第82話 同一
――自由領域:12%。
その数字を。
俺は。
しばらく見ていた。
だが。
頭の中にあるのは。
別のことだった。
「五十年前のミラ」
俺は。
扉に向かって言う。
「本当にいたのか?」
「……うん」
扉の向こうから。
ミラの声。
「でも」
「私なのかは分からない」
「どうして?」
「記録に」
一拍。
「名前しか残ってない」
「名前だけ?」
「うん」
「ミラという名前が」
「五十年前から存在していた」
俺は。
眉をひそめる。
「じゃあ」
「二十八年前に」
「今のミラが」
「その名前を受け取った?」
「そうみたい」
「誰から?」
「……」
沈黙。
「ミラ?」
「分からない」
「またか」
「だって」
少し。
不満そうな声。
「私だって知りたいよ」
「そうだな」
俺は。
扉から手を離す。
すると。
背後から。
01の声。
「五十年前の記録なら」
「俺たちの記録にも残っているかもしれない」
「本当か?」
「ああ」
01が。
地下の壁を見る。
「ただし」
「何だ?」
「五十年前の記録には」
一拍。
「ミラという名前は」
01が。
言葉を選ぶように。
「一度も登場していない」
「……」
俺は。
扉を見る。
「じゃあ」
「さっきの記録は何なんだ?」
「分からない」
「またか」
「俺だって万能じゃない」
珍しく。
01が。
少し困った顔をした。
その時。
五人目が。
口を開く。
「いや」
「俺は」
「知っている」
「何を?」
「ミラという名前は」
一拍。
「五十年前の記録に」
「存在している」
01が。
振り返る。
「……何?」
「ただし」
五人目が。
続ける。
「人間の名前としてではない」
「じゃあ何だ?」
「計画名だ」
「計画?」
五人目が。
壁に近づく。
指先で。
古い文字をなぞる。
「ここ」
俺も。
近づく。
そこには。
かすれた文字があった。
――MIRA計画。
「……ミラ」
俺が。
呟く。
五人目が。
頷く。
「そう」
「MIRAは」
「人間の名前じゃない」
「じゃあ」
「何の計画だ?」
五人目が。
首を振る。
「そこから先が」
「消されている」
「誰に?」
「分からない」
「……」
また。
分からない。
だが。
今回は。
一つだけ違った。
ミラ本人が。
何かに気づいたらしい。
「レイン」
「何だ?」
「MIRAって」
「計画名なら」
「私の名前」
「元々は」
「別の意味だったんじゃない?」
「どういう意味?」
「頭文字とか」
「略称とか」
俺は。
壁を見る。
「調べてみるか」
「うん」
俺は。
古い記録に手を触れる。
――MIRA計画。
――第一段階:観測。
――第二段階:模倣。
――第三段階:人格形成。
――第四段階:???
