第4話 死体は嘘をつかない
町へ戻ったのは、日が暮れる少し前だった。
俺たちは何も話さなかった。
正確には、俺が話さなかった。
ミラは途中からずっと喋っていた。
「ねえ、本当にあれ何だったの?」
「知らない」
「裸足だったよね?」
「見た」
「人間だったのかな?」
「知らない」
「幽霊?」
「知らない」
「ゾンビ?」
「知らない」
「じゃあ何なら知ってるの?」
「腹が減った」
「そこだけ!?」
俺は背負っていた冒険者を医療所へ預けた。
幸い、命に別状はない。
医者によれば、極度の疲労と低体温。
「もう少し遅かったら危なかった」
そう言われた。
俺は受付で報酬を受け取る。
金貨一枚。
手のひらに乗せる。
「……」
重い。
素晴らしい。
怖い目に遭った甲斐があった。
「嬉しそうね」
ミラが言う。
「当然だ」
「山であんな目に遭ったのに?」
「金貨一枚だぞ」
「命より?」
「比較するものじゃない」
「してるじゃん」
宿へ戻る前に、俺は衛兵隊の詰所へ向かった。
隊長に報告するためだ。
「旧迷宮の方向には行ってません」
「そうか」
「ただ、妙な足跡がありました」
「どんな?」
「裸足の人間」
隊長の手が止まった。
「……裸足?」
「ああ」
「何人だ?」
「一人」
「どこから?」
「旧迷宮の方向」
沈黙。
隊長はしばらく地図を見ていた。
「他には?」
「金属を叩く音を聞きました」
「どんな音だ?」
「カン、カン、カン」
隊長の顔色が変わった。
今度は隠しもしなかった。
「帰れ」
「はい?」
「今日のところは帰れ」
「報告は?」
「もういい」
「でも――」
「レイン」
低い声だった。
「この件には関わるな」
俺は隊長を見る。
「理由を聞いても?」
「知らないほうがいい」
「それ、だいたい知ったほうがいいやつですよね」
「……」
「俺、仕事柄そういうのに巻き込まれるんですが」
「だから困っている」
隊長は頭を抱えた。
「昔からそうだ。死体を拾う奴は、死体が隠しているものまで拾ってくる」
「褒めてます?」
「褒めてない」
「そうですか」
俺は詰所を出た。
そのまま宿へ向かおうとしたが――
「待って」
ミラが後ろから追いついてきた。
「何?」
「隊長、何か知ってる」
「俺もそう思う」
「調べよう」
「嫌だ」
「即答?」
「俺たちは遺体回収人だ。謎解き屋じゃない」
「でも気になるでしょ?」
「気にならない」
「じゃあ、どうしてさっきから手帳を握ってるの?」
俺は自分の手を見る。
いつの間にか、例の手帳を持っていた。
「……癖だ」
「どんな癖よ」
俺は手帳を開いた。
昨日、死体から回収したもの。
あの冒険者が持っていた手帳。
ページをめくる。
アルド。
アルド。
アルド。
何度も書かれた名前。
俺は最後のページを見る。
『アルドの墓を見つけた』
『だが、墓の中には何もなかった』
そして、その下。
昨日までは気づかなかった文字がある。
薄く。
何度も消した跡。
俺は指でなぞった。
「……『死体が一つ足りない』」
ミラが黙った。
「どういう意味?」
「分からない」
「アルドって誰なの?」
「それも分からない」
そのとき。
手帳の最後のページから、何かが落ちた。
小さな紙切れ。
俺は拾い上げる。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
『死体は全部で六人』
「……」
「何?」
俺は答えなかった。
今回の依頼で見つけた死体は一人。
手帳の持ち主自身。
それから――
俺は手帳を閉じた。
「ミラ」
「うん」
「五十年前に、北の山で何があったのか調べる」
「やっぱりやるんじゃん」
「仕事だからな」
「仕事じゃないでしょ」
「……趣味だ」
「もっと悪いわ」
その夜。
俺たちは町の古い記録を調べた。
五十年前。
北の山。
旧迷宮。
そして――アルド。
古い記録を一枚ずつめくる。
だが、不思議なことに。
「アルド」という名前だけが、どの記録にも残っていなかった。
勇者の名前。
王国の歴史。
魔王討伐の記録。
どこにもない。
まるで――
最初から存在しなかったかのように。
そして午前二時。
俺は、一枚の古い新聞を見つけた。
五十年前のものだった。
大きな見出し。
そこには、こう書かれていた。
『勇者アルド、魔王討伐へ出発』
「……あった」
ミラが身を乗り出す。
「勇者だったんだ」
「ああ」
だが、その新聞にはもう一つ。
小さな記事が載っていた。
俺はそれを読んだ。
そして――
しばらく動けなくなった。
そこにはこう書かれていた。
『勇者アルド一行、魔王討伐のため北の山へ』
勇者は一人ではなかった。
仲間が五人いた。
つまり――
五十年前、北の山へ向かった人間は六人。
そして手帳には書かれていた。
『死体は全部で六人』
俺はゆっくり顔を上げた。
「……ミラ」
「何?」
「明日、北の山へ戻る」
「え?」
「六人分の死体を探す」
ミラの顔から、笑みが消えた。
俺も笑えなかった。
なぜなら――
新聞記事の最後には、こう書かれていたからだ。
『勇者一行、全員生還せず』




