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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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81/120

第81話 最初の名前

――「ミラじゃない」


 その言葉が。


 扉越しに聞こえた。


「じゃあ」


 俺は。


 扉に手を当てる。


「何て名前なんだ?」


 返事がない。


「ミラ?」


「……」


「聞こえてるか?」


「うん」


 しばらくして。


 ミラの声がした。


「でも」


「言えない」


「なぜ?」


「分からない」


 一拍。


「口に出そうとすると」


「頭が痛くなる」


 俺は。


 扉を睨む。


「無理に言わなくていい」


「でも」


「何か分かったんだろ?」


「うん」


 ミラが。


 小さく息を吐く。


「この部屋には」


「私が二十八年前に」


「自分で作った記録がある」


「何を作った?」


「……私」


「?」


「今の私」


 俺は。


 眉をひそめた。


「つまり」


「昔のミラが」


「今のミラを作った?」


「うん」


「じゃあ」


「二十八年前のミラは」


「今の私とは」


 一拍。


「少し違う」


「何が?」


「……」


 ミラが。


 しばらく黙る。


「私は」


「昔の私より」


「ずっと」


「人間っぽい」


「……」


「笑ったり」


「怒ったり」


「怖がったり」


「そういうの」


「最初の私は」


 声が。


 少し震える。


「それが必要ないと思ってたみたい」


 俺は。


 何も言えなかった。


 すると。


 壁の文字が。


 突然変わった。


 ――初期個体:M-00。


「……M-00?」


 ミラが。


 扉の向こうで。


 息を呑む。


「それ」


「私の最初の名前?」


 俺は。


 壁を見る。


 ――名称:M-00。


 ――役割:観測。


 ――人格:未定義。


 ――感情:不要。


「……」


 ミラが。


 小さく笑った。


「なんか」


「私っぽくないね」


「今とは全然違うな」


「ひどい」


「事実だろ」


「まあ」


 ミラが。


 少し笑う。


「そうだけど」


 その瞬間。


 壁の文字が。


 また変わった。


 ――M-00:人格形成開始。


 ――人格形成理由:対象レインの観測。


「……俺?」


 俺は。


 思わず自分を指差す。


「なんで俺なんだ?」


 ミラが。


 答える。


「分からない」


「他には?」


「記録がある」


「何て?」


 沈黙。


「……」


「ミラ?」


「読んでる」


 そして。


 彼女が。


 ゆっくり。


 読み上げる。


「――対象レインの」


 一拍。


「死亡後」


「人格形成を開始する」


「……」


 俺は。


 息を止めた。


「死亡後?」


「うん」


「俺が死んだ後に」


「ミラが作られる?」


「記録上は」


「そう」


 俺は。


 嫌な感じがした。


「じゃあ」


「二十八年前に」


「俺が死んでたってことか?」


「違う」


 ミラの声が。


 すぐ返ってくる。


「記録には」


「レインの死亡」


「そして」


「ミラの人格形成」


「その二つが」


 一緒に書かれてる」


「……」


「でも」


 ミラが。


 続ける。


「その後に」


「別の記録がある」


「何だ?」


「――対象レイン」


「――生存」


 俺は。


 目を閉じた。


「……」


「だから」


 ミラが。


 言う。


「レインが死んだ後に私が作られたんじゃない」


「……」


「一度」


「レインが死んだことになって」


「その後」


「生きていることになった」


「つまり」


「記録が」


「矛盾してる」


 俺は。


 小さく笑った。


「今さらだな」


「確かに」


 ミラも。


 笑った。


 だが。


 次の記録を見た瞬間。


 その笑いが消えた。


「……レイン」


「何だ?」


「これ」


「どうした?」


「M-00が」


 一拍。


「人格形成を拒否してる」


「……」


 壁に。


 新しい記録。


 ――人格形成:拒否。


 ――観測対象:レイン。


 ――感情移植:拒否。


 ――名前取得:拒否。


 ――個体M-00:人格を持たない。


