第33話 一番
剣を振り上げた。
五十年前の俺が。
一番に向かって。
「……違う」
俺は頭を押さえた。
「違う……」
映像が続く。
雪。
血。
倒れた一番。
そして。
俺の手にある剣。
『俺が殺す』
もう一度。
その声が聞こえた。
「レイン!」
ミラの声がする。
でも遠い。
俺は記憶の中にいる。
五十年前の俺が。
一番を見下ろしている。
その顔には。
今の俺にはない表情があった。
怒り。
憎しみ。
そして――
悲しみ。
『お前は約束を破った』
一番が血を吐く。
『……何のことだ』
『アルドを殺さないって』
「……」
俺は息を呑んだ。
アルド?
一番がアルドを殺した。
これまで何度も聞いた話だ。
だが。
映像の中の俺は。
一番に向かって剣を突きつけている。
『アルドは、お前を信じていた』
『……』
『なのに』
少年の俺が。
剣を振り下ろす。
――その瞬間。
映像が黒くなった。
「……!」
俺は現実に戻った。
膝をついている。
ミラが俺を支えていた。
「レイン!」
「……今の」
「何?」
「俺が……一番を殺そうとしてた」
一番本人が俺を見る。
何も言わない。
「本当なのか?」
俺が聞く。
「……ああ」
一番が答えた。
「お前は俺を殺そうとした」
胸が重くなる。
「じゃあ、俺が殺した?」
「いや」
「……?」
「殺していない」
「誰が止めた?」
一番は黙った。
三十三番が言う。
「俺だ」
俺は三十三番を見る。
「お前が?」
「ああ」
「なんで?」
「アルドに頼まれた」
「……」
話が繋がらない。
「アルドは一番を殺させたかったのか?」
「違う」
三十三番が首を振る。
「お前に一番を殺させたくなかった」
「じゃあ、どうして?」
「お前を止めた」
俺は混乱する。
「何のために?」
「お前自身を守るためだ」
そのとき。
二十七番が笑った。
「やっぱり知らないんだな」
三十一番が剣を向ける。
「何を知っている?」
「五十年前の本当の順番だよ」
「順番?」
二十七番は指を一本立てる。
「まず、アルドが死んだ」
もう一本。
「次に、一番がレインを殺した」
さらに一本。
「そして――」
指を止める。
「三十三番が、その記憶を消した」
三十三番の表情が固まる。
「……」
「違う」
三十三番が低く言った。
「違わない」
二十七番が笑う。
「お前はレインの記憶を消した」
「……」
「だが、全部は消せなかった」
「だから七人目が起動した」
二十七番が俺を見る。
「そういうことだ」
俺は三十三番を見る。
「本当なのか?」
三十三番は答えない。
「三十三番」
「……」
「俺の記憶を消したのか?」
長い沈黙。
そして。
「……ああ」
認めた。
俺は言葉を失った。
「なんで?」
「お前が壊れるからだ」
「俺が?」
「ああ」
「何を見た?」
「全部だ」
「全部って?」
三十三番が目を伏せる。
「アルドの死」
「……」
「お前が一番を殺そうとしたこと」
「……」
「そして」
三十三番が俺を見る。
「お前自身が、アルドを殺したこと」
「……え?」
地下室が静まり返った。
「俺が……?」
三十三番は頷いた。
「アルドを殺したのは一番じゃない」
俺は息を呑む。
「お前だ」
頭の中が真っ白になる。
「違う」
「事実だ」
「俺は……」
「五十年前のお前は、アルドを殺した」
「俺はそんな――」
「だから記憶を消した」
三十三番の声が震える。
「お前自身が、それを望んだからだ」
「……」
「お前は言った」
三十三番が目を閉じる。
「『俺がアルドを殺したことを、俺から奪ってくれ』と」
胸が痛い。
息ができない。
「じゃあ……」
俺は震える声で聞く。
「俺がアルドを殺した?」
「そうだ」
「なんで?」
「それは――」
三十三番が答えようとした瞬間。
地下室全体が揺れた。
ゴゴゴゴ……。
「何!?」
ミラが壁に手をつく。
一番が叫ぶ。
「全員、下がれ!」
床が割れる。
その下から。
赤い光が漏れ出す。
カン。
カン。
カン。
徽章が一斉に鳴った。
壁に巨大な文字が浮かぶ。
――七人目、記憶復元開始
「……」
そして。
次の文字。
――第一記憶:アルド殺害
俺は息を呑んだ。
さらに。
――第二記憶:一番殺害未遂
さらに。
――第三記憶:自分自身による死亡
俺は震える。
「……三つ?」
最後に。
第四の文字が浮かんだ。
――第四記憶:未確認
「未確認?」
三十一番が呟く。
「まだ一つある」
二十七番が笑う。
「そういうことだ」
俺は聞く。
「第四記憶って何だ?」
二十七番は答えなかった。
代わりに。
俺の背後を指差した。
「振り返れ」
嫌な予感がした。
ゆっくり振り返る。
そこに。
誰もいない。
ただ。
壁に映っている俺の影だけが――
俺とは違う動きをしていた。
影が。
ゆっくり振り向く。
そして。
俺に向かって笑った。
『やっと思い出したな』
俺は凍りついた。
影が口を開く。
『じゃあ、最後の記憶を見せてやる』
地下室の明かりが。
一斉に消えた。




