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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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第34話 アルドの殺害

暗闇の中で。


 紙だけが、妙に白く見えた。


 ――俺は、アルドを殺していない。


「……」


 俺はその一文を何度も読む。


「レイン?」


 ミラの声がする。


「どうした?」


「いや……」


 俺は紙を握った。


「これを書いたのは、俺だ」


「分かるの?」


「ああ」


 理由はない。


 でも。


 分かった。


 文字の癖。


 最後の「ない」の書き方。


 妙に右へ流れる筆跡。


 全部。


 俺が普段書く文字と同じだった。


「五十年前の俺が書いた?」


「でも、レインは五十年前には……」


「そうなんだよ」


 ミラが黙る。


 俺も黙った。


 そのとき。


 紙の裏に何かが浮かんだ。


 赤い文字。


 ――第一記録を否定


「第一記録?」


 俺が呟く。


 すると。


 壁に文字が浮かび上がった。


 ――第一記録:アルド死亡


 次に。


 ――第二記録:レインが殺害


 そして。


 ――第三記録:レイン死亡


 俺は眉をひそめる。


「三つある……」


 三十二号が言った。


「いや」


「え?」


「四つだ」


 その瞬間。


 第四の文字が現れた。


 ――第四記録:殺害者不明


「……」


 誰も喋らなかった。


 俺は紙を見る。


 ――俺は、アルドを殺していない。


「じゃあ」


 ミラが言う。


「アルドを殺したのは誰?」


「分からない」


 俺は答えた。


「でも」


 紙を裏返す。


「この紙を書いたレインは、それを知ってる」


 紙の端に。


 小さな文字があった。


 今まで見えていなかった。


 ――知っている。ただし、思い出してはいけない。


「……」


 背筋が冷える。


 その瞬間。


 後ろから声がした。


「だから記憶を消した」


 三十三番だった。


 俺は振り返る。


「お前が?」


「ああ」


「俺が望んだんだよな?」


「そうだ」


「なら」


 俺は聞く。


「何を忘れた?」


 三十三番は答えなかった。


「三十三番」


「……」


「俺は何を忘れた?」


 長い沈黙。


 やがて。


「アルドが死んだ瞬間だ」


「それだけ?」


「違う」


 三十三番の顔が険しくなる。


「その直後に起きたことだ」


「何が起きた?」


「お前が――」


 その瞬間。


 床から金属音が響いた。


 カン。


 カン。


 カン。


 徽章が勝手に鳴る。


 壁に文字が浮かぶ。


 ――記憶復元を停止します


「……何?」


 続いて。


 ――危険領域に到達


 さらに。


 ――人格保護を優先


 俺は目を見開いた。


「人格保護?」


 零番が初めて慌てた。


「全員、部屋から出ろ!」


「え?」


「今すぐだ!」


 一番も動く。


「零番、何が起こる?」


「この記録は――」


 零番が言葉を止める。


「本来、存在してはいけない」


 ミラが叫ぶ。


「どういう意味!?」


 零番は俺を見る。


「これはレインの記憶じゃない」


「じゃあ?」


「レインが生まれる前に残された記録だ」


「……」


 俺は固まる。


「生まれる前?」


「ああ」


 零番が続ける。


「五十年前」


「……」


「お前はまだ『レイン』ではなかった」


 頭の中で。


 何かが弾けた。


 雪。


 白い部屋。


 机。


 その上に置かれた赤ん坊。


 そして。


 誰かの声。


『名前はどうする?』


 別の声が答える。


『レイン』


 俺は目を見開いた。


「……俺をレインと呼んだのは」


 老人の記憶。


 初代レイン。


 それより前。


 さらに前。


 もっと古い声。


 誰かが言っていた。


『この子には名前が必要だ』


 そして。


『アルドの名前は使うな』


「……」


 俺は頭を抱える。


「じゃあ、誰が俺に名前を……」


 そこで。


 聞こえた。


 すぐ隣から。


『俺だ』


 俺は振り返る。


 誰もいない。


『お前をレインと呼んだのは、俺だ』


「……アルド?」


『違う』


 声が答える。


『俺はアルドじゃない』


「じゃあ誰だ!」


『……』


 沈黙。


 そして。


『お前だ』


「……何?」


『五十年前のお前自身だ』


 頭の中が真っ白になる。


 俺が。


 俺自身に。


 レインという名前をつけた?


 そんな馬鹿な。


 その瞬間。


 机の上にあった紙が燃えた。


「えっ!?」


 ミラが駆け寄る。


 炎が消えたあと。


 紙には新しい一文が浮かんでいた。


 ――レインという名前を付けた者は、七人目である。


 俺は息を呑む。


 さらに。


 その下に。


 ゆっくり文字が現れる。


 ――そして七人目は、最初から一人ではなかった。


 ミラが呟く。


「……どういうこと?」


 俺は答えられなかった。


 なぜなら。


 俺の右手が。


 また勝手に動き始めたからだ。


 指先が紙の上をなぞる。


 そして。


 俺の字で。


 俺の意思ではない文字を書いた。


 ――二人目は、まだ起きていない。


 そこで。


 俺の手が止まった。

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