第12話 遺体
「回収対象、確認」
徽章に浮かんだ文字を見つめる。
俺は黙っていた。
頭の中が追いつかない。
「……俺は死体じゃないぞ」
最初に出てきた言葉が、それだった。
男は黙って俺を見る。
「生きてる」
「ああ」
「飯も食う」
「ああ」
「寝る」
「ああ」
「昨日もちゃんとトイレに行った」
「それは聞いていない」
ミラが横で顔を伏せた。
笑っている。
「お前、笑うところじゃないぞ」
「ごめん。でも……」
肩が震えている。
「こんな状況でそれ言う?」
「大事だろ」
「大事じゃないわよ」
男はため息をついた。
「お前は昔からそうだったのか?」
「昔を知らない」
「……そうだったな」
男は家の中へ入った。
父さんが警戒する。
「何をするつもりだ」
「話をするだけだ」
「信用できない」
「俺もお前を信用していない」
「だったら帰れ」
「帰れない」
男は俺を見る。
「こいつを見つけた以上、俺には義務がある」
「義務?」
「回収することだ」
またその言葉。
俺は嫌な気分になった。
「俺は回収されない」
「なぜ?」
「仕事柄、人を回収する側だからだ」
「……」
「回収される側になるつもりはない」
男は少しだけ笑った。
「変わってないな」
「何が?」
「その言い方だ」
「俺と会ったことがあるのか?」
「ある」
「いつ?」
「五十年前」
俺は黙った。
「俺、二十八歳だぞ」
「知っている」
「じゃあ、おかしいだろ」
「おかしいのは、お前のほうだ」
「ひどい」
ミラが小声で言う。
「そこ怒るところ?」
「俺は普通だ」
男は首を振った。
「普通じゃない」
そして、俺の手にある徽章を指差した。
「それを見せろ」
「嫌だ」
「なぜ?」
「なんとなく」
「子供か」
「知らない人に大事な物を見せるなって母さんに教えられた」
母さんが小さく頷く。
「そうよ」
「母さん、今それ言う?」
「大事なことだから」
男は苦笑した。
「……なるほど」
しばらく考えたあと、男は懐から何かを取り出した。
同じ徽章。
だが、少し違う。
王国の紋章。
裏側には――
『三十一』
俺の徽章は三十二。
「……」
「俺は三十一番」
「騎士団?」
「違う」
「じゃあ何?」
「回収人だ」
俺は目を見開いた。
「俺と同じ?」
「そうだ」
「五十年前から?」
「ああ」
男は徽章をしまった。
「当時、俺たちは六人いた」
「……」
「アルド」
「勇者?」
「そうだ」
「それから五人」
男は一度、目を伏せた。
「俺はそのうちの一人だ」
俺は息を呑んだ。
「五人の墓」
「ああ」
「じゃあ、あなたは――」
「死んだことになっている」
「……」
意味が分からない。
「生きてるのに?」
「ああ」
「じゃあ、五人の墓は?」
「空だ」
「なんで?」
「俺たちは死んでいない」
「じゃあ、どうして死んだことになってる?」
男は答えなかった。
代わりに、俺の父さんを見る。
「話す時が来た」
父さんは目を閉じた。
「……そうだな」
そして俺を見る。
「レイン」
「何?」
「お前に話していなかったことがある」
「知ってる」
「五十年前、北の山に行ったのは六人じゃない」
「え?」
「七人だった」
俺は固まった。
「新聞には六人と書いてあった」
「ああ」
「記録も六人」
「ああ」
「でも実際は七人?」
「そうだ」
「じゃあ、その七人目は?」
父さんは答えた。
「お前だ」
「……」
俺は笑った。
「いやいや」
思わず笑ってしまった。
「俺、二十八歳だぞ」
「分かっている」
「五十年前にいたなら、俺は……」
「人間としては存在していない」
「じゃあ何なんだよ」
誰も答えない。
男だけが静かに口を開いた。
「アルドが最後に作ったものだ」
「作った?」
「そうだ」
「何を?」
「命を」
俺は自分の手を見る。
普通の手。
血が通っている。
傷も治る。
腹も減る。
「俺は……人間じゃない?」
男は首を横に振った。
「違う」
「じゃあ?」
「人間だ」
「どっちだよ」
「お前は人間として生まれた」
「……」
「ただし――」
男は俺をまっすぐ見た。
「お前の中には、アルドの『死』が入っている」
その瞬間。
徽章が激しく震えた。
カン。
カン。
カン。
裏側の文字が変わる。
『六人目』
そして、その下。
『死亡記録――未完了』
俺は息を止めた。
男が静かに言う。
「だから、お前を回収する必要がある」
「……俺が死んだら?」
「五十年前の事件が終わる」
「終わるって?」
「アルドが死んだことになる」
俺は理解した。
俺が生きている限り。
勇者アルドは――
まだ死んでいない。
そのとき。
外から大きな音が響いた。
ドンッ!
家が揺れる。
父さんが窓を見る。
「……遅かった」
「何が?」
男が立ち上がる。
「回収に来たのは、俺だけじゃない」
外を見る。
夜の道に。
一人。
二人。
三人。
黒い外套を着た人間が立っている。
その手には、それぞれ古びた徽章。
数字が刻まれている。
二十七。
二十八。
二十九。
男が低く呟いた。
「三十番台が揃った」
そして――
俺の徽章が、最後に一度だけ鳴った。
カン。
文字が浮かび上がる。
『回収開始』




