第75話 作る
――『俺を作ってくれ』
その声が。
胸の奥から響いた。
俺自身の声。
でも。
俺が喋ったわけじゃない。
「……何を作れって?」
返事はない。
代わりに。
壁に文字が浮かぶ。
――製造対象:未定。
――製造者:レイン。
――開始まで:11時間59分。
「時間だけ減ってるな」
ミラが。
壁を見ながら言った。
「そうだね」
「止められない?」
「試してみる」
俺は。
壁に手を当てる。
「製造中止」
――拒否。
「じゃあ延期」
――拒否。
「キャンセル」
――拒否。
ミラが。
横から口を挟む。
「レイン」
「何だ?」
「それ」
「人間相手にも通用する?」
「……たぶん無理だ」
「じゃあ」
「機械相手なら?」
「もっと無理だ」
「そっか」
ミラが。
真顔で頷く。
「役に立たないね」
「お前な」
少しだけ。
笑った。
だが。
その笑いを。
01が遮った。
「笑っている場合じゃない」
「分かってる」
「この製造は」
「今までとは違う」
「何が?」
01は。
壁の文字を見る。
「今までの製造は」
「器を作った」
「人格を作ろうとした」
「記憶を移した」
「でも」
一拍。
「今回は」
俺を見る。
「製造者がレインになっている」
「それが?」
「製造者と対象が」
「同じ存在になる可能性がある」
「……」
少年が。
小さく言った。
「また」
「僕みたいなのが生まれる?」
「分からない」
「じゃあ」
少年が。
俺を見る。
「僕が作られる前に」
「僕は誰だったの?」
俺は。
答えられなかった。
その時。
五人目が。
ゆっくり口を開いた。
「俺は」
「知っている」
全員が。
彼を見る。
「何を?」
「製造対象が」
一拍。
「人間じゃないことを」
「……」
「今回作るのは」
五人目が。
壁を指差す。
「人格でも」
「器でも」
「記憶でもない」
「じゃあ?」
「選択肢だ。」
俺は。
眉をひそめる。
「選択肢?」
「ああ」
「何の?」
「今まで」
五人目が言う。
「お前たちは」
「いつも決められた選択肢から選ばされていた」
「生きるか死ぬか」
「レインかアルドか」
「一人か二人か」
「五十年前か現在か」
「でも」
五人目が。
俺を見る。
「お前は」
「選択肢そのものを作った」
胸が。
静かに鳴る。
「……第三選択肢」
「そうだ」
五人目が頷く。
「お前が作ったのは」
「人格じゃない」
「選べる未来だ」
俺は。
黙った。
ミラが。
少し考えてから言う。
「じゃあ」
「今回レインが作るのは」
「新しい未来?」
「おそらく」
「それなら」
ミラが笑う。
「悪くないんじゃない?」
「簡単に言うな」
「でも」
「誰かを殺す条件じゃないんでしょ?」
「……」
「なら」
ミラが。
胸を張る。
「前よりずっといいじゃん」
俺は。
苦笑した。
「確かにな」
その時。
壁の文字が。
突然変わった。
――製造対象:第八候補。
「……!」
ミラが。
固まった。
「私?」
壁は。
答えない。
だが。
08の数字が。
再び浮かび上がる。
――08:未完成。
「待て」
俺は。
壁を見る。
「ミラを作るってことか?」
01が。
首を振る。
「違う」
「じゃあ何だ?」
「ミラは」
一拍。
「すでに存在している」
「……」
「だから」
01が。
言う。
「作る必要がない」
「じゃあ」
08は何だ?
その瞬間。
ミラが。
自分の胸に手を当てた。
「……あ」
「どうした?」
「何か」
「変」
「胸が?」
「ううん」
「名前が」
「名前?」
ミラが。
自分の名前を呟く。
「ミラ」
――認証。
「ミラ」
もう一度。
――認証。
「……ミラ」
――存在確認。
壁の08が。
ゆっくり消える。
「……消えた」
ミラが。
驚いた顔をする。
代わりに。
新しい文字が浮かぶ。
――第八候補:製造対象から除外。
「じゃあ」
俺は。
息を吐く。
「08はミラじゃない」
「そうみたい」
ミラも。
少し安心したように笑う。
だが。
その下に。
さらに文字が出た。
――第八候補:空席。
――製造者:レイン。
「空席……」
俺は。
その言葉を見つめる。
すると。
胸の奥から。
また声がした。
『そう』
今度は。
少しだけ違う声だった。
『作るのは』
『人じゃない』
俺は。
息を止める。
『席を作る』
「席?」
『今まで』
『七つしかなかった』
『だから』
『一人を入れるためには』
『誰かを出さなければならなかった』
俺は。
ゆっくり理解する。
「……八つ目の席」
声が。
答える。
『そう』
『誰も出さずに』
『全員が存在できる場所』
その瞬間。
地下の壁に。
巨大な円形の図が浮かんだ。
01。
02。
03。
04。
05。
06。
07。
そして。
中央に。
何も書かれていない席。
「……」
ミラが。
呟く。
「これ」
「今までの番号とは違う」
俺も。
気づいた。
八つ目の席には。
番号がない。
名前もない。
ただ。
空白だけがある。
――第八候補:自由領域。
俺は。
その言葉を見て。
思わず笑った。
「なるほどな」
「何?」
ミラが聞く。
「やっと分かった」
「何が?」
「俺が作るもの」
一拍。
「誰かじゃない」
俺は。
空白を見る。
「誰でも入れる場所だ」
01が。
静かに目を見開く。
「それは」
「このシステムそのものを」
彼は。
言葉を失った。
そして。
壁に。
新しい警告が浮かぶ。
――危険。
――製造者が自由領域を生成した場合。
――既存システムは不要となります。
「……」
ミラが。
俺を見る。
「レイン」
「何だ?」
「それって」
「この施設」
一拍。
「いらなくなるってこと?」
俺は。
壁を見る。
そして。
小さく笑った。
「だったら」
「作ってみるか」
その瞬間。
カウントが。
11:00:00
に変わった。
――製造開始まで、11時間。
そして。
地下のどこかで。
何かが。
初めて。
怯えたように叫んだ。
『やめろ』
『それを作るな』
『それが完成したら――』
声が。
途切れる。
最後に。
小さく。
『俺たちは』
そして。
震える声。
『番号じゃなくなる』




