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勇者の遺体を回収する仕事  作者: ななほし


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29/120

第29話 初代

棺の蓋が。


 ゆっくりと持ち上がった。


 ギギギ……。


 嫌な音が地下室に響く。


「下がれ!」


 一番が叫んだ。


 俺は反射的にミラの腕を掴んだ。


「こっち!」


「う、うん!」


 三十一番と三十三番も武器を構える。


 零番だけは。


 動かなかった。


「……」


 ただ。


 棺を見ている。


「零番?」


「……」


「どうした?」


「覚えていない」


「何を?」


「この棺を作った記憶がない」


 嫌な予感がした。


 そして。


 蓋が完全に開いた。


「……」


 中に。


 人間の姿はなかった。


 空っぽ。


 ただし。


 一枚の布だけが置かれていた。


 古い布。


 俺が持っていたものと同じ。


 そこには。


 三十二


 と刻まれている。


「……何もない?」


 ミラが呟く。


 俺は棺に近づいた。


「待て」


 一番が止める。


「触るな」


「でも――」


「危険だ」


「何が?」


「分からない」


「……」


 俺は一番を見る。


「なら、俺が触る」


「レイン」


 三十一番が制止する。


「これはお前の記録だ」


「だからこそだ」


 俺は手を伸ばした。


 布に触れる。


 その瞬間。


 視界が真っ白になった。


 ――雪。


 冷たい。


 寒い。


 俺は雪の上に立っている。


 目の前に。


 アルドがいた。


「レイン」


 俺は声を出す。


 だが。


 アルドは俺を見ていない。


 誰かと話している。


「……これでいい」


 アルドの前には。


 小さな子供。


 五十年前の俺。


「この子を眠らせる」


 誰かが答える。


 その声は。


 零番だった。


『本当にいいのか?』


『ああ』


『一度死ぬぞ』


『それでいい』


『記憶も消える』


『それもいい』


 アルドは子供の俺を見る。


『こいつには、勇者の記憶なんて必要ない』


 俺は息を呑んだ。


「勇者の記憶……?」


 アルドが続ける。


『俺の代わりになる必要もない』


『じゃあ、何にする?』


 アルドは答えた。


『ただの人間にする』


 俺の胸が締めつけられた。


 ただの人間。


 それが。


 俺だったのか。


『でも、それでは三十二号の意味がない』


『意味なんてなくていい』


 アルドが笑う。


『この子が自分で生きられるなら、それでいい』


 その瞬間。


 後ろから声がした。


『アルド』


 三十一番だ。


『お前は死ぬぞ』


『知っている』


『この子を残して?』


『ああ』


『五十年後、この子が何者になるか分からない』


『それでいい』


 アルドが俺を見る。


 そして。


 小さな俺の額に手を置いた。


『レイン』


 今度は。


 確かに俺に向けて。


『お前の人生は、お前が決めろ』


 視界が揺れる。


『俺の人生を継ぐ必要はない』


 アルドの声が遠ざかる。


『俺の死体になる必要もない』


 そして。


『俺を忘れていい』


 ――そこで。


 映像が途切れた。


「……!」


 俺は目を開けた。


 地下室。


 ミラが俺の肩を掴んでいる。


「レイン!」


「……ああ」


「大丈夫?」


「たぶん」


「顔、真っ青だよ」


「そうか」


 俺は棺を見る。


 中の布が消えている。


「……え?」


 三十一番が驚く。


「布がない」


 俺の手を見る。


 いつの間にか。


 俺の手の中にあった。


「なんで……」


 布には。


 新しい文字が浮かんでいる。


 ――三十二号:破棄


 俺は息を止めた。


「破棄……?」


 そして。


 その下に。


 別の文字。


 ――レイン:生存


 三十三番が呟く。


「……アルドは、三十二号を捨てたのか」


 零番が首を振る。


「違う」


「何?」


「三十二号を捨てたんじゃない」


 零番が俺を見る。


「三十二号という役割そのものを捨てたんだ」


「……」


「だからお前は――」


 零番が言葉を続ける。


「三十二号ではなくなった」


 俺は布を見る。


 そこにはまだ。


 三十二


 の文字がある。


「じゃあ、俺は何なんだ?」


 零番は答えない。


 代わりに。


 棺の底から。


 小さな金属音がした。


 カン。


 俺たちは全員、棺を見る。


 底に。


 一枚の金属板が隠されていた。


 三十一番が拾う。


「……記録だ」


「何て書いてある?」


 三十一番が読む。


 そして。


 顔を強張らせた。


「五十年前――」


「何?」


「初代レイン、死亡」


 俺は息を呑む。


「その下に……」


 三十一番が続ける。


「死亡理由――」


 そこで止まった。


「何?」


「……記録なし」


「は?」


 さらに。


 最後の一行。


 それだけは。


 誰にも読めないほど削られていた。


 だが。


 一番がそれを見て。


 初めて動揺した。


「……ありえない」


「何が?」


「この記録を削ったのは――」


 一番が俺を見る。


「アルドじゃない」


「じゃあ誰?」


 一番は答えた。


「レイン自身だ」


「……俺?」


「五十年前のお前が、自分の死亡理由を消した」


 俺は言葉を失う。


 そして。


 その瞬間。


 地下のどこかで。


 カン。


 カン。


 カン。


 新しい声が響いた。


『死亡理由の記録を復元します』


 俺たち全員が凍りつく。


『復元開始』


 壁に文字が浮かぶ。


 ――初代レイン


 ――死亡理由:


 そこから先が。


 一文字ずつ。


 浮かび上がっていく。


 ――自分自身による――


 そこで。


 文字が止まった。


 そして。


 最後の一文字だけが。


 ゆっくりと現れた。


 ――殺害。

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