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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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80/120

第80話 二十八年前

――返却者:ミラ。


 その文字を。


 俺は。


 何度も見直した。


「……ミラ?」


「うん」


 ミラも。


 壁を見ている。


「私だね」


「でも」


「うん」


「二十八年前には」


「存在していない」


「うん」


 妙な会話だった。


「……どういうこと?」


 ミラが。


 困ったように笑う。


「それ」


「私が聞きたい」


 01が。


 壁に近づく。


「記録を確認する」


 手を伸ばす。


 ――アクセス拒否。


「……」


 01が。


 眉をひそめる。


「俺にも見られない」


「珍しいな」


「これは」


 一拍。


「番号の記録ではない」


「じゃあ何の記録だ?」


「名前の記録だ」


 ミラが。


 自分の胸を指差す。


「名前?」


「そうだ」


「私の名前が?」


「いや」


 01が。


 首を振る。


「お前に返された名前だ」


「……」


 俺は。


 嫌な予感がした。


「つまり」


「ミラという名前そのものが」


「二十八年前に」


「一度」


 一拍。


「誰かに返された?」


 01は。


 答えなかった。


 代わりに。


 壁に新しい文字が浮かぶ。


 ――返却記録:一件。


 ――受領者:レイン。


 ――返却者:ミラ。


 ――返却時点:二十八年前。


 ――返却理由:人格形成開始。


「人格形成……」


 俺は。


 その言葉を呟く。


 すると。


 胸の奥から。


 声がした。


『そう』


「お前か」


『うん』


「知ってるのか?」


『全部じゃない』


「何を知ってる?」


『名前が返されたこと』


「誰から?」


『ミラ』


「……」


『でも』


『その時のミラは』


 一拍。


『今のミラじゃない』


 ミラが。


 顔をしかめる。


「どういう意味?」


 少年は。


 答えない。


「おい」


 俺が。


 胸に手を当てる。


「説明しろ」


『昔のミラは』


『名前だった』


「……名前?」


『人じゃない』


 ミラが。


 黙った。


 俺も。


 言葉が出なかった。


「じゃあ」


 ミラが。


 ゆっくり口を開く。


「私って」


「名前だけだったの?」


『たぶん』


「たぶんって……」


『僕も』


『全部は覚えてない』


 ミラは。


 しばらく俯いた。


 そして。


「……そっか」


 意外にも。


 怒らなかった。


「じゃあ」


「私は」


「その名前から始まったのかな」


 俺は。


 彼女を見る。


「分からない」


「そっか」


 ミラが。


 笑う。


「じゃあ」


「これから調べればいいね」


「怖くないのか?」


「怖いよ」


「……」


「でも」


 ミラが。


 俺を見る。


「今の私は」


 一拍。


「ちゃんとここにいるから」


 その言葉に。


 第三心臓が。


 ――ドクン。


 鳴った。


 自由領域。


 9%。


 そして。


 10%。


「また増えた」


 ミラが。


 驚く。


 壁の表示が。


 変化する。


 ――自由領域:10%。


 ――条件:自己存在の確認。


「自己存在の確認?」


 俺が読む。


「番号じゃなくても」


「名前だけでもなくても」


「自分で自分を認める」


「それが条件なのか」


 01が。


 頷く。


「そうらしい」


「じゃあ」


 俺は。


 ミラを見る。


「お前が」


「自分をミラだと思う限り」


「番号には戻らない」


「うん」


 ミラが。


 笑った。


「私はミラ」


 ――認証。


「私はミラ」


 ――認証。


「私は」


 一瞬。


 ミラが止まる。


「……ミラ」


 ――自由存在:確認。


 その瞬間。


 壁の「08」が。


 完全に消えた。


 代わりに。


 別の文字が浮かぶ。


 ――名称:ミラ。


 ――番号:なし。


 ――製造者:不明。


 ――製造開始:不明。


 ――初回存在:二十八年前より前。


「……」


 俺は。


 息を呑む。


「二十八年前より前?」


 ミラが。


 目を見開く。


「じゃあ」


「私は」


 その先を。


 言えない。


 01が。


 静かに言った。


