第5話 遺体を探す
翌朝。
「行きたくない」
俺は宿のベッドから動かなかった。
「昨日、自分で戻るって言ったじゃない」
「昨日の俺は馬鹿だった」
「今も大して変わらないわよ」
「ひどい」
窓の外を見る。
北の山には、薄い雲がかかっていた。
昨日は何も考えずに歩いていた。
今日は違う。
あの山には五十年前、六人の人間が入った。
勇者アルド。
そして五人の仲間。
全員、帰ってこなかった。
なのに――
「墓が一つしかない」
これが一番おかしい。
普通なら、死んだ人間には墓がある。
勇者ならなおさらだ。
英雄として祭られる。
記念碑が建つ。
名前が残る。
それなのにアルドの墓には何もなかった。
いや。
正確には――
墓だけがあった。
「行くわよ」
ミラが玄関で待っている。
「お前、なんでそんなにやる気なんだ」
「気になるから」
「俺は金貨一枚もらってる」
「私はもらってない」
「じゃあ帰ればいい」
「あなた一人だと絶対に死ぬでしょ」
「死体を拾う仕事をしてる人間に言う?」
「死体になる仕事もしてるじゃない」
反論できなかった。
俺たちは北の山へ向かった。
昼前には昨日の場所へ着いた。
雪は少し溶けていた。
あの足跡は――
消えている。
「……」
「どうしたの?」
「足跡がない」
「雪が溶けたんじゃない?」
「全部?」
昨日、確かにあった。
裸足の足跡。
山の奥から、俺たちのところまで続いていた。
だが今は、どこにもない。
「まあ、いい」
俺は先へ進んだ。
旧迷宮の入口を探す。
隊長には「入るな」と言われている。
だから俺たちは――
「ここだな」
「入るの?」
「入口を見つけるだけだ」
「それ、昨日も言ってた」
「今日は入らない」
「信用できない」
岩壁の一部が崩れていた。
その奥に、人が一人通れる程度の穴がある。
風が吹いている。
つまり中は空洞だ。
「旧迷宮」
俺は入口を見つめた。
中は暗い。
明かりをつける。
一歩。
また一歩。
ミラが後ろからついてくる。
「入らないんじゃなかった?」
「入口の内側を確認するだけ」
「それを世間では入るって言うのよ」
無視する。
迷宮の中は思ったより綺麗だった。
崩れている場所は少ない。
床にも、古い埃が積もっているだけ。
そして――
「……足跡」
床に跡がある。
昨日のものではない。
新しい。
「誰かいる」
俺は短剣を抜いた。
足跡を追う。
通路を曲がる。
階段を下りる。
しばらく進んだところで、広い部屋に出た。
「……墓?」
部屋の中央に石碑があった。
墓だ。
一つ。
その前に、古い花が置かれている。
「誰が置いたのかしら」
「分からない」
花は枯れている。
だが、完全には腐っていない。
それほど古くない。
俺は石碑に近づいた。
文字を読む。
「……アルド」
やはりそうだ。
勇者アルドの墓。
その横に、小さな文字。
『勇者』
それだけ。
仲間の名前はない。
「変ね」
ミラが言う。
「何が?」
「六人いたんでしょう?」
「ああ」
「じゃあ、どうして墓が一つなの?」
俺は答えなかった。
代わりに、墓の周囲を調べた。
土。
石。
足跡。
そして――
「ここ」
墓の裏側。
地面に、何かを引きずった跡がある。
かなり新しい。
「誰かが墓を掘った?」
「たぶんな」
「じゃあ、アルドの遺体は?」
俺は墓を見る。
墓石。
土。
空っぽの棺。
その可能性が頭をよぎった。
「……開ける」
「え?」
「確認する」
「いいの?」
「遺体回収人だからな」
「それ、何でも許される魔法の言葉じゃないからね」
俺は墓を掘り始めた。
土をどかす。
石を外す。
古い棺が出てきた。
蓋を開ける。
中には――
「……何もない」
空っぽだった。
やはりだ。
手帳に書いてあった通り。
墓の中には何もない。
「でも、これ」
ミラが棺の底を指差した。
何かがある。
黒い染み。
血ではない。
もっと古い。
俺は指で触れないように確認する。
「焼け跡だ」
「焼け跡?」
「ああ」
棺の内側だけが、異様に黒くなっている。
まるで――
中に入っていた何かが、内側から燃えたように。
「人間って、棺の中から燃えるの?」
「普通は燃えない」
「だよね」
俺は立ち上がった。
そのときだった。
カン。
「……」
カン。
カン。
金属を叩く音。
昨日と同じ。
ミラが俺を見る。
「また……」
「ああ」
音は墓の奥から聞こえている。
俺は石碑の裏を見る。
何もない。
壁だけだ。
だが――
壁に、小さな隙間がある。
俺は手を入れた。
「レイン」
「大丈夫」
壁を押す。
ゴゴゴゴ……。
石が動いた。
隠し通路。
その先に、階段が続いている。
「……」
俺はしばらく黙った。
「どうする?」
ミラが聞く。
「帰る」
「え?」
「隊長に報告する」
「珍しい」
「俺もそう思う」
俺は踵を返した。
その瞬間。
階段の奥から――
カン。
カン。
カン。
音が響いた。
そして。
ほんの一瞬だけ。
何かが階段の奥を横切った。
人影。
俺は反射的に追いかけた。
「レイン!」
階段を駆け下りる。
暗闇の先。
人影は消えている。
代わりに床に落ちていたものを拾った。
古い金属製の徽章。
王国騎士団のものだ。
裏側には名前が刻まれている。
俺は明かりを近づけた。
「……」
そこには、こう書かれていた。
『アルド』
俺は徽章を握りしめた。
そして、初めて気づいた。
昨日の新聞に載っていた勇者の名前。
手帳に何度も書かれていた名前。
墓石に刻まれた名前。
全部同じ。
なのに――
なぜ、この徽章だけが。
五十年間、一度も錆びていない?