「じゃあ」


「今のミラは?」


 ミラが。


 答えない。


 代わりに。


 別の文字が浮かぶ。


 ――人格発生条件:対象レイン。


 俺は。


 息を呑んだ。


「俺が」


「何かした?」


「……たぶん」


 ミラが。


 扉の向こうで。


 小さく笑う。


「レインって」


「昔から」


「面倒なことしてたんだね」


「お前もな」


「私は悪くない」


「まだ何も分かってないだろ」


「じゃあ一緒に調べればいい」


「そうだな」


 その瞬間。


 扉の中で。


 何かが。


 落ちた。


 カラン。


 カラン。


 カラン。


「ミラ?」


「……」


「どうした?」


「今」


「私」


 一拍。


「昔の私と」


「話してる」


「……何?」


 俺は。


 扉に耳を近づける。


 かすかに。


 ミラとは違う声が。


 聞こえた。


『観測を継続します』


「……」


『対象レイン』


『生存確認』


『感情反応――』


 声が。


 そこで止まる。


 そして。


 別の声。


 今のミラの声。


『……面白い』


 俺は。


 目を見開く。


「ミラ?」


「今の」


 ミラが。


 小さく答える。


「私じゃない」


 再び。


 古い声。


『対象レイン』


『笑った』


『観測継続』


『対象レイン』


『怒った』


『観測継続』


『対象レイン』


『泣いた』


 そこで。


 声が。


 初めて。


 少し震えた。


『……理解不能』


 沈黙。


 そして。


 記録が。


 書き換わる。


 ――M-00:感情を理解できない。


 ――観測を終了します。


 ――観測者:対象レイン。


「……逆だ」


 俺は。


 呟いた。


「何が?」


 ミラが聞く。


「お前が」


「俺を観測してたんじゃない」


 一拍。


「俺が」


「お前を作ってた」


「……」


 ミラが。


 黙る。


「俺の笑い方」


「怒り方」


「泣き方」


「そういうものを」


「お前が見て」


「真似して」


「今のミラになった」


 しばらく。


 返事はなかった。


 やがて。


「……じゃあ」


 ミラが。


 小さく言う。


「私が人間っぽいのは」


「レインのせい?」


「たぶんな」


「そっか」


 ミラが。


 笑った。


「じゃあ」


「責任取ってね」


「何の?」


「私を作った責任」


「……」


「冗談」


 俺も。


 少し笑った。


 だが。


 その時。


 古い声が。


 突然。


 明瞭に響いた。


『違います』


「……?」


『ミラは』


『レインが作ったのではありません』


 俺は。


 固まった。


『レインが作ったのは』


 一拍。


『ミラが生きられる条件です。』


「……」


『ミラ自身を作ったのは』


 声が。


 そこで止まる。


 そして。


 壁に。


 新しい名前が浮かんだ。


 ――製造者:???


 俺は。


 息を呑む。


「誰だ?」


 返事はない。


 その代わり。


 M-00の記録が。


 最後の一行を表示する。


 ――M-00、人格形成を開始。


 ――人格名:ミラ。


 ――命名者:???


 そして。


 最後に。


 小さく。


 だが。


 はっきりと。


 文字が浮かぶ。


 ――命名日時:五十年前。


「……五十年前?」


 俺は。


 凍りついた。


 ミラは。


 二十八年前に生まれたんじゃない。


 五十年前。


 すでに。


 その名前は存在していた。


 そして。


 俺が知っているミラは。


 二十八年前に。


 その名前を受け取った。


 なら。


 五十年前のミラは。


 誰だったのか。


 扉の向こうで。


 ミラが。


 震える声で言った。


「レイン」


「何だ?」


「私」


「五十年前に」


 一拍。


「あなたの隣にいた」


 俺は。


 息を止めた。


「……俺の隣?」


「うん」


「どこで?」


「分からない」


「誰と?」


「あなたと」


「……」


 そして。


 ミラが。


 最後に。


 呟いた。


「でも」


「五十年前の私は」


「今の私より」


「ずっと」


「レインのことを知ってる」


 自由領域が。


 **12%**へ進んだ。

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