第58話 第三の選択肢
――第三選択肢:存在しません。
壁に。
冷たい文字が浮かんでいる。
「……そうか」
俺は。
少年の手を握ったまま。
壁を見る。
「存在しないなら」
俺は言った。
「作ればいい」
ミラが。
小さく頷いた。
「うん」
旧レインが。
初めて。
不安そうな顔をした。
「本気か?」
「ああ」
「無理だ」
「どうして?」
「俺たちは」
旧レインが言う。
「三つに分けられた」
「器」
少年。
「記憶」
旧レイン。
「人格」
そして。
「お前」
俺を指す。
「それ以上にはなれない」
「誰が決めた?」
「……」
「そのルールを」
俺は。
壁に手を置く。
「誰が決めた?」
返事はない。
俺は。
もう一度言った。
「答えろ」
壁が。
赤く点滅した。
――製造規則により決定。
「製造規則?」
俺は笑った。
「じゃあ」
一拍。
「俺は製品じゃない」
壁が。
大きく揺れた。
――警告。
――対象が製造規則を拒否。
「……」
ミラが。
目を丸くする。
「レイン」
「何だ?」
「今の」
「俺も初めて見た」
旧レインが。
呆然と俺を見る。
「お前……」
「何だ?」
「そんなこと」
彼の声が。
少し震える。
「五十年前の俺には、できなかった」
「だから?」
「……羨ましい」
その言葉に。
少年が笑った。
「僕も」
「……」
旧レインが。
少年を見る。
「お前は?」
「うん」
少年は。
俺の手を握り返した。
「俺も、今のレインが羨ましい」
「どうして?」
「選べるから」
俺は。
少しだけ黙った。
選べる。
本当にそうなのか。
俺だって。
ずっと選ばされてきただけじゃないのか。
三十二番。
アルド。
レイン。
七人目。
候補三。
どれも。
誰かが用意した名前だ。
だったら。
「……名前も」
俺は呟く。
「自分で決めていいんだよな」
壁が。
反応した。
――命名権限:本人。
「だったら」
俺は。
少年を見る。
「お前の名前は」
少年が。
息を呑む。
だが。
俺は続けた。
「まだ決めない」
「……え?」
「今は」
少年を見る。
「お前が自分で決めるまで待つ」
「俺が?」
「ああ」
「でも」
「名前は」
俺は言う。
「俺が押しつけるものじゃない」
ミラが。
嬉しそうに笑った。
「うん。それがいい」
その瞬間。
壁の文字が。
変わった。
――命名方式変更。
――本人による自己命名を許可。
旧レインが。
驚いた。
「そんな機能……」
「あるじゃないか」
俺が言う。
「隠してただけだろ」
壁が。
沈黙する。
少しして。
新しい文字。
――例外処理を確認。
そして。
――七人目条件を再計算します。
俺は。
息を止めた。
「七人目条件?」
壁に。
一行ずつ表示される。
――一人目:アルド
――二人目:三十二番
――三人目:レイン
――四人目:-1番
――五人目:零番
――六人目:???
そして。
最後。
――七人目:条件未定義。
「……」
俺は。
その文字を見つめる。
「七人目って」
ミラが呟く。
「人の名前じゃないの?」
「……たぶん」
俺は答えた。
「条件なんだ」
旧レインが。
小さく笑った。
「やっと気づいたか」
「知ってたのか?」
「少しだけ」
「教えろ」
「できない」
「なぜ?」
「俺も」
旧レインが。
自分の胸を押さえる。
「七人目になる前に、死んだから」
その瞬間。
少年が。
急に苦しみ始めた。
「……っ」
「どうした?」
「胸が……」
俺が支える。
「痛い?」
「違う」
少年が。
顔を上げる。
「誰かが」
そして。
俺を見る。
「呼んでる」
「誰が?」
「分からない」
少年の目が。
赤く光る。
「でも」
その声が。
少しずつ低くなる。
「俺の名前を呼んでる」
俺は。
息を呑む。
「名前?」
「ああ」
少年が。
初めて。
自分から名前を口にした。
「……レイン」
「……!」
旧レインの顔が。
青ざめた。
「違う」
「何が?」
「そいつに」
旧レインが叫ぶ。
「その名前を呼ばせるな!」
遅かった。
少年の目が。
完全に赤くなる。
そして。
俺の声で。
言った。
「レイン」
ドクン。
胸の二つ目が鳴る。
「レイン」
今度は。
少年の声。
「レイン」
旧レインの声。
「レイン」
三つの声が。
重なる。
そして最後に。
四つ目の声。
俺が。
まだ聞いたことのない声。
『――ようやく、名前が戻った。』
地下の全ての灯りが。
一斉に消えた。
暗闇の中。
俺は。
誰かに手を握られた。
ミラではない。
少年でもない。
もっと小さな手。
そして。
耳元で。
幼い声が囁いた。
『今度は、俺を捨てないで』




