第76話 自由領域
――『番号じゃなくなる』
その声が。
地下に響いた。
俺は。
しばらく黙っていた。
「……それの何が悪い?」
返事はない。
「番号じゃなくなったら」
俺は。
壁に向かって言う。
「困るのか?」
沈黙。
「誰だ?」
返事はない。
「さっきまで」
ミラが。
周囲を見回す。
「喋ってたのに」
「急に黙ったな」
「逃げた?」
「たぶん」
「この施設のくせに?」
「施設に失礼だろ」
「今まで散々振り回されたけど?」
「……それはそうだ」
少しだけ。
笑った。
だが。
01は。
笑わなかった。
「違う」
「何が?」
「あの声は」
一拍。
「施設ではない」
「じゃあ?」
「番号そのものだ」
「……番号?」
01が。
自分の胸元を見る。
「俺たちに与えられた番号は」
「ただの識別番号じゃない」
「何だ?」
「役割だ」
「役割?」
「ああ」
01が。
ゆっくり話す。
「01は」
「最初の回収者」
「02は」
「二人目の器」
「03は」
「記憶」
「04は」
「……」
そこで。
01が止まった。
「どうした?」
「思い出せない」
「04の役割?」
「ああ」
五人目が。
小さく笑う。
「それが」
「番号の怖いところだ」
「何が?」
「番号を忘れると」
「自分が何者だったかも」
一拍。
「分からなくなる」
俺は。
自分の胸を見る。
――07。
そこには。
まだ。
レインという名前がある。
「じゃあ」
「番号を捨てれば」
「役割も消える?」
「そうだ」
「それなら」
俺は。
金属板を外そうとした。
――警告。
壁が。
赤く光る。
――番号離脱は禁止。
「禁止?」
俺は。
手を止めない。
金属板を。
少しだけ浮かせる。
その瞬間。
胸の奥が。
焼けるように痛んだ。
「……っ!」
「レイン!」
ミラが。
俺の腕を掴む。
「やめて!」
「……大丈夫」
「大丈夫じゃない!」
俺は。
歯を食いしばる。
だが。
金属板を離さない。
「これを」
「外さないと」
「自由領域を作れない」
「でも!」
「ミラ」
俺は。
彼女を見る。
「お前は」
「番号を拒否しただろ」
「……」
「それでも」
「ここにいる」
ミラが。
少し黙る。
「だから」
「俺も試す」
――番号解除処理を開始。
金属板が。
熱くなる。
07の文字が。
薄くなる。
そして。
――07:解除中。
胸の痛みが。
さらに強くなった。
「……ぐっ」
「レイン!」
ミラが。
俺を抱える。
「無理!」
「まだ」
「やめて!」
「あと少し……」
その時。
少年が。
俺の前に立った。
「僕がやる」
「何を?」
「名前を」
「……?」
「レインの名前を」
少年が。
俺の胸に手を置く。
「レイン」
一言。
痛みが。
少しだけ弱くなった。
「レイン」
もう一度。
さらに。
「レイン」
ミラも。
呼んだ。
「レイン」
五人目が。
「レイン」
31番も。
「レイン」
01も。
そして。
-1番まで。
「レイン」
全員の声が。
一つになる。
俺の胸に。
――ドクン。
第三心臓が。
大きく鳴った。
金属板が。
砕けた。
パキン。
床に落ちる。
そこには。
もう。
07の文字はない。
「……」
俺は。
自分の胸を見る。
何もない。
番号も。
記号も。
「成功?」
ミラが。
小さく聞く。
俺は。
自分の手を握る。
「たぶんな」
その瞬間。
壁に。
大きな文字が浮かぶ。
――07:登録解除。
そして。
――対象名:レイン。
さらに。
――役割:未定義。
俺は。
息を吐いた。
「……やった」
ミラが。
笑う。
「うん」
だが。
01は。
険しい顔をしていた。
「まだだ」
「何が?」
「番号を捨てたなら」
01が。
壁を見る。
「お前は」
「システムから」
一拍。
「外れた」
「それが?」
「外れた存在は」
「記録できない」
「……」
「つまり」
01が。
俺を見る。
「これから先」
「お前に起きることは」
「この施設には」
「残らない」
俺は。
少し考えた。
「それなら」
「都合がいいな」
「え?」
「俺の人生を」
俺は。
自分の胸に手を当てる。
「俺自身が決められる」
ミラが。
笑った。
「そうだね」
その瞬間。
――自由領域:生成開始。
地下が。
大きく揺れた。
床が割れる。
壁が崩れる。
「うわっ!」
ミラが。
俺にしがみつく。
「ちょっと!」
「俺に言うな!」
「レインが作ってるんでしょ!」
「俺だって知らない!」
少年が。
笑った。
「楽しそう」
「どこが!?」
ミラが叫ぶ。
その時。
地下の中央に。
光が生まれた。
円形の空間。
01から07まで。
全ての番号が。
そこから外れていく。
そして。
中央に。
何もない場所が。
生まれた。
――自由領域:完成率1%。
「……」
だが。
その直後。
別の文字が。
浮かび上がった。
――対抗処理を開始します。
01が。
顔を上げる。
「来る」
「何が?」
「番号を守る者だ」
地下の奥。
暗闇の中から。
一人。
また一人。
黒い服の人影が。
現れる。
胸元には。
01。
02。
03。
04。
05。
06。
07。
だが。
今までとは違う。
全員。
顔がない。
「……」
ミラが。
震える。
「何、あれ……」
01が。
静かに言った。
「俺たちの」
一拍。
「失敗した未来だ」
「未来?」
「番号を捨てられなかった者たち」
顔のない07が。
一歩。
前に出る。
そして。
声を発した。
『レイン』
「……」
『番号を返せ』
俺は。
答えた。
「嫌だ」
『返せ』
「嫌だ」
『なら』
顔のない07が。
腕を上げる。
『お前の名前を』
一拍。
『消す』
ミラが。
俺の前に立った。
「やらせない」
俺は。
ミラを見る。
「……ミラ」
「何?」
「ありがとう」
「今言うこと?」
「今だから言う」
俺は。
前を見る。
そして。
初めて。
番号のない自分で。
名乗った。
「俺は」
一歩。
「レインだ」
胸の奥で。
三つ目の鼓動が。
静かに鳴る。
――ドクン。
そして。
自由領域の完成率が。
1%から。
2%へ。
動き始めた。




