第62話 第四候補
――第四候補:???
その文字を。
俺は見つめていた。
「選ぶな」
旧レインが。
もう一度言った。
「……理由は?」
「ない」
「それじゃ納得できない」
「理由を言えば」
旧レインが。
苦しそうに顔を歪める。
「お前は、きっと選ぶ」
「なるほど」
「何がなるほどなの?」
ミラが呆れた顔をする。
「今のは」
俺は答えた。
「選べって言われてるのと同じだ」
「レインって、そういうところあるよね」
「自覚はある」
壁の文字が。
また変化した。
――第四候補:未登録。
――命名権限:七人目。
「七人目?」
俺は。
その文字を指差す。
「つまり」
ミラが言う。
「レインが七人目なら、レインが名前をつけるの?」
「……たぶん」
だが。
俺は違和感を覚えていた。
さっきまで。
命名権限は俺にあった。
今は。
七人目になっている。
俺自身とは。
書かれていない。
「……」
俺は。
ゆっくり壁に近づいた。
「おい」
文字に話しかける。
「七人目って誰だ?」
反応なし。
「俺か?」
沈黙。
「旧レインか?」
沈黙。
「候補三か?」
沈黙。
「じゃあ」
一拍。
「誰だ?」
その瞬間。
壁に。
一文字だけ浮かんだ。
――選択者。
「……選択者?」
旧レインが。
目を伏せる。
「そうだ」
「知ってるのか?」
「少しだけ」
「またそれか」
俺が睨む。
旧レインは。
苦笑した。
「五十年前の俺は」
「何をした?」
「選んだ」
「何を?」
「アルドを殺すことを」
空気が。
重くなる。
「そして」
旧レインが続ける。
「自分を殺すことを」
「……」
「だから」
彼は。
俺を見る。
「俺が七人目になれなかった」
「どういう意味だ?」
「選択者には」
一拍。
「資格が必要なんだ」
「資格?」
「ああ」
旧レインが。
第四候補を見る。
「自分を選ばないこと」
「……?」
「自分のために」
旧レインは言う。
「他人を消さないこと」
少年が。
静かに顔を上げた。
「じゃあ」
少年が言う。
「僕を消さなければ」
「それだけじゃない」
旧レインは首を振る。
「俺もだ」
「……」
「レイン」
旧レインが。
俺を見る。
「お前は」
少しだけ笑った。
「俺を消せるか?」
「……」
「俺を消せば」
彼は続ける。
「お前は簡単に生きられる」
「そうかもな」
「でも」
「消さない」
俺は即答した。
旧レインが。
目を見開く。
「……そうか」
「俺は」
俺は。
少年を見る。
「こいつも」
そして。
旧レインを見る。
「お前も」
「……」
「俺も」
一拍。
「全部残す」
ミラが。
小さく笑った。
「また第三の道?」
「ああ」
「好きだね」
「他にないからな」
その瞬間。
第四候補の文字が。
激しく点滅した。
――条件不成立。
「……何?」
俺は眉をひそめる。
――三者共存:失敗。
「失敗?」
ミラが叫ぶ。
「まだ何もしてないじゃん!」
壁が。
冷たく答える。
――存在容量を超過。
「存在容量?」
-2番が。
突然。
顔色を変えた。
「そういうことか」
「何だ?」
「お前の器は」
-2番が。
俺の胸を見る。
「一人分しかない」
「……」
「だから」
彼は言う。
「三人を入れれば壊れる」
少年が。
青ざめる。
「じゃあ」
「そうなる」
「僕が消えれば」
「違う」
俺は。
少年を見る。
「消える必要はない」
-2番が。
俺を睨む。
「なら、どうする?」
「器を増やす」
「無理だ」
「なぜ?」
「お前の身体は」
-2番が。
低く言った。
「五十年前から完成している」
「だから?」
「作り直せない」
俺は。
少し考えた。
そして。
「作り直す必要はない」
「……?」
「俺が器になる必要もない」
ミラが。
目を瞬く。
「じゃあ?」
「一つの身体に」
俺は。
胸に手を当てる。
「一つの人格しか入れられないなら」
一拍。
「人格を一つにしなければいい」
全員が。
黙った。
「……それ」
少年が。
恐る恐る言う。
「どういう意味?」
「分からない」
「分からないの?」
「ああ」
「レイン……」
ミラが。
呆れたように笑う。
「それ、作戦なの?」
「今考えてる」
「行き当たりばったりじゃん」
「いつものことだ」
すると。
第四候補の文字が。
突然消えた。
代わりに。
新しい文字が浮かぶ。
――統合ではない。
――分離でもない。
――第三の状態を確認。
俺は。
息を呑んだ。
「第三の状態……」
さらに。
一文字。
また一文字。
ゆっくりと。
名前が表示されていく。
――共存型人格。
俺は。
思わず笑った。
「……そんなの」
旧レインが。
震える声で呟く。
「存在しないはずだ」
「じゃあ」
俺は壁を見る。
「今、作った」
直後。
地下施設全体が。
轟音を立てた。
壁が割れる。
床が揺れる。
天井から。
大量の土埃が落ちてくる。
「ちょっと!」
ミラが叫ぶ。
「レイン!」
「走るぞ!」
「どこに!?」
「分からない!」
「また!?」
俺たちは。
崩れ始めた通路を走る。
その途中。
俺は。
一瞬だけ振り返った。
第四候補の部屋。
その壁に。
最後の文字が浮かんでいた。
――七人目:条件達成率 49%
「……半分にも届いてないのか」
そして。
その下。
誰にも見られていない場所に。
小さく。
もう一つ。
文字があった。
――六人目:起動準備完了。
俺は。
その意味を知る前に。
通路の奥から聞こえた声を聞いた。
『……やっと』
あの声だった。
五十年前の。
幼い俺の声。
『今度は』
ドクン。
胸の三つ目が鳴る。
『僕も選べる』




