第67話 生存
――新条件を生成します。
その文字を。
俺は黙って見ていた。
「……また条件か」
ミラが。
疲れたように呟く。
「この施設、条件作るの好きすぎない?」
「同感だ」
「もう壊していいんじゃない?」
「壊したら困る」
「どうして?」
「たぶん」
「たぶん?」
「まだ金になる情報がある」
ミラが。
呆れた顔をした。
「そこなの?」
「仕事だからな」
「こんな時までそれ言う?」
31番が。
小さく笑った。
「変わらないな」
「何が?」
「お前は」
31番が。
俺を見る。
「五十年前も」
「金の話をしていた」
「……俺、五十年前からそんなだったのか?」
「もっとひどかった」
「それは聞きたくない」
少しだけ。
空気が軽くなった。
だが。
壁は。
そんな俺たちを待ってはくれない。
――新条件:生成完了。
文字が。
一行ずつ浮かぶ。
――七人目は、六人目を殺さない。
俺は。
目を細める。
――七人目は、六人目に殺されない。
そして。
最後。
――七人目は、六人目と共に存在する。
「……」
ミラが。
小さく言った。
「共存?」
「そう見えるな」
31番は。
壁を見ながら。
苦笑した。
「五十年前には」
「こんな条件はなかった」
「じゃあ」
俺は聞く。
「何が変えた?」
31番が。
俺を見る。
「お前だ」
「俺?」
「ああ」
「でも」
「俺は何もしてない」
「違う」
31番が。
金属板を拾う。
「俺が」
06の番号を外した。
「自分で選んだ」
「それが?」
「五十年前には」
31番が言う。
「誰も自分で選べなかった」
俺は。
黙った。
「番号が決める」
「役割が決める」
「記録が決める」
「誰かが決める」
31番が。
順番に言う。
「でも今」
彼は。
俺を見る。
「お前は俺に選ばせた」
「……」
「だから」
一拍。
「条件が変わった」
俺の胸が。
また鳴る。
ドクン。
だが。
今回は。
いつもと違った。
痛くない。
むしろ。
温かい。
「……何だ?」
俺は。
胸元を押さえる。
――第三心臓:反応。
「反応?」
ミラが覗き込む。
「今まで」
俺は言う。
「起動してなかった」
――起動条件を変更。
「また?」
ミラが。
ため息をつく。
「今度は何?」
文字が。
ゆっくり変わる。
――起動条件:他者による選択を尊重すること。
俺は。
思わず笑った。
「……随分と難しい条件だな」
「でも」
ミラが言う。
「レインならできるんじゃない?」
「どうして?」
「さっきからずっと」
ミラが。
少年を見る。
「その子を消さないようにしてるから」
俺は。
候補三を見る。
少年は。
黙っていた。
「……」
「どうした?」
俺が聞く。
少年は。
ゆっくり顔を上げる。
「僕も」
一拍。
「選びたい」
「何を?」
「生き方」
俺は。
少し驚いた。
「今まで」
少年が続ける。
「ずっと誰かに決められてた」
「だから」
小さく笑う。
「今度は僕が決めたい」
俺は。
頷いた。
「そうしろ」
「いいの?」
「ああ」
「何を選んでも?」
「できる限り」
「できる限り?」
「俺にも限界はある」
ミラが笑う。
「そこはちゃんと人間なんだね」
「たぶんな」
その瞬間。
少年の身体が。
淡く光った。
――候補三:自己選択開始。
少年が。
目を閉じる。
そして。
初めて。
自分から言った。
「僕は」
少し震えながら。
「消えない」
壁が。
大きく揺れる。
――選択を確認。
「僕は」
少年が。
俺を見る。
「レインを消さない」
俺の胸が。
強く鳴った。
――ドクン。
――選択を確認。
さらに。
「旧レインも」
旧レインが。
驚いた顔をする。
「消さない」
――選択を確認。
「僕は」
少年が。
最後に。
自分自身を指した。
「僕も消さない」
静寂。
そして。
壁に。
新しい文字。
――三者共存:成立。
「……」
誰も。
何も言えなかった。
俺は。
少年を見る。
「やったな」
「うん」
少年は。
初めて。
心から笑った。
その瞬間。
――ドクン。
第三心臓が。
鳴った。
そして。
俺の中に。
何かが入ってくる。
「……っ」
膝が崩れる。
「レイン!」
ミラが支える。
「大丈夫?」
「……分からない」
視界が。
白くなる。
だが。
今回は。
記憶ではなかった。
声だった。
誰かの声。
知らない声。
それなのに。
なぜか。
懐かしい。
『これで』
声が。
言う。
『六人目は生きる』
俺は。
目を閉じる。
『五人目も』
『四人目も』
『三人目も』
『二人目も』
『一人目も』
そして。
一番最後。
『七人目も』
声が。
笑った。
『やっと』
『全員、生きられる』
俺は。
目を開けた。
そこに。
一人の男が立っていた。
黒い服。
白い髪。
杖。
左目を布で覆っている。
「……-1番」
男は。
静かに頷いた。
「久しぶりだな」
「お前」
俺は。
立ち上がる。
「死んだんじゃなかったのか?」
-1番は。
少しだけ笑った。
「死んだ」
「じゃあ」
「今ここにいる俺は」
一拍。
杖を床につく。
「死ぬ前の俺だ」
俺は。
言葉を失った。
-1番が。
俺を見る。
「そして」
その目が。
初めて。
俺ではなく。
少年に向けられた。
「お前が選んだことで」
少年が。
怯える。
「五十年前に」
-1番が。
静かに言う。
「存在しなかった未来が」
一拍。
「今、始まった」
そして。
最後に。
こう告げた。
「だから――」
地下の奥で。
何かが。
目を覚ました。
「今度は」
-1番が。
笑う。
「俺を殺す必要はない」




