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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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第71話 帰還開始

――ドクン。


 三つ目の鼓動が。


 胸の奥で鳴った。


「……アルド」


 俺が呟くと。


 目の前の男は。


 ゆっくり首を傾けた。


「その名前を」


 一歩。


 こちらへ近づく。


「まだ覚えていたか」


「……お前は誰だ?」


「それを聞くのか?」


「当たり前だ」


「俺は――」


 男が口を開く。


 だが。


 五人目が。


「言うな」


 遮った。


 男が。


 五人目を見る。


「まだ隠すのか?」


「隠しているわけじゃない」


「なら何だ?」


「確定していない」


 五人目は。


 淡々と言った。


「お前がアルド本人なのか」


「別の何かなのか」


「俺たちには分からない」


 俺は。


 二人を見る。


「じゃあ」


「胸の名前は何なんだ?」


 男は。


 自分の胸元を見る。


 そこには。


 確かに。


 ――アルド


 と刻まれている。


「これは」


 男が言う。


「俺が名乗った名前じゃない」


「誰がつけた?」


「お前だ」


「俺が?」


「五十年前」


 俺は。


 黙った。


 また。


 五十年前。


 俺の知らない俺が。


 何かをしている。


「俺は」


 男が続ける。


「名前を失った」


「五人目と同じように?」


「ああ」


「じゃあ」


 ミラが。


 恐る恐る尋ねる。


「レインが名前を返したっていうのは?」


 男は。


 俺を見る。


「名前を与えたんじゃない」


「……?」


「思い出させた」


「誰に?」


「俺自身に」


 その言葉と同時に。


 壁が光った。


 ――第四人目:記録復元開始。


 ――旧名称:欠落。


 ――現在名称:アルド。


 俺は。


 その文字を睨む。


「旧名称が欠落?」


「名前が消されている」


 -1番が。


 壁を確認する。


「五人目とは違う」


「どう違う?」


「五人目は」


 一拍。


「名前そのものを失った」


「だが四人目は」


 -1番が。


 男を見る。


「名前を持っていた記録だけが消されている」


 俺は。


 嫌な予感がした。


「誰が消した?」


「……」


 誰も答えない。


 すると。


 男が。


 俺に近づいた。


「お前だ」


「また俺か」


「五十年前の」


「俺が?」


「そうだ」


 男は。


 静かに頷く。


「お前は俺に」


「名前を忘れろと言った」


「なぜ?」


「俺を」


 一拍。


「アルドにするためだ」


 空気が凍った。


「……どういう意味だ?」


「俺には」


 男が言う。


「別の名前があった」


「だが」


「お前はその名前を消した」


「そして」


 胸の文字を指す。


「アルドと書いた」


 俺は。


 頭を抱えた。


「意味が分からない」


「俺もだ」


 男が。


 苦笑した。


「だから」


「お前に聞きに来た」


「何を?」


「なぜ」


 男の目が。


 真っ直ぐ俺を見る。


「俺をアルドにした?」


 答えられない。


 当然だ。


 俺には。


 五十年前の記憶がない。


 その時。


 少年が。


 ぽつりと言った。


「たぶん」


 全員が。


 少年を見る。


「レインは」


 少年が。


 自分の胸を押さえる。


「アルドを生かしたかったんじゃない?」


「……」


 男が。


 黙る。


「だから」


 少年は続ける。


「アルドの名前を」


「別の人に渡した」


 俺の中で。


 何かが繋がりかけた。


 アルドの肉体。


 アルドの記憶。


 アルドの名前。


 そして。


 レイン。


 だが。


 まだ足りない。


「待って」


 ミラが。


 手を挙げた。


「それだと」


「アルドさんは誰?」


 沈黙。


 男が。


 ゆっくり答える。


「分からない」


「え?」


「俺は」


 一拍。


