第61話 第三の心臓
――第三心臓、起動条件:七人目の選択。
その文字を。
俺は何度も見た。
「……つまり」
ミラが言う。
「レインが選べば、第三心臓が動くってこと?」
「たぶん」
「じゃあ、何を選ぶの?」
「それが分からない」
「ですよね」
ミラがため息をつく。
「この地下施設、説明不足すぎない?」
「同感だ」
こんな場所を作った奴に。
一度くらい文句を言いたい。
ただ。
その前に。
-2番が口を開いた。
「選択するのは、お前じゃない」
「……何?」
「七人目だ」
「俺じゃないのか?」
「ああ」
-2番が。
俺を見る。
「お前が七人目なのか」
「……」
「それとも」
-2番が。
壁を見る。
「七人目を宿しているだけなのか」
俺は。
答えられなかった。
「待って」
ミラが割り込む。
「それ、今までと話が違わない?」
「何がだ?」
「今までレイン自身が七人目って話だったじゃない」
「それは違う」
-2番が即答した。
「正確には」
彼は。
一文字ずつ言う。
「七人目になれる条件を持っている」
「……」
俺は。
胸に手を当てた。
まだ。
三つ目は眠っている。
「じゃあ」
俺は聞く。
「七人目って、誰なんだ?」
-2番は。
少し黙った。
「それは」
「それは?」
「俺にも分からない」
「……またか」
「すまない」
「謝られると余計に腹が立つ」
ミラが吹き出した。
「レイン、珍しく素直」
「俺だって怒る」
「知ってるよ」
ミラが笑う。
「人間だもんね」
その言葉で。
胸が。
わずかに痛んだ。
人間。
その言葉は。
俺にとって。
妙に重かった。
すると。
旧レインが。
静かに言った。
「七人目は」
「……?」
「人間かどうかじゃない」
彼は。
俺を見る。
「何を選んだかだ」
「選んだ?」
「ああ」
旧レインが。
目を伏せる。
「五十年前」
「俺は選んだ」
「何を?」
「死ぬことを」
俺は。
黙った。
「そして」
旧レインが続ける。
「アルドも死ぬことを選んだ」
「……」
「俺たちは」
苦笑する。
「選択を間違えた」
その瞬間。
壁が光った。
――過去の選択を検出。
俺は。
眉をひそめる。
――旧レイン:死亡を選択。
――アルド:死亡を選択。
――候補三:選択権なし。
少年が。
俯いた。
「……僕」
俺を見る。
「選べなかった」
「……」
「ずっと」
少年の声が。
震える。
「誰かに選ばれてきた」
「器」
「候補」
「三十二番」
「二人目」
「全部」
少年が。
自分の手を見る。
「僕が決めたことは」
一度もない。
その言葉に。
俺は。
胸を締めつけられた。
「じゃあ」
俺は。
少年の前に立つ。
「今から決めればいい」
「……え?」
「誰かに決められた過去は変えられない」
「でも」
「これからは」
俺は言う。
「お前が決めろ」
少年が。
俺を見る。
「何を?」
「まず」
一拍。
「自分の名前」
少年は。
驚いた顔をした。
「僕が?」
「ああ」
「レインじゃなくて?」
「それは俺の名前だ」
「……うん」
少年は。
初めて。
嬉しそうに笑った。
その瞬間。
壁に文字が浮かぶ。
――候補三:自己選択を確認。
さらに。
――人格固定条件を解除。
俺は。
目を見開く。
「解除?」
-2番が。
険しい顔になる。
「まずい」
「何が?」
「候補三が」
彼は。
少年を見る。
「自由になった」
「それって」
「良いことじゃないの?」
ミラが聞く。
「普通ならな」
-2番が答える。
「だが」
壁の文字が。
赤く変わる。
――自由人格:発生。
――既存人格との干渉を開始。
少年の姿が。
一瞬。
揺らいだ。
「……っ」
少年が。
頭を押さえる。
「痛い?」
「違う」
「じゃあ?」
「誰かが」
少年が。
顔を上げる。
「俺を呼んでる」
俺の背筋に。
冷たいものが走った。
「またか」
「うん」
少年の目が。
赤くなる。
「今度は」
一瞬。
少年の口元が。
別人のように笑った。
「もっと近い」
ドクン。
俺の胸が鳴る。
――一つ目。
ドクン。
――二つ目。
そして。
まだ起動していないはずの。
――三つ目。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
三つが。
同時に鳴った。
その瞬間。
地下全体に。
声が響く。
『七人目の選択を開始します』
「……」
俺は。
周囲を見る。
『候補を表示します』
壁に。
三つの名前が浮かんだ。
――レイン
――旧レイン
――候補三
ミラが。
息を呑む。
「また三択……」
「違う」
俺は。
首を振った。
「これは」
壁の一番下を見る。
そこには。
小さく。
もう一つ。
文字があった。
――第四候補:未登録。
俺は。
ゆっくり笑った。
「……やっぱりな」
「レイン?」
「第三の選択肢は」
俺は。
壁に手を置く。
「最初から消されてたんだ」
その瞬間。
第四候補の欄に。
文字が一つだけ浮かんだ。
――???
そして。
その文字を見た瞬間。
旧レインが。
初めて。
怯えた。
「……それだけは」
「何?」
旧レインが。
震える声で言う。
「選ぶな」
俺は。
第四候補を見つめた。
その名前は。
まだない。
だが。
なぜか。
俺には分かった。
これは。
五十年前の俺が。
最後まで捨てられなかったものだ。




