第78話 第八人目
――第八人目――製造者。
その言葉が。
地下に響いた。
「製造者……?」
ミラが。
俺を見る。
「レインが?」
「らしいな」
「でも」
ミラが。
首を傾げる。
「レインって、何か作れるの?」
「料理なら」
「それ以外」
「……あまり」
「だよね」
「お前な」
こんな時なのに。
少しだけ笑ってしまう。
だが。
01は笑っていなかった。
「違う」
「何が?」
「製造者というのは」
一拍。
「物を作る者じゃない」
「じゃあ?」
「役割を作る者だ」
俺は。
壁を見る。
「役割を?」
「ああ」
01が。
続ける。
「01から07までは」
「誰かが役割を与えた」
「回収する」
「記憶する」
「器になる」
「選ばれる」
「死ぬ」
「生きる」
「そういう役割だ」
「……」
「だが」
01が。
中央の空白を見る。
「第八人目は」
「役割を与えられない」
「自分で作る」
俺は。
息を吐く。
「つまり」
「俺が」
「新しい役割を作る?」
「そうだ」
「それが」
「自由領域?」
01は。
頷いた。
「そうだ」
その瞬間。
暗闇から。
また声がした。
「半分正解だ」
俺たちが。
一斉に振り返る。
そこには。
誰もいない。
「誰だ?」
「姿を見せろ」
ミラが。
俺の後ろから叫ぶ。
「無理だ」
「なんで?」
「まだ」
一拍。
「俺には身体がない」
「……」
俺は。
嫌な予感がした。
「お前は誰だ?」
「それを」
声が笑う。
「これから作ってもらう」
「俺に?」
「ああ」
「何を?」
「俺の身体を」
俺は。
黙った。
「……また製造か」
ミラが。
ため息をつく。
「この施設、本当に製造好きだね」
「そうだな」
声が。
少し笑った。
「ミラ」
「……」
「お前は」
「まだ覚えていないのか?」
ミラの顔が。
固まった。
「何を?」
「五十年前」
「俺と」
「お前が」
一拍。
「何を作ったのか」
「……」
ミラは。
答えない。
俺は。
彼女を見る。
「ミラ?」
「分からない」
「本当に?」
「うん」
「でも」
声が続ける。
「お前は」
「それを」
「レインに預けた」
俺の胸が。
――ドクン。
鳴った。
「何を?」
「名前だ」
「……」
「お前は」
「レインに」
「一つの名前を預けた」
俺は。
息を呑む。
「俺の?」
「違う」
「じゃあ誰の?」
声が。
笑う。
「まだ」
「決まっていない」
その瞬間。
少年が。
小さく呟いた。
「……僕?」
声は。
答えない。
少年が。
自分の胸を見る。
「僕に」
「名前をくれる?」
「違う」
声が言う。
「お前が名前を作るんじゃない」
「じゃあ?」
「名前を」
一拍。
「生む」
「……」
俺は。
眉をひそめる。
「名前を生む?」
「ああ」
「意味が分からない」
「分からなくていい」
声が。
静かになる。
「ただ」
「一つだけ覚えておけ」
「何を?」
「五十年前」
声が。
少し低くなる。
「レインは」
「自分の名前を」
「捨てたんじゃない」
「……」
「分けたんだ。」
俺の胸が。
強く鳴る。
――ドクン。
視界が。
白くなる。
また。
記憶。
だが。
今回は。
五十年前ではない。
もっと古い。
暗い部屋。
中央に。
一つの椅子。
そこに。
少年が座っている。
顔は。
俺。
でも。
今の俺ではない。
少年が。
誰かに言う。
『名前を一つください』
目の前の男が。
答える。
『名前は一つしかない』
『じゃあ』
少年が。
笑う。
『二人で使えばいい』
男が。
首を振る。
『それをすると』
『どちらかが消える』
『なら』
少年が。
言った。
『消えない方法を作る』
――映像が。
切れる。
俺は。
現実に戻る。
「……今の」
ミラが。
俺の顔を見る。
「何?」
「昔の俺」
「何をしてた?」
「名前を」
一拍。
「二人で使おうとしてた」
少年が。
顔を上げる。
「……僕と?」
「分からない」
その瞬間。
壁に。
新しい記録が現れる。
――名前分離計画。
――対象:レイン。
――対象:???
――目的:一つの人生を二つに分ける。
俺は。
息を呑んだ。
「一つの人生を」
「二つに?」
01が。
呟く。
「だから」
「レインは」
「二十八年前に」
一拍。
「二人になったのか」
「……」
俺は。
自分の中を探る。
今まで。
何度も。
俺の中に。
別の人格がいると思っていた。
だが。
もしかすると。
最初から。
逆だった。
一つだったものを。
二つに分けた。
レインと。
もう一人。
「じゃあ」
ミラが。
恐る恐る聞く。
「もう一人って」
俺は。
答えようとした。
その瞬間。
胸の奥から。
声がした。
『俺だ』
「……」
『ずっと』
『お前の中にいた』
「誰だ?」
『名前はない』
「……」
『だから』
一拍。
『お前が作るんだ』
俺は。
目を閉じる。
「……俺が?」
『そう』
そして。
声は。
最後に言った。
『俺を作れば』
『八人目が完成する』
壁の数字が。
5%
から。
6%
へ変わる。
同時に。
新しい文字が浮かんだ。
――第八人目:製造開始。
――人格:未定。
――名前:未定。
――製造者:レイン。
俺は。
ゆっくり目を開けた。
そして。
自分の胸に手を当てる。
「……分かった」
ミラが。
驚いた顔をする。
「何するの?」
「名前を考える」
「誰の?」
俺は。
胸の奥にいる声へ。
初めて問いかけた。
「お前」
一拍。
「どんな名前が欲しい?」
返事は。
すぐには来なかった。
そして。
しばらくして。
胸の奥から。
小さな声が返ってきた。
『……俺は』
『ずっと』
『一つだけ欲しかった』
「何を?」
『自分で選んだ名前。』
俺は。
その言葉を聞いて。
初めて。
名前を作るという意味を理解した。
これは。
誰かに名前を与えることじゃない。
誰かを。
俺の都合で作ることでもない。
その人間が。
自分で生きるための。
最初の選択だ。
だから俺は。
答えを急がなかった。
「じゃあ」
一歩。
前へ出る。
「一緒に決めよう」
自由領域が。
また。
わずかに光った。
――7%。
そして。
地下の最奥から。
初めて。
誰かの笑い声が聞こえた。
「……やっと」
「五十年前に失敗したことを」
「今度は」
「間違えずに始められる」
俺は。
その声の主を。
まだ知らない。
だが。
一つだけ。
分かった。
五十年前の物語は。
まだ。
終わっていなかった。




