第57話 旧レイン
「やっと」
黒い影が。
少年の背後で笑った。
「俺の番だ」
俺は。
動けなかった。
その声。
何度も聞いた。
五十年前の俺。
あの記録にいた。
俺と同じ顔。
だが。
今度は。
少年の背後にいる。
「……お前が」
俺は呟く。
「旧レイン?」
影が。
笑った。
「そう呼ぶなら、それでいい」
「じゃあ」
俺は少年を見る。
「こいつは?」
「候補三」
「お前と同じなのか?」
「違う」
影が首を振る。
「こいつは器だ」
「器?」
「俺を入れるための」
少年が。
苦しそうに胸を押さえた。
「……違う」
「違わない」
影が少年の肩に手を置く。
「お前は俺を入れるために作られた」
「……!」
ミラが叫ぶ。
「待って!」
少年が。
その声に反応して顔を上げる。
「ミラ……」
「その子を離して!」
「できない」
影が答える。
「俺とこいつは」
一拍。
「最初から一つだった」
俺は。
その言葉を聞いて。
妙な違和感を覚えた。
「……だったら」
俺は言う。
「なぜ分かれてる?」
影が。
俺を見る。
「お前が分けた」
「俺が?」
「そう」
「どうやって?」
「名前だ」
影が。
少年を見る。
「お前が名前を捨てた時」
「……」
「俺は記憶になった」
少年を見る。
「こいつは器になった」
そして。
俺を見る。
「お前は人格になった」
俺の胸が。
ズキッと痛んだ。
「三つに分かれた?」
「ああ」
影が笑う。
「三十二番は」
一つ。
「器」
二つ。
「記憶」
三つ。
「人格」
俺は。
その三つを頭の中で並べた。
器。
記憶。
人格。
それは。
以前見た記録と同じだった。
三十二号――器。
三十二号――人格。
三十二号――記憶。
だが。
「待て」
俺は言う。
「じゃあ」
影を見る。
「俺は人格だった?」
「違う」
「……?」
「お前は」
影が。
静かに答えた。
「人格になったんじゃない」
「じゃあ何だ?」
「人格を作った」
俺は。
息を止めた。
「……俺が?」
「そう」
「何のために?」
「生きるため」
影が。
初めて笑わなかった。
「お前は」
声が低くなる。
「三十二番として生きることを拒否した」
「……」
「アルドとして生きることも拒否した」
「……」
「だから」
影は。
少年を見る。
「新しい人格を作った」
「それが」
「レインだ」
ミラが。
俺を見る。
「じゃあ……」
「今の俺は」
俺が呟く。
「五十年前の俺が作った?」
影は。
頷いた。
「そうだ」
「……」
「だが」
影が続ける。
「一つだけ間違っている」
「何が?」
「お前は」
影が。
俺を指差す。
「作られた人格じゃない」
「……?」
「生まれた人格だ」
意味が。
分からない。
「違いは?」
「作った人格は」
影が言う。
「命令に従う」
「……」
「生まれた人格は」
少しだけ笑う。
「命令に逆らう」
俺は。
その言葉を聞いて。
ミラを見る。
そして。
自分の手を見る。
俺は。
何度も命令に逆らってきた。
逃げろと言われても戻った。
殺せと言われても殺さなかった。
忘れろと言われても。
今。
思い出そうとしている。
「……だから」
俺は言う。
「お前は俺を怖がった?」
「そうだ」
影が答える。
「お前は俺たちの計画から外れた」
「計画?」
「三十二番を完成させる計画」
「……」
「お前がレインになったことで」
影の顔が歪む。
「全部狂った」
少年が。
小さく呟いた。
「だから俺は」
影を見る。
「ずっと眠ってたの?」
「ああ」
「レインが死ぬまで?」
「そう」
「……」
少年は。
少しだけ悲しそうに笑った。
「じゃあ」
少年が俺を見る。
「俺がレインを殺せば」
「……」
「お前が戻れるんだね」
影が。
頷く。
「そうだ」
「嫌だ」
少年が言った。
影の表情が変わる。
「何?」
「嫌だ」
少年は。
俺の前に立った。
「この人を殺したくない」
「こいつはお前を作った」
「だから?」
「なら」
影が。
低く笑う。
「お前は存在できない」
少年が。
震える。
だが。
俺の手を握った。
「それでもいい」
俺は。
驚いた。
「お前……」
「俺は」
少年が言う。
「レインを殺さない」
影が。
静かに目を細める。
「……そうか」
その瞬間。
少年の胸から。
赤い光が溢れた。
――人格分離に失敗。
――統合処理へ移行。
「待て!」
俺が叫ぶ。
だが。
少年の身体が。
光に包まれる。
影が。
俺を見る。
「選べ」
「……」
「こいつを救えば」
影が笑う。
「お前の中の俺が消える」
「……!」
「俺を残せば」
少年を見る。
「こいつが消える」
壁に。
二つの選択肢が浮かんだ。
――旧レインを残す。
――候補三を残す。
俺は。
拳を握る。
「……また二択か」
ミラが。
隣に立つ。
「レイン」
「分かってる」
「今回は」
ミラが言った。
「三つ目を探そう」
俺は。
少しだけ笑った。
「そうだな」
だが。
壁には。
すでに別の文字が浮かんでいた。
――第三選択肢:存在しません。
俺は。
その文字を見た。
「なら」
俺は。
少年の手を強く握る。
「作るだけだ」
その瞬間。
俺の胸の二つ目の鼓動が。
初めて。
俺自身の意思で。
鳴った。
ドクン。
そして。
暗闇の奥から。
誰かが笑った。
『……やっぱり』
聞いたことのない声。
『お前は七人目だ』




