第45話 名前
少年の目が。
赤く光っている。
俺と同じ顔。
俺と同じ声。
なのに。
俺とは違う。
「……人生が?」
俺が聞き返す。
少年は頷いた。
「ああ」
「何の人生だ?」
「お前が選ばなかった人生」
「……」
また。
その言葉。
以前も聞いた。
――俺が捨てたもの。
――俺が選ばなかった人生。
「お前は何なんだ?」
「だから」
少年は笑う。
「まだ名前がない」
「名前じゃない」
俺は言う。
「お前の正体を聞いてる」
「同じことだよ」
「違うだろ」
「いや」
少年は首を振る。
「この場所では、名前が正体になる」
ミラが口を挟む。
「じゃあ、名前をつけたらどうなるの?」
少年がミラを見る。
「俺が一人になる」
「一人?」
「今は」
少年は自分の胸に手を当てる。
「俺の中にも、いくつかいる」
「……」
俺は目を細めた。
「何人?」
「分からない」
「お前でも?」
「うん」
少年は笑う。
「俺自身が、誰なのか分からないから」
その瞬間。
壁に文字が浮かんだ。
――人格分離率:未確定
――候補三:複数人格を確認
ミラが眉をひそめる。
「複数人格?」
「違う」
俺は否定する。
「そういう話じゃない」
なぜか。
そう思った。
この少年の中にいるのは。
人格というより。
可能性だ。
俺が選ばなかった。
いくつもの人生。
その残骸。
「お前」
俺は少年を見る。
「俺が名前をつけたら」
「うん」
「お前は何になる?」
「それは」
少年が笑う。
「お前が決める」
「……」
「だから怖いんだよ」
少年は初めて。
少しだけ寂しそうな顔をした。
「名前をもらった瞬間」
少年は言う。
「俺は、お前とは別の存在になる」
「それが嫌なのか?」
「分からない」
「じゃあ」
「でも」
少年が俺を見る。
「お前と別れるのは、少し嫌だ」
胸が。
妙に痛んだ。
その感覚を。
俺は知っている。
以前。
どこかで。
同じことを感じた。
「……昔」
俺は呟く。
「俺たちは会ってたのか?」
少年は答えなかった。
代わりに。
床を指差した。
そこに。
一枚の写真が落ちていた。
俺は拾う。
古い。
色褪せた写真。
写っているのは。
雪原。
アルド。
-1番。
そして。
子供の俺。
その隣に。
少年。
「……!」
俺は息を呑んだ。
少年が写っている。
五十年前の写真に。
「お前……」
「うん」
少年は言う。
「俺は五十年前からいる」
「じゃあ、どうして俺は覚えてない?」
「忘れたから」
「誰に?」
少年は。
少し考えて。
「お前自身に」
「……」
その答えが。
一番怖かった。
そのとき。
写真の裏に文字があることに気づいた。
俺は裏返す。
そこには。
手書きの文字。
――レインへ。
俺は固まった。
――もし、この子に会ったら。
続き。
――絶対に名前をつけるな。
「……」
俺は紙を握り締める。
「誰が書いた?」
少年は答えない。
ミラが写真を覗き込む。
「筆跡……」
ミラが呟いた。
「これ、レインの字じゃない?」
「……俺の?」
「うん」
俺は手紙を見る。
確かに。
自分の字に似ている。
でも。
違う。
少なくとも。
今の俺が書いたものじゃない。
その下に。
さらに一行。
――名前をつければ、二人目が完成する。
「二人目……」
少年が呟いた。
「そう」
その瞬間。
地下全体が揺れた。
――二人目、起動準備。
機械音。
――候補三、人格固定準備。
少年の身体が。
光に包まれる。
「おい!」
俺は少年に手を伸ばす。
だが。
触れる直前。
少年が言った。
「レイン」
「何だ?」
「名前をつける前に」
少年は笑った。
「俺が誰なのかを知って」
「……どうやって?」
「この下にいる」
「誰が?」
少年は。
地下のさらに奥を指差した。
「五十年前の俺」
「……」
「お前が殺したと思い込んでる」
少年の姿が薄れていく。
「もう一人のレインが」
そして。
最後に。
「まだ死んでない」
光が消えた。
そこには。
誰もいない。
ただ。
床に一枚の金属板だけが落ちていた。
刻まれている数字は。
33
「……三十三?」
俺が拾う。
裏返す。
そこには。
たった一言。
――次は、俺の番だ。
直後。
背後から。
聞き覚えのある声がした。
「その板を拾うな」
振り返る。
三十三番が。
立っていた。
だが。
その顔には。
いつもの余裕がなかった。
「……それを拾ったら」
三十三番が。
低い声で言う。
「お前は、五十年前の自分と――」
一瞬。
言葉を止める。
「同じ場所に立つことになる」




