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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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72/120

第72話 ミラ

――二十八年前には、存在していなかったはずだ。


 その言葉だけが。


 暗闇の中に残った。


「……何、それ」


 ミラの声が。


 少し震えていた。


 俺は。


 01を睨む。


「説明しろ」


「できない」


「ふざけるな」


「本当に分からない」


 01は。


 自分の胸元にある番号を触った。


「俺が知っている記録では」


「二十八年前」


 一拍。


「ミラという人間は存在していない」


「記録にないだけじゃないのか?」


「違う」


 01は。


 首を振った。


「俺は」


「人間の記録だけを見ていたわけじゃない」


「じゃあ?」


「この施設に登録された」


 01が。


 床を指す。


「全ての人格」


「全ての器」


「全ての記憶」


「その中に」


 ミラを見る。


「ミラという名前はなかった」


「……」


 ミラが。


 黙っている。


 俺は。


 彼女を見る。


「ミラ」


「なに?」


「大丈夫か?」


「……うん」


 少しだけ。


 笑った。


「でも」


「正直」


「ちょっと怖い」


 俺は。


 何も言えなかった。


 すると。


 候補三の少年が。


 ミラに近づく。


「僕」


「ミラを知ってるよ」


「……え?」


 ミラが。


 少年を見る。


「どこで?」


「レインの記憶の中」


「私が?」


「うん」


 少年が。


 頷く。


「でも」


「それは今のミラじゃない」


 俺は。


 眉をひそめた。


「どういう意味だ?」


「昔のレインは」


 少年が言う。


「ミラの名前を知らなかった」


「……」


「でも」


 一拍。


「ミラのことは知ってた」


 01が。


 息を呑む。


「そんなはずはない」


「お前も?」


 俺が聞く。


 01は。


 初めて。


 明らかに動揺した。


「五十年前のレインには」


「ミラという存在は」


「記録されていない」


「でも」


 少年が言う。


「いた」


「どこに?」


「レインの横」


 俺の胸が。


 ドクン。


 鳴った。


 頭の中に。


 一瞬だけ。


 映像が流れる。


 雪。


 地下施設。


 そして。


 俺の隣に。


 誰かがいる。


 顔は見えない。


 でも。


 笑っている。


『レイン』


 声だけが聞こえる。


『ちゃんと帰ってきてね』


 俺は。


 その声を。


 知っている。


「……ミラ」


 俺の口から。


 自然に名前が出た。


「え?」


「今」


「昔の声を聞いた」


 ミラが。


 目を見開く。


「私?」


「たぶん」


 01が。


 俺たちを見る。


「あり得ない」


 もう一度。


 同じ言葉を呟いた。


「何がそんなにおかしい?」


 俺が聞く。


「二十八年前」


 01が。


 ゆっくり話す。


「俺は」


「お前を起こす準備をしていた」


「……」


「その時」


 01は。


 床を見る。


「お前の隣には」


「誰もいなかった」


「じゃあ」


「ミラはどこから来た?」


「分からない」


「また分からないか」


「すまない」


 01は。


 素直に頭を下げた。


「俺は」


「全部を知っているわけじゃない」


 その瞬間。


 ミラが。


 突然笑った。


「じゃあ」


「いいじゃん」


 全員が。


 彼女を見る。


「何が?」


「分からないなら」


 ミラが。


 俺を見る。


「これから分かればいいでしょ」


「……」


「私が二十八年前にいなかった?」


「だから何?」


「今いるじゃん」


 俺は。


 思わず笑った。


「確かにな」


「でしょ?」


 ミラが。


 胸を張る。


「私はミラ」


「それでいいじゃん」


 少年が。


 小さく笑った。


「レインと同じだね」


「何が?」


「名前を誰かに決められても」


「最後に自分で選んだら」


 一拍。


「自分になれる」


 俺は。


 その言葉を聞いて。


 胸元に手を当てた。


 第三心臓が。


 静かに鼓動している。


 ――ドクン。


 だが。


 01が。


 突然。


 顔を上げた。


「……まずい」


「何が?」


「時間が」


 壁を見る。


 そこには。


 先ほどまでの。


 23:59:57


 という表示があった。


 だが。


 数字が。


 変わっている。


 ――00:00:00


「……」


 ミラが。


 固まる。


「期限」


 俺が呟く。


「何の?」


 01が。


 答える。


「名前の返却だ」


「……!」


 壁に。


 新しい文字が浮かんだ。


 ――名前返却期限:終了。


 ――返却対象:アルド。


 ――返却失敗。


 俺は。


 息を呑む。


「失敗した?」


「違う」


 01が。


 首を振った。


「まだだ」


「じゃあ何が起きた?」


 01は。


 壁の次の文字を見て。


 顔色を変えた。


 ――代替処理を開始します。


 ――名前の所有者を再選定。


 俺の胸が。


 強く鳴る。


 ――ドクン。


 そして。


 壁に。


 新しい名前が表示された。


 レイン


 次に。


 アルド


 そして。


 ミラ


「……え?」


 ミラの顔から。


 笑顔が消えた。


 最後に。


 四つ目の名前が浮かぶ。


 ――???


 俺は。


 その文字を見つめる。


「四人?」


 01が。


 震える声で言った。


「違う」


「これは」


 一拍。


「名前を分けるための処理じゃない」


「じゃあ?」


 01が。


 俺を見る。


「一人を選ぶための処理だ。」


 ミラが。


 俺の袖を掴む。


「レイン」


「大丈夫だ」


「でも……」


「俺は」


 俺は。


 ゆっくり。


 前へ出た。


「誰も選ばない」


 壁が。


 大きく震えた。


 ――選択拒否を確認。


 ――例外処理を開始。


 そして。


 最後に。


 今まで一度も見たことのない文字が。


 浮かんだ。


 ――第八候補:発生。


 ミラが。


 呟く。


「……八人目?」


 俺は。


 答えなかった。


 なぜなら。


 その瞬間。


 俺の後ろから。


 誰かが。


 俺の肩を叩いたからだ。


「――やっと」


 耳元で。


 声がした。


「俺の番だ」


 振り返る。


 誰もいない。


 ただ。


 床に。


 新しい金属板が落ちていた。


 番号は。


 08。


 その裏側には。


 一文字だけ。


 刻まれていた。


 ――ミラ。

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