第74話 レインを作ったレイン
――レインを作ったのは、レインである。
その一文を。
俺は何度も読み返した。
「……意味が分からない」
ミラも。
隣で首を傾げている。
「自分で自分を作ったってこと?」
「普通ならな」
「普通じゃないから困ってるんでしょ」
「それもそうだ」
01は。
記録板の前で。
黙り込んでいた。
「お前は知っているのか?」
俺が聞く。
「……一部だけだ」
「また一部か」
「俺は」
01が。
苦しそうに答える。
「最初の記録を読んだことがない」
「どうして?」
「資格がなかった」
「一番なのに?」
「一番だからだ」
「……意味が分からない」
「俺もだ」
ミラが。
小声で言う。
「この施設、ほんと面倒くさいね」
「同感だ」
俺は。
記録板に手を触れた。
冷たい。
だが。
触れた瞬間。
文字が変わった。
――閲覧者を確認。
――レイン。
次に。
――閲覧資格:あり。
「……俺は読めるのか」
01が。
息を呑む。
「やめろ」
「どうして?」
「最初の記録は」
一拍。
「読むたびに、読んだ者自身が書き換わる」
「……」
「それでも読むか?」
俺は。
記録板を見る。
「読む」
「レイン!」
ミラが。
心配そうに俺を見る。
「大丈夫」
「本当に?」
「分からない」
「……もう」
ミラが。
呆れたように笑った。
「そういうところだよ」
俺は。
記録板に手を置く。
――閲覧開始。
世界が。
一瞬で。
白くなった。
◇
そこに。
俺がいた。
五十年前の俺。
今より幼い。
けれど。
目だけは。
今の俺と同じだった。
その前に。
アルド。
-1番。
そして。
見たことのない人間が。
もう一人。
その男は。
顔を隠していた。
「誰だ?」
俺が呟く。
五十年前の俺が。
男に言う。
『作れる?』
男は。
答えた。
『何を?』
『俺を』
「……」
俺は。
息を止めた。
『今の俺じゃない』
五十年前の俺が。
続ける。
『俺が死んだあとも』
『俺が生きられるように』
『新しい俺を』
男が。
首を振る。
『人格は作れない』
『なら』
五十年前の俺が。
言った。
『人格じゃなくていい』
『器を』
男が。
しばらく黙る。
『誰の器にする?』
五十年前の俺が。
答える。
『俺の』
『……』
『でも』
一拍。
『俺にはしない』
俺は。
意味が分からなかった。
『名前は?』
男が聞く。
五十年前の俺が。
少しだけ笑う。
『レイン』
『お前自身の名前じゃないか』
『そうだ』
『なぜ?』
『俺が』
五十年前の俺は。
自分の胸を押さえた。
『俺の名前を』
『俺自身から切り離すためだ』
映像が。
揺れる。
次の場面。
俺の前に。
小さな子供がいる。
候補三。
いや。
まだ。
名前すらない。
『この子は?』
男が聞く。
『俺の代わり』
五十年前の俺が答える。
『じゃない』
すぐに否定した。
『俺の代わりにはしない』
『じゃあ何だ?』
『俺が捨てたものを』
『持って生きる』
男が。
黙る。
アルドが。
横から言った。
『それなら』
『お前は死ねるな』
『ああ』
五十年前の俺は。
頷いた。
『俺が死んでも』
『この子は生きられる』
俺は。
思わず声を出した。
「待て」
映像の中の俺が。
こちらを見る。
まるで。
俺の声が聞こえたように。
そして。
笑った。
『今の俺へ』
俺の背筋が。
凍った。
『これを見ているなら』
『俺はもう死んでいる』
「……」
『だから』
『一つだけ覚えておけ』
五十年前の俺が。
静かに言う。
『お前は』
一拍。
『俺の続きじゃない』
その言葉に。
胸が。
強く鳴った。
『お前は』
そして。
最後に。
『俺が作った、別の人生だ』
――映像が。
消えた。
◇
「……」
目を開ける。
地下室。
ミラが。
俺の肩を掴んでいた。
「レイン!」
「……大丈夫」
「顔、真っ青」
「そうか?」
「そうだよ」
俺は。
記録板を見る。
さっきの一文。
――レインを作ったのは、レインである。
その下に。
新しい文字が追加されていた。
――正確には、レインはレインを作っていない。
「……?」
さらに。
文字が増える。
――レインは、レインの人生を作った。
俺は。
息を吐いた。
「そういう意味か」
01が。
静かに頷いた。
「お前は」
「自分の身体を作ったわけじゃない」
「人格を作ったわけでもない」
「じゃあ」
俺は。
自分の胸を見る。
「人生を選んだ?」
「そうだ」
01が言う。
「五十年前のレインは」
「自分が死んだ後に」
「誰かが自分の代わりを作ることを拒否した」
「だから」
「お前に」
一拍。
「選ぶ余地を残した」
ミラが。
小さく笑った。
「じゃあ」
「今のレインは」
「五十年前のレインが決めたんじゃなくて」
「レイン自身が決めてきた人生なんだね」
「……たぶん」
「たぶんじゃないよ」
ミラが。
俺を見る。
「今までのレイン」
「ずっと自分で選んでたじゃん」
俺は。
何も言えなかった。
その時。
少年が。
記録板を見ていた。
「ねえ」
「どうした?」
「一つ」
「おかしい」
「どこが?」
少年が。
記録板の一番下を指差す。
そこには。
さっきまでなかった文字が。
浮かんでいた。
――製造者:レイン。
その下。
――被製造者:レイン。
さらに。
――製造開始:五十年前。
俺は。
息を呑む。
「……俺が俺を作った?」
少年は。
首を振る。
「違う」
「じゃあ?」
「これ」
少年が。
指を動かす。
「時間が逆なんだ」
俺は。
記録を見る。
五十年前。
レインが製造者。
現在。
俺が被製造者。
「……」
その意味を考える前に。
地下の奥で。
機械音が響いた。
――製造開始。
「何を作る?」
ミラが。
不安そうに聞く。
壁に。
新しい文字が浮かぶ。
――対象:未定。
――製造者:現在のレイン。
俺は。
固まった。
「……待て」
さらに。
一行。
――製造開始まで、残り12時間。
「俺が」
自分を見つめる。
「何かを作るのか?」
その瞬間。
俺の胸の三つ目が。
初めて。
言葉を発した。
『作って』
一拍。
『今度は』
『お前が』
そして。
その声は。
俺自身の声で。
こう続けた。
『俺を作ってくれ。』