「二十八年前に生まれた存在ではない」


「じゃあ?」


「二十八年前に」


 一拍。


「現在のミラになった。」


「……」


 ミラが。


 自分の手を見る。


「じゃあ」


「昔の私は」


「誰?」


 誰も。


 答えられない。


 その時。


 奥の壁が。


 突然開いた。


 ――ゴゴゴゴゴ。


「またか」


 俺は。


 警戒する。


 開いた先には。


 一枚の古い扉。


 扉には。


 番号がない。


 名前もない。


 ただ。


 一文だけ。


 刻まれている。


 ――名前を返した者のみ、入室可能。


 ミラが。


 扉を見る。


「……私?」


「たぶんな」


「でも」


「入るの?」


 俺は。


 扉を見る。


「俺も行く」


「レインは入れないんじゃない?」


「その時は」


「その時?」


「外で待つ」


 ミラが。


 少し笑った。


「それ」


「なんか嫌だな」


「何が?」


「レインだけ外って」


「じゃあ」


「一緒に入る」


「入れるかな」


「試す」


 二人で。


 扉の前に立つ。


 ミラが。


 取っ手に手をかける。


 ――認証中。


 ――名称確認。


 ――ミラ。


 扉が。


 開く。


 俺も。


 続いて入ろうとする。


 その瞬間。


 ――認証中。


 ――名称確認。


 ――レイン。


 ――拒否。


「……」


「レイン」


「大丈夫」


「でも」


「待ってろ」


 俺は。


 扉の前に立った。


 すると。


 扉の奥から。


 声がした。


『レイン』


「何だ?」


『お前は』


 一拍。


『まだ入ってはいけない』


「なぜ?」


『この部屋は』


『名前を返した者の部屋だから』


「……」


『お前は』


『名前を返された者だ』


 俺は。


 息を呑む。


 つまり。


 この部屋は。


 ミラだけのために。


 開いた。


「ミラ」


「うん」


「行ってこい」


「一人で?」


「ああ」


「……」


 ミラが。


 少し不安そうな顔をする。


「絶対戻ってきてよ」


「俺はここにいる」


「約束?」


「約束だ」


 ミラが。


 頷く。


「じゃあ」


 一歩。


 部屋の中へ。


 入っていく。


 扉が。


 ゆっくり閉まる。


「……」


 俺は。


 外で待つ。


 すると。


 胸の奥から。


 少年の声が。


 聞こえた。


『レイン』


「何だ?」


『あの部屋には』


『ミラの最初の名前がある』


「……!」


『でも』


「でも?」


『それを知ったら』


 一拍。


『今のミラが』


『ミラじゃなくなるかもしれない』


 俺は。


 閉じた扉を見る。


「……それでも」


『うん』


「ミラが決める」


『……』


「誰として生きるかは」


「本人が決める」


 第三心臓が。


 静かに。


 鳴った。


 ――ドクン。


 そして。


 扉の向こうから。


 ミラの声が聞こえた。


「……レイン」


「どうした?」


 返事が。


 震えている。


「ここに」


 一拍。


「私の名前が二つある」


 俺は。


 扉を見る。


「二つ?」


「うん」


「一つは」


 ミラが。


 小さく呟く。


「ミラ」


 そして。


 もう一つ。


「もう一つは――」


 そこで。


 声が途切れた。


 扉の向こうから。


 何かが。


 落ちる音。


 カラン。


 カラン。


 カラン。


 そして。


 ミラが。


 初めて。


 怯えた声を出した。


「レイン」


「何だ!」


「私」


「……」


「二十八年前に、私自身を作ってる。」


 俺は。


 扉に手をかけた。


 だが。


 開かない。


 ――現在のレイン:入室禁止。


 その下に。


 新しい文字。


 ――製造者:ミラ。


 そして。


 そのさらに下。


 ――被製造者:ミラ。


 俺は。


 言葉を失った。


 五十年前。


 俺は。


 レインの人生を作った。


 二十八年前。


 ミラも。


 ミラの人生を作った。


 なら。


 これは偶然なのか。


 それとも。


 俺たちは最初から。


 同じ仕組みの中にいたのか。


 そして。


 扉の向こうで。


 ミラが。


 小さく言った。


「……レイン」


「何だ?」


「私の最初の名前」


 一拍。


「『ミラ』じゃない。」


 自由領域が。


 **11%**になった。

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