗闇から。
一人の男が。
歩いてきた。
黒い服。
顔は。
見えない。
だが。
胸元には。
文字がある。
――アルド。
「……」
俺は。
息を止めた。
「また」
ミラが。
呟く。
「アルド……」
男が。
足を止める。
『俺を』
一言。
『知っているか?』
「……知らない」
俺は。
正直に答えた。
男は。
少し笑った。
『それでいい』
「何が?」
『今までの俺たちは』
一拍。
『名前を借りていた』
「……」
『俺は』
胸の文字に。
手を当てる。
『名前を持っている』
「同じじゃないか」
『違う』
「何が?」
『俺は』
ゆっくり。
顔を上げる。
『名前から生まれた』
ミラが。
息を呑む。
「名前から……?」
『そう』
男は。
頷く。
『俺には』
『元になる身体がない』
『元になる記憶もない』
『元になる人格もない』
「じゃあ」
俺は。
男を見る。
「何がある?」
『名前だけ』
「……」
『それだけで』
『俺は』
『ここにいる』
俺は。
胸の奥にいる声を思い出す。
名前を欲しがった。
自分で選びたいと言った。
だが。
目の前の男は。
最初から。
名前だけで存在している。
「お前」
「本当にアルドなのか?」
『分からない』
「……」
『だから』
『お前に聞きたい』
「何を?」
男が。
俺を見る。
『アルドという名前は』
『誰のものだ?』
「……」
答えられない。
今まで。
アルドという名前を持った人間は。
何人もいた。
勇者アルド。
アルドを名乗った者。
アルドという名前を借りた存在。
そして。
今。
名前そのものから生まれた存在。
「俺には」
「決められない」
『そうか』
男が。
笑う。
『なら』
一歩。
『俺自身が決める』
その瞬間。
男の胸の文字が。
揺れた。
――アルド。
その文字が。
少しずつ。
薄くなる。
「……何してる?」
『名前を捨てる』
「待て!」
俺が。
近づく。
『なぜ?』
「お前」
「名前から生まれたんだろ」
『そうだ』
「なら」
「名前を捨てたら」
『俺は消える』
「……」
男は。
静かに。
笑った。
『それでいい』
「よくない」
『なぜ?』
「せっかく」
一拍。
「自分で選べるなら」
「消えることを選ぶな」
男が。
止まった。
『……』
「生きるか死ぬかを」
「誰かに決められてきた」
「俺たちは」
「でも」
俺は。
男を見る。
「今度は」
「自分で選べる」
「なら」
「生きる方も」
「選んでいいだろ」
沈黙。
男の胸の文字が。
また。
光る。
――アルド。
『……お前』
「何だ?」
『五十年前から』
『変わっていないな』
俺は。
眉をひそめる。
「俺は」
「五十年前のこと」
「ほとんど覚えてない」
『それでも』
『お前は』
『同じことを言う』
「……何を?」
『生きろ』
一言。
男が。
呟く。
『お前は』
『五十年前にも』
『そう言った』
俺の胸が。
――ドクン。
「俺が?」
『ああ』
「誰に?」
『俺に』
「……」
男が。
自分の胸を見る。
『五十年前』
『俺は』
『お前に』
『殺してくれと頼んだ』
俺は。
目を見開く。
「また」
「その話か」
『だが』
一拍。
『お前は』
『殺さなかった』
「……」
『代わりに』
『俺の名前を』
『預かった』
ミラが。
扉の向こうで。
息を呑む。
「預かった……?」
男が。
頷く。
『俺の名前』
『アルドを』
『お前が』
『五十年間』
『持っていた』
俺は。
自分の胸に。
手を当てる。
「……俺が?」
『そう』
『だから』
『今』
『返してほしい』
俺は。
黙る。
名前。
アルド。
返してほしい。
だが。
俺は。
今まで。
何度も。
アルドという名前を。
誰かに返してきた。
それでも。
まだ。
終わっていない。
「分かった」
俺は。
言った。
「返す」
ミラが。
驚く。
「レイン!」
「でも」
俺は。
男を見る。
「条件がある」
『何だ?』
「お前が」
「自分で決めろ」
『……』
「アルドという名前を」
「本当に自分のものにするのか」
「それとも」
「別の名前を選ぶのか」
「お前自身で決めろ」
男が。
しばらく。
黙っていた。
やがて。
『分かった』
胸の文字が。
変化する。
――名前:アルド。
その下に。
新しい欄。
――所有者:本人。
「……」
俺は。
息を吐く。
自由領域が。
**15%**になる。
ミラが。
小さく笑った。
「自分の名前になったね」
「ああ」
だが。
その瞬間。
壁に。
警告が出た。
――名前の所有者確定。
――旧所有者:レイン。
「……」
俺は。
固まった。
「旧所有者?」
ミラが。
俺を見る。
「レインが」
「アルドの名前を持ってたって」
「五十年前の話だ」
俺は。
答える。
だが。
次の文字が。
俺の言葉を否定した。
――旧所有期間:五十年。
――返却回数:三回。
「三回?」
俺は。
息を呑む。
「俺」
「三回も」
「アルドを返してる?」
ミラが。
扉の中で。
何かを見つけた。
「レイン」
「どうした?」
「こっち」
「何がある?」
「返却記録」
「三件ある」
俺は。
壁を見る。
記録が。
一つずつ。
表示される。
――一回目。五十年前。
――二回目。二十八年前。
――三回目。現在。
「……」
俺は。
息を呑む。
「二十八年前?」
ミラが。
頷く。
「うん」
「その時」
「アルドの名前を」
「誰に返したの?」
ミラが。
記録を読む。
そして。
固まった。
「……」
「ミラ?」
「これ」
「何て?」
「二十八年前の」
一拍。
「アルドの名前」
「受領者は」
ミラの声が。
震える。
「――ミラ。」
俺は。
言葉を失った。
だが。
それだけではなかった。
その下。
さらに。
もう一行。
――返却者:レイン。
そして。
最後に。
――返却理由:ミラ人格形成開始。
俺は。
ゆっくり。
顔を上げた。
「……俺が」
「ミラに」
「アルドの名前を渡した?」
扉の向こうで。
ミラが。
小さく呟く。
「でも」
「私の名前は」
「ミラだった」
「……」
「じゃあ」
一拍。
「私の中に」
「アルドの名前も」
「入ってたってこと?」
第三心臓が。
激しく鳴る。
――ドクン。
――ドクン。
――ドクン。
そして。
壁に。
新しい文字が。
浮かんだ。
――MIRA計画:再起動。
――対象:レイン・ミラ・アルド。
――三者による名前共有を確認。
その下。
赤い文字。
――共有解除まで、残り10時間。
俺は。
その表示を見て。
初めて。
焦りを感じた。
名前を。
誰か一人のものにするために。
今度は。
誰かを消す必要があるのかもしれない。
だが。
胸の奥から。
あの声が。
静かに笑った。
『違う』
「……何が?」
『今度は』
一拍。
『三人とも』
『名前を持ったまま』
『生きる』
そして。
自由領域が。
**16%**へ進んだ。




