↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/120

第49話 三十三番

『次は、お前が名前を捨てる番だ』


 その声が。


 地下室いっぱいに響いた。


 俺と同じ声。


 だが。


 今の俺の声ではない。


「……名前を捨てる?」


 俺が呟く。


 少年が頷いた。


「そう」


「どういう意味だ?」


「知らない」


「お前も?」


「うん」


 即答だった。


「俺は、まだ名前をもらってないから」


「……」


 ミラが少年を見る。


「でも、三十二番なんでしょ?」


「そう」


「じゃあ、どうして名前がないの?」


 少年は少し考えた。


「番号は、名前じゃないから」


「当たり前じゃない」


「この場所では違う」


 少年は壁を見る。


 そこには。


 ――32


 そして。


 その横に。


 ――人格:未定義


「番号は」


 少年が言う。


「作られた順番」


「名前は?」


「生きるために必要なもの」


 俺は黙った。


 その言葉が。


 妙に引っかかった。


「じゃあ」


 俺は少年を見る。


「五十年前のお前には、名前がなかった?」


「うん」


「それでも生きてた?」


「……」


 少年が笑った。


「生きてたと思う?」


「分からない」


「俺も」


 少年は笑う。


「だから怖い」


 そのとき。


 三十三番が口を開いた。


「レイン」


「何だ?」


「この先に行くなら」


 彼は真剣な顔をしていた。


「絶対に名前を口にするな」


「誰の?」


「自分の」


 俺は眉をひそめる。


「俺の名前を?」


「ああ」


「レインって?」


「そうだ」


「どうして?」


 三十三番は答えなかった。


 代わりに。


 床に刻まれた文字を指差した。


 ――命名室・第二層


「ここから先では」


 三十三番が言う。


「名前が鍵になる」


「……」


「名前を呼ばれた人間は」


 彼は一度。


 少年を見た。


「人格を固定される」


「つまり?」


「逃げられなくなる」


 ミラが顔をしかめる。


「それって……」


「ああ」


 三十三番が頷く。


「一度決まったら、戻せない」


 俺は。


 少年を見る。


 少年は。


 静かに笑っている。


「俺に名前をつけることも?」


「ああ」


「俺がレインを名乗ることも?」


「ああ」


「……」


 少年は。


 少し寂しそうに笑った。


「じゃあ」


「?」


「やっぱり、名前が欲しい」


「どうして?」


「決まってもいいから」


 少年は言った。


「誰かに決められるより」


 俺を見る。


「お前に決めてほしい」


 俺は答えなかった。


 すると。


 地下の奥から。


 また声が響く。


『レイン』


 俺は反射的に振り返る。


 誰もいない。


『レイン』


 今度は。


 すぐ後ろ。


 耳元だった。


「……!」


 俺は振り向く。


 そこには。


 俺自身が立っていた。


 五十年前の俺。


 少年ではない。


 今の俺と同じ姿。


 同じ服。


 同じ顔。


 ただ。


 左目に。


 古い傷があった。


「……お前」


 そいつが笑う。


「やっと会えたな」


 ミラが息を呑む。


「レイン……?」


「違う」


 俺は答えた。


「俺じゃない」


「同じだよ」


 もう一人の俺が言う。


「お前も俺も」


 一歩。


 近づく。


「どっちもレインだ」


「……」


「ただし」


 そいつが自分の胸を叩く。


「俺は、名前を捨てる前のレイン」


「名前を……捨てる前?」


「ああ」


 俺は問い返す。


「じゃあ俺は?」


 もう一人の俺は。


 少しだけ笑った。


「お前は」


 そして。


「名前をもらった後のレインだ」


「……!」


 胸の奥が。


 大きく脈打った。


 だが。


 二つ目の鼓動はない。


 今は。


 一つだけ。


 俺自身の鼓動。


「じゃあ」


 俺は言う。


「お前は何を捨てた?」


 もう一人の俺が。


 答える。


「俺の名前」


「……」


「レインという名前を」


 彼は指で。


 自分の胸をなぞった。


「アルドを殺すために捨てた」


 空気が止まる。


「……何だって?」


「俺はレインじゃなかった」


 もう一人の俺が。


 静かに言う。


「五十年前のあの日」


「俺は」


 一拍。


「三十二番だった」


 少年が。


 初めて表情を変えた。


「……違う」


「何が違う?」


「俺が三十二番だ」


 少年が言う。


 もう一人の俺は。


 ゆっくり振り返った。


「そうだ」


「じゃあ、あなたは誰?」


 少年の問いに。


 もう一人の俺は。


 少しだけ笑った。


「俺は――」


 その瞬間。


 地下の壁に。


 新しい文字が浮かび上がった。


 ――三十二番:分離を確認。


 続いて。


 ――三十二番・人格:レイン


 そして。


 最後に。


 ――三十二番・記憶:???


「……」


 俺は。


 その文字を見つめる。


 記憶だけが。


 空白。


 もう一人の俺が。


 俺を見る。


「分かっただろ?」


「何が?」


「お前が忘れているもの」


 彼が笑う。


「それは記憶じゃない」


「……?」


「名前だ」


 その瞬間。


 地下の奥から。


 鐘のような音が鳴った。


 ――カン。


 ――カン。


 ――カン。


 俺の手の中の金属板が。


 勝手に震え始める。


 刻まれていた文字が。


 ゆっくり変わる。


 ――三十二番:人格再接続開始。


 そして。


 その下に。


 初めて表示された。


 ――対象名:レイン


 さらに。


 赤い文字。


 ――警告。


 ――この名前を捨てた場合、現在の人格は消滅します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。