第35話 二人目
右手が止まった。
紙の上には。
俺の字で書かれた一文。
――二人目は、まだ起きていない。
「……二人目?」
ミラが呟く。
俺も同じ言葉を繰り返した。
「二人目……」
嫌な響きだった。
七人目。
二つの死。
そして。
二人目。
全部が繋がっているようで。
全然繋がっていない。
「レイン」
零番が呼ぶ。
「何だ?」
「その紙を渡せ」
「嫌だ」
「……」
「今さら、勝手に俺の記録を持っていかれるのは困る」
零番は少し驚いた顔をした。
そして。
「そうか」
小さく笑った。
「それでいい」
「何が?」
「それが、お前自身の判断ならな」
俺は眉をひそめる。
「意味が分からない」
「分からなくていい」
またそれだ。
この場所にいる奴らは。
みんな「分からなくていい」と言う。
だったら最初から教えてくれ。
そう思う。
だが。
今度はミラが先に口を開いた。
「じゃあ私から聞く」
「ミラ?」
ミラは零番を睨んだ。
「二人目って誰?」
「……」
「レイン?」
「違う」
零番は即答した。
「レインではない」
俺は少しだけ安心した。
「じゃあ誰だ?」
「まだ決まっていない」
「決まってない?」
「ああ」
「人間なのか?」
「分からない」
「どこにいる?」
「分からない」
「いつ起きる?」
「分からない」
「……」
俺はため息をついた。
「役に立たないな」
「そう言うな」
三十二号が初めて笑った。
「俺も似たようなものだった」
「お前まで笑うな」
こんな状況なのに。
ほんの少しだけ。
空気が軽くなった。
だが。
その直後。
地下室の奥で。
――カチッ。
何かが動いた。
全員が振り返る。
壁の一部が開いていた。
その中に。
一冊の本がある。
表紙には数字。
02
「……二番?」
三十一番が呟く。
零番の顔から血の気が引いた。
「触るな」
俺は手を止めた。
「何だ?」
「それは――」
零番が言いかける。
だが。
本が勝手に開いた。
ページがめくれる。
一枚。
二枚。
三枚。
そして。
あるページで止まった。
そこには。
名前が書かれていた。
――二番
その下。
――製造失敗
さらに。
――人格:未形成
――記憶:未形成
――器:存在
俺は目を細める。
「器だけ?」
三十二号が呟く。
「俺と逆だ」
「逆?」
「俺には器があった」
そして。
「人格もあった」
「……」
「でも、記憶がなかった」
俺はページを見る。
そこには。
さらに一行。
――起動条件:七人目の死亡
「……」
誰も喋らなかった。
俺の背中に冷たい汗が流れる。
「七人目が死んだら……」
ミラが続ける。
「二番が起きる?」
零番が頷く。
「そうだ」
「じゃあ」
俺は聞いた。
「七人目って、俺だよな?」
零番は答えない。
「答えてくれ」
「……現時点では」
「現時点では?」
「お前が七人目だ」
嫌な言い方だった。
「じゃあ、俺が死んだら二番が起きる」
「その可能性がある」
「可能性?」
「記録が古すぎる」
三十一番が本を覗き込む。
「五十年前の記録か?」
「もっと古い」
零番が答えた。
「この記録は――」
一瞬。
言葉を選ぶ。
「最初の実験より前だ」
「最初の実験?」
俺が聞き返した。
零番は黙った。
「……」
「おい」
「レイン」
ミラが俺の袖を引く。
「無理に聞かなくてもいい」
「いや」
俺は首を振った。
「もう聞く」
零番を見る。
「俺が何なのか知りたい」
零番は目を閉じた。
「なら」
本を閉じる。
「次の場所へ行く」
「次?」
「ここは製造記録を残す場所だ」
零番が壁を見る。
「だが、製造の始まりはここではない」
「どこなんだ?」
「北のさらに北」
一番が顔を上げた。
「……あそこか」
三十三番も険しい顔になる。
「まだ残っていたのか?」
零番は答える。
「残っている」
そして。
俺を見る。
「最初の墓がな」
俺は眉をひそめた。
「墓?」
「ああ」
「誰の?」
零番は一言だけ答えた。
「レインだ」
――。
頭の中が。
完全に止まった。
「……俺の墓?」
「ああ」
「五十年前の?」
「ああ」
「でも」
俺は自分の胸に手を当てる。
「俺はここにいる」
「だから行くんだ」
零番は歩き出す。
「そこには、お前が死んだ証拠がある」
「……」
「そして」
零番が振り返った。
「お前が、何から逃げていたのかも分かる」
ミラが俺を見る。
「レイン」
「……行こう」
「怖くない?」
「怖い」
「じゃあ帰る?」
「それは嫌だ」
「なんで?」
俺は少し考えて。
「自分の墓くらい、見ておきたいだろ」
「普通は見たくないと思うけど」
「……確かに」
三十二号が笑った。
俺も少しだけ笑う。
だが。
誰も気づいていなかった。
閉じられた02の本。
その最後のページに。
新しい文字が浮かんでいたことを。
――七人目、移動を開始。
そして。
その下に。
もう一行。
――二人目、覚醒準備。
地下深く。
まだ誰にも知られていない場所で。
何かが。
ゆっくりと目を開いた。




