第21話 本当の三十二号
暗い。
何も見えない。
音もない。
ただ、頭の中だけが騒がしい。
雪。
血。
炎。
誰かの叫び声。
そして――
俺。
小さな俺。
誰かに抱かれている。
『この子に、俺の死を入れろ』
アルドの声。
『それをやれば、アルドは完全に死ぬ』
別の声。
『それでもいい』
「……!」
目を開けた。
「レイン!」
ミラの顔が目の前にある。
「大丈夫!?」
「……頭が痛い」
「急に倒れたのよ!」
俺は起き上がろうとする。
だが、身体に力が入らない。
「ここ……」
「まだ地下」
三十三番が立っている。
その顔は険しい。
「三十二号は?」
「消えた」
「……」
「どこへ?」
「分からない」
「またか」
俺は頭を押さえた。
「なあ」
三十三番を見る。
「俺は……三十二号じゃないのか?」
「ああ」
「じゃあ、あいつは?」
「本当の三十二号だ」
「俺と同じ顔だった」
「そうだ」
「俺より前に作られた?」
「違う」
「じゃあ?」
三十三番は少し迷ってから答えた。
「お前と同時に作られた」
「……」
意味が分からない。
「二人?」
「ああ」
「同じ身体?」
「違う」
「じゃあ、どうして顔が同じ?」
三十三番は壁を指差した。
そこに記録がある。
三十二号――器
その下。
三十二号――人格
さらに。
三十二号――記憶
俺は文字を見つめた。
「三つ……?」
「そうだ」
「じゃあ、あいつは?」
「人格と記憶を持つ三十二号」
「俺は?」
「器を持つ三十二号」
「……」
俺は自分の手を見る。
「じゃあ俺の人格は?」
三十三番は答えない。
「おい」
「……」
「俺の人格はどこから来た?」
そのとき。
老人がゆっくり歩いてきた。
「そこが、一番重要なところだ」
「教えてくれ」
「お前の人格は――」
老人が俺を見る。
「アルドではない」
俺は少し安心した。
「じゃあ誰?」
「分からない」
「……」
また。
「五十年間、誰にも分からなかった」
「俺自身も?」
「そうだ」
「ふざけるな」
思わず声が大きくなった。
「俺はずっと俺として生きてきた!」
「そうだ」
「母さんも父さんも、俺を育ててくれた!」
「ああ」
「俺は俺だ!」
老人は頷いた。
「その通りだ」
「じゃあ何が問題なんだ?」
「お前の身体だ」
老人は俺の胸を指す。
「その身体は五十年前に作られた」
「……」
「だが、お前の人格は二十八年前に生まれた」
「じゃあ――」
俺は息を呑む。
「二十八年前に、俺の中に誰かが入った?」
「そうだ」
「誰?」
老人は首を振る。
「それが分からない」
俺は深く息を吐いた。
「結局、何も分からないじゃないか」
ミラが肩を叩く。
「でも一つ分かった」
「何?」
「レインがレインじゃないってわけじゃない」
「……」
「あなたがどうやって生まれたかは分からなくても」
ミラは俺を見る。
「今ここにいるあなたは、レインでしょ」
俺は黙った。
「……そうだな」
三十三番が小さく笑った。
「いい仲間を持ったな」
「仲間?」
ミラが反応する。
「誰が?」
「お前だ」
「……」
「違う?」
「いや……」
ミラが少し照れたように目を逸らす。
「違わないけど」
「なんだそれ」
俺は少し笑った。
だが。
その瞬間。
地下全体が揺れた。
「何!?」
天井から砂埃が落ちる。
三十三番が上を見る。
「……まずい」
「今度は何?」
「地上が破られた」
「誰に?」
「回収人だ」
「また?」
「今度は違う」
「何が?」
三十三番は剣を握り直す。
「三十番台じゃない」
「じゃあ?」
「もっと古い番号だ」
遠くから。
足音。
一歩。
一歩。
一歩。
そして。
地下の入口に人影が現れた。
黒い外套。
胸元には。
『一』
俺は息を呑んだ。
「一番……?」
男はゆっくり顔を上げた。
そして俺を見る。
「ようやく見つけた」
「……俺を?」
「ああ」
「何のために?」
男は静かに答えた。
「三十二番を回収するためだ」
俺は眉をひそめる。
「俺は三十二番じゃない」
「知っている」
「……え?」
「お前を回収する必要はない」
一番は俺の横を通り過ぎる。
そして。
奥にある「本当の三十二号」を見た。
「回収するのは――」
一番が微笑む。
「あちらだ」
暗闇の奥。
本当の三十二号が目を開いた。
赤い瞳が光る。
「……来たか」
一番が答える。
「五十年ぶりだな」
二人が向き合う。
俺はその光景を見ながら思った。
どうやら。
俺を巡る話ではなかったらしい。
――少なくとも、まだ。




