第2話 妙な依頼
死体には、持ち主がいる。
当たり前の話だ。
死んだ人間にも家族がいる。
だから俺たちは、遺体を見つけたら名前を確認する。
名前が分からなければ、身につけていた物を調べる。
指輪。
剣。
財布。
時には、歯の形まで調べる。
そして本人だと確認できたら、家族のもとへ帰す。
――問題は。
「これ、誰?」
「さあ」
「さあって……」
目の前にあるのは、三日前に拾った死体だった。
町の共同墓地。
その隅にある小さな作業場で、俺と受付のミラは遺品を並べている。
剣。
革袋。
銀貨十四枚。
古びた手帳。
そして、謎の木製スプーン。
「なんでスプーン?」
「本人の物じゃない?」
「じゃあ、なんで血がついてるの?」
「……」
「しかも名前が書いてある」
「誰の?」
「俺」
「お前のかよ!」
ミラが頭を抱えた。
「なんで私の名前が死体の遺品に書いてあるのよ」
「知らない」
「怖いんだけど」
「俺も怖い」
死体の名前は、まだ分かっていない。
町の外れで発見された男。
年齢は三十代。
冒険者らしい。
身分証は持っていなかった。
顔も潰れていた。
だから現在、俺たちは身元を調べている。
ただ、手がかりがほとんどない。
「……この手帳は?」
ミラがページを開く。
中には、何かの記録がびっしり書かれていた。
日付。
場所。
人数。
魔物の種類。
どうやら冒険者としての活動記録らしい。
「読める?」
「字が汚い」
「読めないの?」
「俺より下手」
「じゃあ何で読めるのよ」
「仕事だから」
「便利ね、その理屈」
ページをめくる。
すると、一つだけ妙な記述があった。
五十年前の遺跡。
北方。
旧王国領。
そして――
同じ名前が何度も書かれている。
「……アルド」
俺が呟く。
「誰?」
「分からない」
「人の名前?」
「たぶん」
そのページだけ、何度も書き直された跡があった。
アルド。
アルド。
アルド。
最後には、乱暴に文字が塗り潰されている。
「気味悪いわね」
「まあ、死体の手帳だからな」
「そういう問題?」
俺は手帳を閉じた。
そのときだった。
作業場の扉が開いた。
「失礼する」
入ってきたのは、町の衛兵隊長だった。
珍しい。
遺体回収の仕事で、衛兵隊長が直接来ることなんてほとんどない。
「何か?」
「依頼がある」
「遺体ですか?」
「そうだ」
隊長は一枚の紙を机に置いた。
「北の山で、冒険者が一人行方不明になった」
「いつ?」
「四日前」
「生存の可能性は?」
「低い」
「なら捜索ですね」
「ああ」
俺は依頼書を読む。
報酬――金貨一枚。
思わず顔が緩む。
「受けます」
「まだ最後まで読んでいないだろう」
「金貨一枚ですよ」
「……お前は本当に金に弱いな」
隊長がため息をつく。
「ただし、条件がある」
「何です?」
「山の中にある旧迷宮には入るな」
俺は顔を上げた。
「旧迷宮?」
「ああ」
「そこに行方不明者がいる可能性は?」
「ある」
「じゃあ入ります」
「話を聞け」
「はい」
「入るな」
「……はい」
「絶対にだ」
隊長の顔は真剣だった。
いつもの仕事なら、こんな念押しはしない。
「何かあるんですか?」
俺が聞く。
隊長は少し黙った。
「昔、そこで大量の死者が出た」
「魔物ですか?」
「違う」
「盗賊?」
「違う」
「じゃあ何です?」
隊長は答えなかった。
代わりに、古びた紙を一枚取り出した。
「これを持っていけ」
紙には、簡単な地図が描かれている。
北の山。
その奥にある小さな印。
「ここが遺体の最後の目撃地点だ」
俺は地図を見る。
「……この場所」
「どうした?」
俺は昨日拾った手帳を取り出した。
最後のページを開く。
そこには――
同じ場所が書かれていた。
そして、その横に一言。
『アルドの墓を見つけた』
「隊長」
「なんだ」
「アルドって誰です?」
隊長の表情が変わった。
ほんの一瞬だった。
だが、俺には分かった。
知っている。
この男は、アルドという名前を知っている。
「……知らない」
「そうですか」
「本当に知らん」
「二回言いましたね」
「うるさい」
隊長は立ち上がった。
「明日の朝、出発しろ」
「分かりました」
「そして――」
扉の前で、隊長が振り返った。
「もし旧迷宮への入口を見つけても、絶対に入るな」
「分かりました」
「約束できるか?」
「はい」
「……ならいい」
隊長は出ていった。
俺は地図を見つめる。
ミラが隣から覗き込んだ。
「入るんでしょ?」
「入らない」
「嘘」
「入らない」
「金貨一枚だもんね」
「……」
「絶対入るじゃん」
俺は答えなかった。
ただ、机の上に置かれた手帳をもう一度開いた。
最後のページ。
そこに書かれた文字を見つめる。
――『アルドの墓を見つけた』
そして、その下には。
最初は気づかなかった、小さな文字があった。
『だが、墓の中には何もなかった』
俺は手帳を閉じた。
明日は北の山へ向かう。
いつもの遺体回収だ。
たぶん。




