第22話 一番
「五十年ぶりだな」
一番がそう言った。
対する三十二号は、ゆっくりと立ち上がった。
「お前が来るとは思わなかった」
「私もだ」
「嘘だな」
「何?」
「お前はずっと待っていた」
一番は答えなかった。
俺は二人を見る。
会話の意味が分からない。
だが。
一つだけ分かる。
この二人は――
五十年前から知り合いだ。
「三十三番」
俺は小声で呼ぶ。
「何だ」
「あの二人、何者?」
「一番は回収人の始祖だ」
「始祖?」
「ああ」
「じゃあ三十二号は?」
三十三番が答える。
「最初の失敗作だ」
「……」
「俺たち回収人は、あれを基準に作られた」
「じゃあ、あいつが一番古い?」
「そうだ」
目の前で、一番が歩き出す。
三十二号も構える。
「戦うの?」
ミラが聞く。
「たぶん」
「逃げる?」
「たぶん」
「どっち?」
「分からない」
「役に立たないわね」
「俺だって困ってる」
次の瞬間。
ガンッ!
二人がぶつかった。
速い。
目で追えない。
壁が砕ける。
床が割れる。
「……」
俺は口を開けたまま見ていた。
「レイン」
「何?」
「あなた、あれに混ざらないでね」
「混ざれると思う?」
「思わない」
「なら安心して」
二人の戦いは続く。
一番が剣を振る。
三十二号が避ける。
そして反撃。
だが、一番は簡単に受け止めた。
「弱くなったな」
「五十年経ったからな」
「そういう意味ではない」
一番が三十二号の胸を掴む。
「お前には、もう『死』がない」
「……」
「アルドの死を捨てたな」
三十二号の顔が歪んだ。
「俺は自由になった」
「それは自由とは言わない」
「なら何だ?」
「空っぽだ」
その言葉に。
三十二号が動きを止めた。
一番の拳が入る。
ドンッ!
壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
俺は思わず声を出した。
「大丈夫か!?」
三十二号がこちらを見る。
「……お前は」
「何?」
「なぜ、そんな顔をする?」
「そんな顔って?」
「心配している」
「そりゃ……」
俺は言葉を止める。
俺と同じ顔だ。
見ていて放っておけない。
「……知らない」
三十二号は目を細めた。
「お前は本当に奇妙だ」
「よく言われる」
「褒めていない」
「知ってる」
一番が再び剣を構えた。
「話は終わりだ」
三十二号が立ち上がる。
「そうだな」
そのとき。
三十二号が俺を見る。
「レイン」
「何?」
「お前は何も知らない」
「……」
「だから教えてやる」
「何を?」
「アルドが死んだ理由だ」
俺は息を呑んだ。
「五十年前――」
三十二号が言う。
「アルドは魔王と戦ったんじゃない」
「……」
「自分自身と戦った」
一番が口を挟む。
「余計なことを話すな」
「こいつには知る権利がある」
「まだ早い」
「五十年間ずっと『まだ早い』だ」
三十二号が笑う。
「だから、何も終わらなかった」
俺は聞く。
「アルドは……自分自身と戦った?」
「ああ」
「どういう意味?」
「勇者アルドには――」
三十二号が胸元を指す。
「もう一人の自分がいた」
俺の心臓が跳ねた。
「もう一人?」
「ああ」
「それが……魔王?」
「違う」
「じゃあ?」
三十二号が俺を見る。
「アルドの『生きたい』という意思だ」
「……」
意味が分からない。
三十二号は続ける。
「アルドは勇者として死ぬことを選んだ」
「だから……」
「だから、自分の中にある『生きたい』を切り離した」
「それが?」
「俺だ」
俺は言葉を失った。
「じゃあ……」
「そうだ」
三十二号が笑う。
「俺はアルドの『生きたい』だ」
胸がざわつく。
「じゃあ俺は?」
三十二号が答える。
「お前は――」
その瞬間。
一番が剣を投げた。
三十二号の足元に突き刺さる。
「それ以上は言うな」
空気が張り詰める。
一番が俺を見る。
「レイン」
「……何?」
「お前は、まだ知らなくていい」
「でも――」
「知らないからこそ、お前は生きられる」
「……」
一番は三十二号を見る。
「そして三十二号」
「何だ」
「お前は回収する」
三十二号が笑った。
「できると思うか?」
一番も笑う。
「五十年前と同じだ」
「……」
「お前は必ず戻ってくる」
二人が再び構える。
そのとき。
俺の徽章が鳴った。
カン。
文字が浮かぶ。
――回収対象変更。
俺は目を見開く。
次の文字。
――三十二番 → 一番。
「……え?」
一番がこちらを見る。
その表情が初めて崩れた。
「……誰が命令した?」
徽章がもう一度鳴る。
カン。
――回収を開始する。
三十三番が呟いた。
「そんな……」
「どうした?」
「この命令は――」
男が青ざめる。
「五十年前に、アルドが最後に残した命令だ」
地下の奥。
何かが動いた。
そして。
聞こえた。
あの声。
俺の名前を呼ぶ声。
「レイン」
俺は振り返った。
誰もいない。
それなのに。
確かに聞こえた。
「――今度は、お前が俺を回収しろ」




