第36話 レインの最初の墓
地下室を出ると。
冷たい風が頬を撫でた。
外はもう夜だった。
月は雲に隠れている。
「……北のさらに北、か」
俺は呟いた。
零番が地面に古い地図を広げる。
「ここから三日」
「三日?」
「歩けばな」
「馬なら?」
「一日半」
ミラが手を挙げる。
「馬は?」
「ない」
「……」
「買う?」
「金は?」
「ない」
「……」
俺たちは黙った。
「なんで私を見るの?」
ミラが俺を見る。
「いや」
「今、絶対私を見たよね?」
「財布持ってそうだなと思って」
「持ってるけど!」
ミラが怒る。
「人を財布扱いしないで!」
「冗談だ」
「レインの冗談、最近ちょっと分かりにくい!」
こんな状況なのに。
少しだけ笑ってしまった。
だが。
零番は笑わなかった。
地図の一点を指差す。
「ここだ」
北の山脈。
そのさらに奥。
「最初の墓」
「……」
俺は地図を見る。
そこには。
小さな黒い丸が一つ。
「墓があるだけ?」
「いや」
零番が答える。
「墓の下に施設がある」
「施設?」
「最初の製造施設だ」
俺は顔を上げる。
「ここより古い?」
「ああ」
「どれくらい?」
「五十年前どころじゃない」
「じゃあ……」
零番は黙った。
「何?」
「おそらく百年以上前だ」
「百年……」
三十一番が低く呟く。
「そんな場所、まだ残っているのか?」
「残っている」
「なぜ分かる?」
「俺が作ったからだ」
全員が黙った。
零番は地図を畳む。
「ただし」
「何だ?」
「そこへ行くには、北の森を抜ける必要がある」
「魔物?」
「ああ」
「強い?」
「かなり」
「何体?」
「分からない」
「……」
俺はため息をつく。
「本当に分からないことばかりだな」
ミラが笑う。
「レイン、今さらだよ」
「そうだった」
俺たちは歩き出した。
北へ。
最初の墓へ。
◆
森に入って二時間。
異変に気づいた。
「……静かすぎない?」
ミラが小声で言う。
「ああ」
鳥の声がない。
虫もいない。
風の音さえ。
妙に遠い。
一番が足を止める。
「全員、止まれ」
「何?」
俺が聞く。
「足跡がある」
地面を見る。
雪の上。
人間の足跡。
一つ。
二つ。
三つ。
そして。
「……これ」
ミラがしゃがむ。
小さな足跡。
「子供?」
俺はその足跡を見る。
嫌な感覚がした。
見覚えがある。
五十年前の森。
裸足。
小さな足。
あの映像と同じ。
「俺……なのか?」
一番が答える。
「分からない」
「またそれか」
「本当に分からない」
だが。
足跡は続いている。
北へ。
俺たちを導くように。
「行くしかないな」
俺が立ち上がる。
ミラが頷く。
「うん」
しばらく歩くと。
足跡が突然消えた。
「……」
「どういうこと?」
ミラが周囲を見る。
俺も見る。
何もない。
ただ。
一本の木が立っている。
その幹に。
数字が刻まれていた。
0
零番が近づく。
そして。
初めて。
驚いた顔をした。
「……これは」
「知ってるのか?」
「ああ」
「何?」
零番は数字に触れる。
「俺が作った印ではない」
俺は固まる。
「じゃあ誰が?」
零番は答えなかった。
代わりに。
木の根元を掘り始めた。
「ちょっと待て」
土の中から。
古い金属板が出てくる。
そこには。
数字が一つ。
-1
「……マイナス?」
三十一番が呟く。
零番の顔が険しくなる。
「ありえない」
「何が?」
「番号は零から始まった」
「じゃあ、これは?」
「存在しない番号だ」
金属板の裏に。
文字があった。
――製造者:-一番
その瞬間。
森の奥から。
声がした。
「やっと来たか」
全員が振り返る。
誰もいない。
だが。
声だけは。
はっきり聞こえた。
「零番」
零番が動きを止める。
「……」
「久しぶりだな」
零番が低く答える。
「お前は死んだ」
「そうだったな」
暗闇から。
一人の老人が歩いてくる。
白い髪。
杖。
そして。
左目を覆う布。
「……-一番?」
俺が呟く。
老人が笑った。
「その呼び方は好きじゃない」
「じゃあ何て呼べば?」
「名前はない」
老人は俺を見る。
そして。
驚いたように目を見開く。
「……まだレインなのか」
俺は固まった。
「俺を知ってる?」
「ああ」
「五十年前に?」
「もっと前だ」
「……」
老人が近づく。
「お前は昔から――」
そこで。
老人が口を閉じた。
そして俺の胸を見る。
「まだ、二つ目を起こしていないのか」
俺は息を呑む。
「二つ目?」
老人は笑った。
「そうか」
「何が?」
「まだ知らないんだな」
老人は杖を地面についた。
ドン。
地面が揺れる。
「なら、教えてやろう」
老人が俺を見る。
「お前には――」
一拍。
「最初から、二つの心臓があった」
俺は言葉を失った。
そして。
胸の奥で。
確かに。
二度目の鼓動が鳴った。
ドクン。
俺の心臓とは違う。
もう一つの鼓動が。
ゆっくり。
目を覚ました。




