第38話 少年
少年が立っていた。
俺と同じ顔。
俺と同じ目。
俺と――同じ声。
「……」
誰も動かなかった。
少年は俺を見る。
『思い出して』
「何を?」
『俺の名前』
「お前は……誰だ?」
少年は笑った。
『それを忘れたから、今のお前がいる』
「……」
意味が分からない。
「レイン」
ミラが俺の腕を掴む。
「近づかないで」
「分かってる」
俺は少年から目を離さない。
「お前が二人目なのか?」
『違う』
「じゃあ何だ?」
『俺は、お前だ』
「……」
またその答え。
「ふざけるな」
『ふざけてない』
「俺はここにいる」
『俺もいる』
少年が胸に手を当てる。
『だから二人だ』
「……」
老人が小さく呟いた。
「やはり来たか」
俺は老人を見る。
「知ってるのか?」
「ああ」
「こいつは何だ?」
「お前が捨てたものだ」
「……何を?」
「名前だ」
少年が笑う。
『違う』
老人が少年を見る。
「何?」
『名前だけじゃない』
少年の目から。
一瞬だけ。
赤い光が消えた。
そして。
『俺は、お前が殺した』
俺は息を呑む。
「……誰を?」
『俺を』
「意味が分からない」
『分からなくていい』
「それ、もう禁止にしようぜ」
ミラが思わず吹き出した。
「今それ言う!?」
「だって全員それ言うから」
緊張していた空気が。
一瞬だけ緩んだ。
だが。
少年は笑わなかった。
『五十年前』
少年が言う。
『お前は俺を殺した』
「……」
『だから、今のお前が生まれた』
「俺が……俺を殺した?」
『そう』
「じゃあ、お前は俺の過去?」
『違う』
「未来?」
『違う』
「じゃあ何なんだよ!」
少年は静かに答えた。
『お前が選ばなかった人生』
「……」
胸が痛んだ。
意味は分からない。
でも。
その言葉だけは。
妙に理解できた。
少年が一歩近づく。
『俺は勇者になった』
「……」
『俺はアルドになった』
俺の心臓が跳ねた。
「アルド……?」
『そう』
少年が笑う。
『でも、お前は俺を捨てた』
頭の中に。
また映像が流れた。
五十年前。
アルドと俺。
雪の中。
『どっちを残す?』
誰かが聞いている。
アルドが答える。
『レインだ』
俺が叫ぶ。
『嫌だ!』
『お前は生きろ』
『アルドも!』
『無理だ』
『じゃあ俺が死ぬ!』
『駄目だ』
アルドが俺の頭に手を置く。
『お前は、俺じゃない』
映像が途切れる。
「……」
俺は立っていられなくなった。
ミラが支える。
「大丈夫?」
「……分からない」
「今度は本当に?」
「ああ」
俺は少年を見る。
「お前は……アルドなのか?」
少年は首を振る。
『俺はアルドじゃない』
「じゃあ」
『アルドになるはずだった俺だ』
「……」
その言葉に。
零番が目を見開いた。
「そんな記録はない」
少年が零番を見る。
『だから消したんだろ』
「……」
零番が黙る。
初めて。
零番が怯えているように見えた。
「何を消した?」
俺が聞く。
零番は答えない。
「何を消したんだ!」
「……」
老人が代わりに答えた。
「最初の失敗だ」
「失敗?」
「ああ」
老人が俺を見る。
「アルドを作ろうとして」
少年を見る。
「アルドになれなかった存在」
少年が笑う。
『そして』
俺を見る。
『レインにもなれなかった』
「……」
俺の背後で。
ドクン。
もう一つの鼓動が鳴る。
少年が胸を押さえる。
『もうすぐだ』
「何が?」
『二人目が起きる』
少年の身体が透け始める。
「待て!」
俺が手を伸ばす。
指先が届かない。
『レイン』
「何だ!」
『次に会うときは』
少年が笑う。
『俺じゃない』
「……誰なんだ?」
『お前が一番会いたくない人』
少年の姿が消える。
最後に。
声だけが残った。
『――お前自身だ』
静寂。
「……」
俺は動けなかった。
ミラが小さく言う。
「レイン」
「……ああ」
「今の子」
「うん」
「怖かった?」
俺は少し考える。
「……怖くなかった」
「どうして?」
俺は自分の胸を見る。
「たぶん」
もう一つの鼓動が。
静かに鳴っている。
「俺に似すぎてたから」
その瞬間。
遠くの森で。
何かが目を覚ました。
低い音。
地面が震える。
老人が北を向く。
「始まった」
一番が剣を抜く。
「何が?」
老人は答えた。
「二人目の起動だ」
そして。
森の奥から。
巨大な影が立ち上がった。
その胸には。
古びた番号が刻まれている。
02
影が。
ゆっくり顔を上げる。
そして。
俺と同じ声で呟いた。
「……レイン」
俺は息を呑んだ。
影の目が。
赤く光った。




