第54話 レインの死亡
――融合開始条件:レインの死亡。
その文字を。
俺は睨んでいた。
「……俺が死んだら」
ミラが。
俺の腕を掴んでいる。
「融合するってこと?」
「ああ」
俺は答えた。
「そうらしい」
「じゃあ」
ミラの声が低くなる。
「絶対に死なないで」
「努力する」
「努力じゃなくて」
「善処する」
「同じ!」
こんな時でも。
ミラは怒る。
そのことが。
少しだけ嬉しかった。
だが。
-2番は笑っていない。
「お前たちは勘違いしている」
「何を?」
「融合するのは」
-2番が。
壁を見る。
「人格ではない」
「……?」
「人格と記憶と――」
そこで。
言葉を止めた。
「何だ?」
「名前だ」
俺は眉をひそめる。
「名前?」
「ああ」
-2番が。
俺の胸を指す。
「お前が死んだ瞬間」
そして。
「今の『レイン』という名前が空になる」
「……」
「空になった場所へ」
壁の文字が。
赤く点滅する。
「三十二番が戻る」
俺は。
少し考えた。
「つまり」
「お前の身体は」
-2番が言う。
「ずっと三十二番の器だった」
「……」
「レインという人格は」
「俺自身だ」
「そうだ」
-2番は頷く。
「だからこそ厄介なんだ」
ミラが。
不安そうに聞く。
「何が?」
「本来」
-2番が言う。
「三十二番には人格が存在しなかった」
「……」
「そこにレインが生まれた」
「じゃあ」
ミラが言う。
「三十二番はレインを消したいの?」
「違う」
「じゃあ?」
「三十二番は」
-2番が。
俺を見る。
「レインになりたい」
俺は。
言葉を失った。
消す。
奪う。
殺す。
それだけじゃない。
もっと厄介だ。
俺と。
同じになろうとしている。
「……どうして?」
俺が聞く。
少年が答えた。
「羨ましいから」
「何が?」
「名前がある」
「……」
「友達がいる」
少年は。
ミラを見る。
「帰る場所がある」
そして。
俺を見る。
「怖がったり」
「笑ったり」
「怒ったりする」
少年が。
自分の胸を押さえる。
「俺には、それがなかった」
ミラが。
少し黙る。
「だから」
少年は笑う。
「お前になりたい」
俺は。
答えられなかった。
その気持ちは。
少しだけ。
分かる気がした。
自分が何者なのか分からない。
どこから来たのかも分からない。
そんな存在が。
自分の名前を持つ人間を見たら。
欲しくなるのかもしれない。
「でも」
俺は言った。
「俺を殺しても」
「うん」
「お前が俺になるとは限らない」
「……」
「むしろ」
俺は。
少年を見る。
「俺の人生を奪うだけだ」
少年の表情が。
少し曇った。
「……そうだね」
その瞬間。
地下の奥から。
声がした。
『だから――』
低い声。
聞いたことがある。
アルド。
いや。
アルドに似ている。
『だから、選べ』
俺は振り返る。
『レインとして生きるか』
壁が赤く光る。
『三十二番として生きるか』
そして。
『どちらも捨てるか』
ミラが叫ぶ。
「待って!」
声は止まらない。
『選べないなら』
一拍。
『死ね』
壁に。
巨大な文字。
――選択期限:10分。
「……」
俺は。
思わず笑った。
「急だな」
「笑ってる場合じゃないよ!」
「いや」
俺は立ち上がる。
「こういうのは」
壁を見る。
「だいたい選ばなくてもいい」
「え?」
「選択肢を作った奴は」
俺は。
壁に手を置いた。
「三つしかないと思ってる」
ミラが目を丸くする。
「じゃあ?」
「四つ目を作る」
-2番が。
初めて笑った。
「……なるほど」
「何?」
「やっぱり」
-2番が言う。
「お前は五十年前とは違う」
俺は。
壁を見る。
――残り9分。
「まず」
俺は言った。
「俺はレインを捨てない」
壁が。
反応する。
――選択拒否。
「次に」
俺は続ける。
「三十二番にもならない」
――選択拒否。
「そして」
俺は少年を見る。
「お前も消さない」
――選択拒否。
地下全体が。
大きく揺れた。
――選択肢が存在しません。
「そうだろうな」
俺は。
少し笑う。
「だから作る」
俺は。
胸に手を当てた。
「新しい名前を」
少年の目が。
大きく開く。
「……俺の?」
「ああ」
「でも」
少年が震える。
「名前をつけたら人格が固定される」
「そうだな」
「俺は三十二番になるかもしれない」
「ならない」
「どうして分かるの?」
「分からない」
俺は答えた。
「でも」
少年を見る。
「俺が決める」
少年が。
初めて泣いた。
「……怖い」
「俺もだ」
「失敗したら?」
「その時は」
俺は。
ミラを見る。
「また考える」
ミラが。
小さく笑った。
「それでいいと思う」
その瞬間。
壁の文字が。
全部消えた。
そして。
新しい一行が浮かぶ。
――第四候補を確認。
「……」
-2番が。
息を呑む。
「そんなものは」
壁が続ける。
――候補四:レインが命名する人格。
そして。
最後に。
――命名権限:本人。
俺は。
少年を見る。
「名前」
少年が。
ゆっくり顔を上げる。
「……くれるの?」
「ああ」
だが。
その瞬間。
地下のさらに奥から。
別の声が響いた。
『――それはやめろ。』
今まで聞いたことのない声。
低く。
冷たい。
そして。
どこか。
俺自身に似ていた。
『その名前を与えた瞬間――』
声が。
笑った。
『お前は、本当の七人目になる。』




