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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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44/120

第44話 候補

子供の足跡は。


 地下の奥へ続いていた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 小さな裸足の跡。


 なのに。


 足音はしない。


「……これ」


 ミラがしゃがみ込む。


「本当に子供の足跡?」


「ああ」


「でも、足音がしないよね」


「そこが気になる」


 俺は足跡の上に手を置いた。


 冷たい。


 土の跡なのに。


 まるで。


 今ついたばかりのようだった。


「レイン」


「ん?」


「この先にいるのって……」


「分からない」


「またそれ?」


「俺に聞くな」


「だって主人公でしょ?」


「知らん」


 ミラが少し笑う。


 こんな状況でも。


 こういうやり取りができることが。


 妙にありがたかった。


 やがて。


 足跡は一枚の扉の前で止まった。


 扉には番号がない。


 名前もない。


 ただ。


 中央に小さな文字が刻まれている。


 ――命名室


「命名室……」


 俺は呟く。


「何の部屋だ?」


 ミラが首を傾げる。


「人に名前をつける部屋?」


「そんな部屋がある時点で嫌な予感しかしない」


 扉に触れる。


 カチッ。


 鍵が外れた。


 ゆっくり開く。


 中は。


 何もない。


 机。


 椅子。


 そして。


 一枚の紙だけ。


 俺は紙を拾った。


 そこには。


 こう書かれていた。


 ――名前は人格を固定する。


 その下。


 ――人格は選択によって決まる。


 さらに。


 ――選択された人格は、選択されなかった人格を殺す。


「……」


 俺は紙を握った。


「これ」


 ミラが顔をしかめる。


「どういう意味?」


「分からない」


 だが。


 嫌な感じがする。


 とても。


 嫌な感じが。


 机の上に。


 もう一枚。


 古い紙があった。


 そこには。


 三つの名前が並んでいる。


 ――アルド


 ――レイン


 ――???


 三番目だけ。


 空白。


 その横に。


 小さな注釈。


 ――選択されなかった人格は消滅する。


「……」


 俺は紙を見つめた。


 アルド。


 レイン。


 そして。


 名前のない何か。


「選べってことか」


 ミラが首を振る。


「選ばなくていい」


「え?」


「そんなの」


 ミラは俺を見る。


「選ばなくていいよ」


「でも」


「レインが決めなきゃいけないって書いてあるだけでしょ?」


「……」


「誰かが勝手に決めたルールなんて」


 ミラは紙を破った。


「守る必要ある?」


「……」


 紙が。


 床に落ちる。


 その瞬間。


 部屋全体が揺れた。


 ――警告。


 ――警告。


 壁から機械音が響く。


 ――命名規則違反。


「ほら」


 ミラが得意げに言う。


「怒った」


「機械に怒られてるな」


「うん」


 さらに。


 壁に文字が浮かぶ。


 ――候補三を廃棄します。


 俺の胸が。


 ズキッと痛んだ。


「待て」


 反射的に声が出た。


 文字が止まる。


 ――命令を受理。


 ミラが俺を見る。


「レイン……?」


 俺は自分でも分からなかった。


 なぜ止めたのか。


 ただ。


 あの三番目を。


 消してはいけない。


 そんな気がした。


「候補三を」


 俺は言う。


「廃棄するな」


 ――理由を入力してください。


「……」


 理由。


 俺は考える。


 そして。


「そいつが何者か」


 俺は答えた。


「まだ分からないからだ」


 ――理由を受理。


 ――廃棄処理を停止。


 部屋が静かになる。


 すると。


 奥の壁が。


 ゆっくり開いた。


 その向こうに。


 一人の少年がいた。


 十歳くらい。


 黒い髪。


 細い身体。


 そして。


 俺と同じ顔。


「……」


 俺は息を呑む。


 以前見た。


 あの少年だった。


「また会ったな」


 少年が言う。


「……お前」


「名前をくれ」


「……」


「俺には名前がない」


 少年は笑う。


「だから」


 俺を指差す。


「お前がつけろ」


 俺は答えられなかった。


「どうして俺が?」


「お前が俺を選んだから」


「選んでない」


「違う」


 少年は首を振る。


「さっき選んだ」


「何を?」


「俺を」


 少年が自分の胸を指す。


「消さないって」


 俺は黙った。


 少年が近づいてくる。


 そして。


 俺の耳元で。


 小さく言った。


「俺は――」


 一瞬。


 少年の顔が歪んだ。


「……」


 声が変わる。


 低い。


 大人の声。


 俺は息を呑んだ。


「――お前が捨てた『死』だ」


「……!」


 少年の姿が。


 一瞬だけ。


 アルドに見えた。


 次の瞬間には。


 また。


 俺と同じ少年。


 そして。


 少年は笑った。


「名前をくれ」


 俺は。


 答えられなかった。


 その瞬間。


 地下の奥から。


 巨大な音が響いた。


 ――第二段階、開始。


 少年の目が。


 赤く光った。


「……始まった」


 少年が呟く。


「何が?」


「俺たちの――」


 少年は笑った。


「人生が」

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