「アルドではない」


「……!」


 俺は。


 息を呑む。


「じゃあ胸の名前は?」


「借り物だ」


「誰から?」


「お前から」


 また。


 俺の胸が鳴る。


 ――ドクン。


 ――ドクン。


 そして。


 今度は。


 声が聞こえた。


『名前を返せ』


 俺は。


 目を閉じる。


『アルドの名前を』


 声は。


 俺自身だった。


『返せ』


 だが。


 次の瞬間。


 別の声が重なる。


『返すな』


 少年の声。


『その名前を返したら』


 一拍。


『僕が消える』


「……!」


 俺は。


 目を開けた。


 目の前の男も。


 少年も。


 同時に。


 俺を見ている。


「レイン」


 ミラが。


 不安そうに呼ぶ。


「今」


「何か聞こえた?」


「……ああ」


「何て?」


 俺は。


 答えようとして。


 やめた。


 その瞬間。


 壁に。


 新しい文字が浮かんだ。


 ――第四人目:人格不確定。


 ――名前:アルド。


 ――名前の所有者:不明。


 そして。


 最後に。


 ――名前返却期限:残り一日。


「……一日?」


 ミラが。


 青ざめる。


「何の期限?」


 俺は。


 壁を見る。


 数字が。


 一つずつ減っていく。


 23:59:59


 23:59:58


 23:59:57


「……」


 俺は。


 ため息をついた。


「また始まったな」


 ミラが。


 俺を見る。


「何が?」


「時間制限」


「嫌な予感しかしない」


「俺もだ」


 そして。


 地下の奥から。


 低い音が響いた。


 ゴン。


 ゴン。


 ゴン。


 三回。


 全員が。


 振り返る。


 五人目が。


 顔を強張らせた。


「……あれは」


「何だ?」


「四人目の音じゃない」


「じゃあ?」


 五人目が。


 小さく呟く。


「一人目の音だ」


 その瞬間。


 壁いっぱいに。


 一つの文字が浮かんだ。


 ――01:帰還開始。


 そして。


 俺の胸の中から。


 聞き覚えのある声がした。


『レイン』


 俺は。


 息を止める。


『今度は』


『俺がお前を回収する』


 ――一番。


 その名前が。


 頭をよぎった。


 だが。


 声の主が。


 本当に一番なのか。


 まだ。


 分からなかった。


――01:帰還開始。


 壁の文字が。


 赤く点滅している。


 俺は。


 動けなかった。


『レイン』


 また。


 胸の奥から声がする。


『今度は』


『俺がお前を回収する』


「……一番?」


 口に出した瞬間。


 胸の鼓動が。


 止まった。


「レイン?」


 ミラが。


 俺の顔を見る。


「今、何て言った?」


「一番」


「……一番が?」


「分からない」


 正直に答えた。


 すると。


 -1番が。


 静かに言った。


「違う」


「何が?」


「今の声は」


 彼は。


 壁を見る。


「現在の一番ではない」


「じゃあ」


「五十年前の」


 一拍。


「最初の一番だ」


 俺は。


 眉をひそめた。


「一番にも」


「五十年前と今があるのか?」


「ある」


 -1番が答える。


「正確には」


「一番という役割が」


「何度も使われた」


 31番が。


 低く笑った。


「だから言っただろ」


「一番は一人じゃない」


「……」


 また。


 あの言葉だ。


 一番は。


 一人じゃない。


 01という番号も。


 一人を意味しない。


「じゃあ」


 俺は。


 壁の01を見る。


「この01は」


「俺が知っている一番とは別人?」


「おそらく」


「おそらく?」


「記録が足りない」


 ミラが。


 ため息をついた。


「この施設」


「何でも記録不足じゃない?」


「同感だ」


 その時。


 壁の数字が。


 変わった。


 ――01:人格照合中。


 ――対象:レイン。


 俺は。


 嫌な予感がした。


「俺?」


 ――一致率:72%。


「……高いな」


 ミラが。


 俺を見る。


「レイン」


「何だ?」


「一番と知り合いだった?」


