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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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79/120

第79話 名前を作る

――自由領域:7%。


 光は。


 まだ弱い。


 地下の中央で。


 ただ静かに。


 揺れている。


「一緒に決めよう」


 俺は。


 胸の奥にいる何かへ。


 もう一度言った。


「名前」


 返事はない。


「……?」


 ミラが。


 俺の顔を見る。


「寝た?」


「寝てない」


「じゃあ」


「考えてるんじゃない?」


「名前を?」


「うん」


 ミラが。


 少し笑う。


「じゃあ待ってあげれば?」


「そうだな」


 俺も。


 黙った。


 名前というのは。


 案外。


 すぐには決まらない。


 自分の名前だって。


 俺が自分で決めたわけじゃない。


 いつの間にか。


 そこにあった。


 だから。


 自分で選ぶというのが。


 どんなものなのか。


 俺には。


 まだ分からなかった。


 その時。


 01が。


 壁を見ながら言った。


「一つ」


「何だ?」


「重要なことを忘れている」


「?」


「名前は」


 一拍。


「自由だけではない」


「どういう意味だ?」


「名前を持つということは」


「記録されるということだ」


 俺は。


 壁を見る。


「……記録?」


「番号は」


「役割を記録する」


「名前は」


「存在を記録する」


「だから」


 01が。


 中央の空白を見る。


「この施設は」


「名前を嫌う」


「なぜ?」


「名前を持った存在は」


 一拍。


「役割から外れるからだ」


 ミラが。


 腕を組む。


「じゃあ」


「私がミラって名乗ったから?」


「そうだ」


「番号が消えたのも?」


「そうだ」


 ミラが。


 自分を指差す。


「じゃあ私」


「結構すごいことしてたんだ」


「本人が一番軽いな」


「だって」


「私は私だし」


 その言葉に。


 胸の奥が。


 小さく鳴った。


 ――ドクン。


 少年の声が。


 聞こえる。


『……羨ましい』


「何が?」


『自分の名前を』


『当たり前みたいに言えること』


 俺は。


 少し考える。


「なら」


「お前も」


「そうなればいい」


『……』


「急がなくていい」


 少年は。


 しばらく黙っていた。


 そして。


『一つ』


「ん?」


『質問していい?』


「ああ」


『レインは』


『どうして』


『自分の名前を選ばなかったの?』


「……」


 俺は。


 答えられなかった。


 五十年前。


 俺は。


 自分の名前を分けた。


 捨てた。


 あるいは。


 誰かに渡した。


 でも。


 なぜ。


 そこまでしたのか。


 肝心なところだけが。


 まだ。


 抜け落ちている。


「分からない」


 正直に答える。


『そっか』


「ただ」


 一拍。


「今は」


「レインでいいと思ってる」


『どうして?』


「ミラが呼ぶから」


 ミラが。


 目を丸くした。


「……私?」


「ああ」


「私が?」


「何か問題あるか?」


「ないけど」


 ミラが。


 少しだけ。


 顔を赤くする。


「……そっか」


 その瞬間。


 自由領域が。


 **8%**へ進んだ。


 01が。


 驚いた。


「今のは」


「名前を選んだわけではない」


「なのに」


「存在が」


 一つ。


 確定した。


 俺は。


 中央を見る。


 空白だった場所に。


 小さな文字が浮かんでいる。


 ――名前:レイン。


 ミラが。


 驚く。


「レインが?」


「違う」


「じゃあ?」


「俺じゃない」


 その文字の下に。


 もう一行。


 ――所有者:未確定。


「……」


 俺は。


 息を呑んだ。


「俺の名前を」


「俺じゃない誰かが」


「持ってる?」


 01が。


 低い声で言う。


「違う」


「何が?」


「お前の名前を」


「誰かが持っているんじゃない」


 一拍。


「お前が、誰かに渡したんだ。」


「……」


 頭の中で。


 何かが。


 繋がりかけた。


 五十年前。


 名前を分けた。


 俺は。


 誰かに。


 レインという名前を渡した。


 でも。


 その相手が。


 誰なのか。


 思い出せない。


 すると。


 壁の記録が。


 突然。


 書き換わった。


 ――名前分離計画:再生。


 映像が。


 浮かぶ。


 五十年前。


 雪の中。


 若い俺がいる。


 その隣に。


 アルド。


 -1番。


 そして。


 もう一人。


 顔が。


 見えない。


 若い俺が。


 言っている。


『この名前を』


『俺から切り離してくれ』


 -1番が。


 答える。


『それをすれば』


『お前は』


『レインではなくなる』


『分かってる』


『それでも?』


『それでもいい』


 若い俺が。


 誰かを見る。


 その人物の顔は。


 最後まで。


 見えない。


『こいつに』


『レインを渡す』


 俺は。


 息を呑む。


 映像の中の人物が。


 ゆっくり。


 顔を上げる。


 その顔は――。


「……」


 映像が。


 そこで。


 途切れた。


「何で止まるんだ!」


 俺が。


 壁を叩く。


 ――閲覧権限不足。


「俺の記録だろ!」


 ――現在のレインには閲覧権限がありません。


「ふざけるな」


 ミラが。


 俺の肩を掴む。


「レイン」


「……」


「落ち着いて」


「でも」


「分かってる」


 ミラが。


 壁を見る。


「見たいよね」


「ああ」


「なら」


「また別の方法を探そう」


 その時。


 胸の奥から。


 声がした。


『僕』


「……」


『知ってる』


 俺は。


 ゆっくり顔を上げる。


「何を?」


『レインという名前を』


「誰から聞いた?」


『違う』


『僕は』


 一拍。


『その名前を』


『もらった』


「……!」


 俺の背中に。


 冷たいものが走った。


「お前が?」


『うん』


「五十年前に?」


『うん』


「じゃあ」


 俺は。


 声を絞り出す。


「お前が」


「今の俺の名前を持ってるのか?」


『違う』


 少年の声が。


 少し震える。


『僕が持ってた』


『でも』


「でも?」


『返した』


「誰に?」


 長い沈黙。


 そして。


『……お前に』


「……」


 俺は。


 何も言えなかった。


『だから』


『僕には』


『今』


『名前がない』


 自由領域が。


 **9%**へ進む。


 だが。


 同時に。


 別の表示が。


 浮かび上がった。


 ――警告。


 ――名前返却履歴を確認。


 ――返却先:現在のレイン。


 そして。


 その下に。


 赤い文字。


 ――返却時刻:二十八年前。


「……二十八年前?」


 俺は。


 壁を見つめる。


 俺が。


 今の人生を始めた。


 その日。


 名前を。


 返した?


 ミラが。


 静かに呟く。


「じゃあ」


「二十八年前に」


「レインって名前を返したのは」


 一拍。


「誰?」


 壁が。


 ゆっくり。


 文字を表示する。


 ――返却者:ミラ。


「……え?」


 ミラが。


 固まる。


 俺も。


 言葉を失った。


 そして。


 最後の一行が。


 表示された。


 ――ただし、当時のミラは存在していない。


 地下が。


 完全に。


 静まり返った。

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