第55話 第四候補
『その名前を与えた瞬間――』
声が。
地下に響いた。
『お前は、本当の七人目になる』
「……七人目」
俺は呟いた。
その言葉は。
もう何度も聞いている。
アルドでもない。
魔王でもない。
人間でもない。
そして。
二つの死を持つ存在。
だが。
今まで一度も。
「七人目」が何なのか。
完全には分からなかった。
「だったら」
俺は暗闇を見る。
「七人目って何だ?」
返事はない。
「答えろ」
沈黙。
代わりに。
壁に文字が浮かぶ。
――回答権限なし。
「……逃げたな」
ミラが小声で言う。
「機械相手にそれ言う?」
「言いたくなる」
だが。
-2番の顔は険しい。
「レイン」
「何だ?」
「今の声を」
「ああ」
「俺は知らない」
「……」
「この施設にも」
-2番が続ける。
「存在しないはずだ」
俺は。
暗闇を見る。
「じゃあ誰だ?」
「分からない」
「またか」
「本当に分からない」
そのとき。
少年が。
ゆっくり俺の前に立った。
「俺は」
少年が言う。
「その声を知ってる」
「……!」
全員が少年を見る。
「どこで?」
「ずっと」
「ずっと?」
「俺が生まれる前から」
少年は。
自分の胸を指した。
「ここにいる」
俺は息を呑んだ。
「お前の中に?」
「違う」
少年は首を振る。
「俺の外」
「じゃあどこだ?」
少年が。
俺を見る。
「お前の後ろ」
俺は振り返る。
誰もいない。
ただ。
壁に。
人影が映っている。
「……?」
俺の影ではない。
ミラの影でもない。
少年の影でもない。
一人多い。
「誰……?」
ミラが呟いた。
影が。
ゆっくり動く。
こちらへ。
そして。
壁から。
人間が出てきた。
「……!」
黒い服。
白髪。
顔は。
見えない。
だが。
胸元には。
番号があった。
00
「零番……?」
俺が呟く。
男は首を振った。
「違う」
声が。
あの声だった。
『俺は零番ではない』
-2番が。
初めて後ずさった。
「……そんな番号」
「ある」
男が答える。
「ただし」
一歩。
「お前たちが知る『番号』とは意味が違う」
「じゃあ何だ?」
男は。
俺を見る。
「始まる前の番号だ」
「……?」
「ゼロより前」
ミラが。
困惑した顔をする。
「ゼロより前って……」
「番号は」
男が言う。
「-1、0、1……」
「そうだ」
「じゃあ」
ミラが聞く。
「00って?」
男は。
笑った。
「欠番だ」
俺は。
胸が嫌な音を立てるのを感じた。
「欠番?」
「ああ」
「誰の?」
「お前の」
「……俺?」
男が。
ゆっくり手を伸ばす。
指先が。
俺の胸の前で止まった。
「お前が」
低い声。
「一度も選ばなかった人格」
俺の胸が。
ドクン。
二つ目の鼓動。
「……」
「そして」
男は。
少年を見る。
「こいつが生まれる前に存在していた」
少年が。
怯えたように後ずさる。
「……来ないで」
男が笑う。
「まだ名前を持たないのか」
「……」
「そうか」
男は。
俺を見る。
「なら、まだ間に合う」
「何が?」
「選び直せる」
俺は眉をひそめる。
「何を?」
「お前の人生を」
その言葉に。
俺は黙った。
人生。
今まで。
自分で選んできたと思っていた。
仕事も。
住む場所も。
ミラと働くことも。
両親のことも。
全部。
自分で決めた。
だが。
五十年前に。
俺は一度。
自分の名前を捨てた。
そして。
二十八年前に。
もう一度。
生き始めた。
「……俺の人生を」
俺は呟く。
「選び直す?」
「ああ」
「その代わり」
男が言う。
「今の『レイン』を捨てる」
「……」
「名前を捨てろ」
また。
同じ言葉。
――名前を捨てる。
俺は。
首を横に振った。
「嫌だ」
男が。
少し驚いた。
「理由は?」
「簡単だ」
俺は言う。
「俺の名前だから」
「それだけか?」
「ああ」
「過去を捨てられるぞ」
「いらない」
「アルドの記憶も」
「いらない」
「三十二番の記録も」
「いらない」
「五十年前の自分も」
「……」
一瞬。
言葉が詰まった。
だが。
俺は答えた。
「それでも」
自分の胸に手を当てる。
「今の俺は捨てない」
男が。
笑った。
「そうか」
そして。
少年を見る。
「なら」
男は言った。
「名前をつけろ」
少年が。
震える。
「……え?」
「お前が選ばなかったものを」
男が。
俺を見る。
「お前自身の手で選べ」
壁に。
新しい文字が浮かぶ。
――候補四、命名開始。
――命名者:レイン。
――命名対象:未確定。
俺は。
少年を見る。
そして。
初めて。
その名前を考えた。
だが。
口に出す直前。
少年が。
小さく首を振った。
「待って」
「……?」
「その名前をつけるなら」
少年の赤い目から。
一筋の涙が落ちた。
「俺じゃない」
「……」
「別の誰かにして」
俺は。
言葉を失った。
「どうして?」
少年は。
胸を押さえた。
「俺の中に」
一拍。
「もう一人いるから」