「……」
俺は。
文字を追う。
「観測」
「模倣」
「人格形成」
そして。
「第四段階だけ」
「消されてる」
ミラが。
扉の向こうで言う。
「ねえ」
「何だ?」
「私」
「何を模倣したのかな」
俺は。
答えようとして。
止まった。
記録には。
観測対象。
その名前が。
まだ残っている。
――観測対象:レイン。
「……俺」
「やっぱり」
ミラが。
小さく笑う。
「私」
「レインを真似してたんだ」
「たぶんな」
「だから」
「笑い方とか」
「怒り方とか」
「そういうのを?」
「ああ」
「じゃあ」
ミラが。
少しだけ。
寂しそうに言う。
「私が今」
「レインみたいになってるのは」
「ずっと見てたからなのかな」
俺は。
少し考える。
「違うと思う」
「え?」
「真似してたとしても」
「今のお前は」
一拍。
「お前自身だ」
扉の向こうが。
静かになる。
「……」
「どうした?」
「なんでもない」
「泣いてる?」
「泣いてない」
「声が変だぞ」
「うるさい」
「はいはい」
少し。
いつものミラに戻った。
その瞬間。
壁の文字が。
また変化する。
――模倣終了。
――人格形成完了。
――対象:ミラ。
――模倣対象からの分離を確認。
「……」
俺は。
目を見開いた。
「模倣対象からの」
「分離?」
五人目が。
静かに言う。
「つまり」
「ミラは」
「俺のコピーではない」
「そうだ」
01も。
頷く。
「途中までは」
「レインを模倣した」
「だが」
「最後に」
一拍。
「レインから分離した」
俺は。
その言葉を聞いて。
少しだけ。
安心した。
ミラが。
俺と似ているのは。
作られたからじゃない。
自分で。
自分になったからだ。
その時。
扉の中から。
ミラが叫んだ。
「レイン!」
「どうした!」
「第四段階が」
「見つかった!」
俺は。
扉に近づく。
「何て書いてある?」
沈黙。
「……」
「ミラ?」
「これ」
声が。
震える。
「第四段階」
「――役割の消去。」
俺は。
息を呑む。
「役割を?」
「うん」
「消す?」
「そう」
「じゃあ」
俺は。
07を失った自分の胸を見る。
「俺と同じだ」
「違う」
ミラの声。
「……違う?」
「レインのは」
「番号を捨てただけ」
「私の第四段階は」
一拍。
「私を作るために、観測対象を消す。」
「……」
意味が。
分からない。
「観測対象を消すって」
「俺を?」
「たぶん」
俺の背中に。
冷たいものが走る。
すると。
壁に。
新しい記録が現れた。
――MIRA計画・第四段階。
――観測対象:レイン。
――対象を消去することで、模倣人格を自立させる。
――成功条件:対象レインの死亡。
「……」
ミラが。
黙った。
俺も。
何も言えない。
五十年前。
レインの死亡。
二十八年前。
ミラの人格形成。
そして。
今。
俺の中にある。
第三心臓。
全部が。
少しずつ。
繋がっていく。
だが。
俺は。
一つだけ。
引っかかった。
「待て」
「何?」
「この計画」
「五十年前に始まったんだよな?」
「うん」
「じゃあ」
「どうして」
「二十八年前に」
「もう一度」
「人格形成をした?」
ミラが。
黙る。
俺も。
考える。
「五十年前に」
「人格形成が完了していたなら」
「今のミラは」
「二十八年前に作る必要がない」
「……」
01が。
静かに言った。
「つまり」
「五十年前のミラと」
「今のミラは」
一拍。
「同じ計画から生まれた」
「だが」
「同じ個体とは限らない」
俺は。
その言葉を聞いた。
その瞬間。
扉の向こうから。
ミラの声。
「レイン」
「何だ?」
「私」
「もう一つ」
「記録を見つけた」
「何て?」
「五十年前」
一拍。
「MIRA計画」
「第一個体」
「……」
ミラの声が。
震える。
「M-01。」
「01?」
俺は。
思わず。
背後を見る。
そこには。
01がいる。
「……」
01も。
固まっていた。
「まさか」
俺は。
01を見る。
「お前」
「MIRA計画の」
「第一個体なのか?」
01は。
答えなかった。
ただ。
初めて。
明確に。
怯えた顔をした。
そして。
小さく。
首を振る。
「違う」
「俺は」
一拍。
「M-01じゃない」
「じゃあ」
01が。
自分の胸元を見る。
番号01。
そして。
震える声で。
「俺の番号は」
「五十年前に」
「別の誰かから」
「奪ったものだ」
――自由領域。
13%。
そして。
扉の向こうで。
ミラが。
息を呑んだ。
「レイン」
「どうした?」
「M-01の記録に」
長い沈黙。
「製造者の名前が」
「書いてある」
「誰だ?」
ミラは。
答えた。
「――ミラ。」
地下の空気が。
完全に。
止まった。