「今の一番とはな」


「五十年前は?」


「知らない」


 だが。


 胸の奥では。


 何かが。


 答えを知っている気がした。


 ――ドクン。


 第三心臓が鳴る。


 今度は。


 映像が浮かんだ。


 雪。


 古い建物。


 そして。


 俺。


 いや。


 五十年前の俺。


 その前に。


 一人の男が立っている。


 顔は見えない。


 だが。


 胸元には。


 01。


 男が。


 俺に言う。


『お前は』


『まだ選べる』


 幼い俺が。


 答える。


『何を?』


『誰を生かすか』


 その言葉に。


 胸が痛んだ。


『アルドを?』


『違う』


 01が。


 首を振る。


『お前自身を』


 映像が。


 そこで途切れた。


「……」


 俺は。


 目を開ける。


「何だった?」


 ミラが聞く。


「一番が」


「俺に選べと言っていた」


「何を?」


「自分を生かすか」


「……?」


 俺は。


 頭を振る。


「意味が分からない」


 すると。


 五人目が。


 ぽつりと言った。


「分かる」


 俺は。


 彼を見る。


「何が?」


「一番は」


「五十年前」


 一拍。


「お前自身を殺すよう命令されていた」


「……」


「だが」


「命令を拒否した」


 31番が。


 驚いた顔をする。


「それは」


「記録にない」


「記録には残せなかった」


 五人目が。


 答える。


「だから」


 俺を見る。


「別の方法を選んだ」


「別の方法?」


「お前を」


 五人目が。


 指差す。


「一度、死なせた」


「……」


 嫌な沈黙。


「そして」


 五人目が続ける。


「二十八年後に」


「もう一度、生かした」


 俺は。


 息を呑む。


 それは。


 今まで聞いてきた話と。


 ほとんど同じだった。


「じゃあ」


 俺は。


 震える声で聞く。


「俺を二十八年後に起こしたのは」


「一番?」


「違う」


 五人目が。


 首を振る。


「一番じゃない」


「じゃあ誰だ?」


「お前だ」


「……俺?」


「五十年前の」


 五人目が。


 静かに言う。


「お前自身だ」


 俺は。


 言葉を失った。


「お前は」


「一番に言った」


「二十八年後に起こしてくれ、と」


「それは知ってる」


「だが」


 五人目が。


 首を振る。


「それだけじゃない」


「何が?」


「起こす相手を」


 一拍。


「指定した」


「誰を?」


 五人目は。


 俺の目を見る。


「一番じゃない。」


「……」


「お前が指定したのは」


 地下の奥。


 暗闇。


 そこから。


 何かが歩いてくる。


 カツ。


 カツ。


 カツ。


「……誰だ?」


 ミラが。


 俺の腕を掴む。


 暗闇から。


 一人の男が現れた。


 黒い服。


 古い傷。


 そして。


 胸元には。


 ――01。


「……」


 俺は。


 息を呑む。


 だが。


 その顔を見た瞬間。


 分かった。


 今の一番じゃない。


 目の前の男は。


 もっと若い。


 もっと古い。


 そして。


 何より。


 俺を見た瞬間。


 こう言った。


「やっと」


「起きたな」


 俺の胸が。


 大きく鳴る。


 ――ドクン。


 男は。


 俺の名前を呼ぶ。


「レイン」


「五十年ぶりだ」


 そして。


 俺の隣にいるミラを見る。


 その瞬間。


 男の表情が。


 初めて変わった。


「……ミラ?」


「え?」


 ミラが。


 固まる。


「どうして」


 男は。


 震える声で言った。


「お前が」


「ここにいる?」


 俺は。


 男を見る。


「お前」


 一歩。


 前に出る。


「ミラを知ってるのか?」


 男は。


 答えなかった。


 ただ。


 小さく呟いた。


「あり得ない」


「ミラは」


 一拍。


「二十八年前には、存在していなかったはずだ」


 ――。


 地下の全ての灯りが。


 再び消えた。

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