第11話 迎えに来た人
父さんがそう言った直後だった。
窓の外で、何かが動いた。
人影。
月明かりの下を、一人の男が歩いている。
黒い外套。
深く被ったフード。
「……あいつ」
俺は立ち上がった。
昼間、酒場で見た男と同じだった。
「知ってるのか?」
父さんが聞く。
「ああ。町で一度見た」
「そうか……」
父さんの顔から血の気が引いていく。
「母さん」
「ええ」
母さんが静かに立ち上がった。
「レイン。裏口から出て」
「何で?」
「いいから」
「嫌だ」
「レイン!」
「俺のことだろ」
父さんと母さんが黙った。
「五十年前の事件も、俺が北の山で拾われたことも、全部俺に関係してる」
俺は窓を見る。
「だったら、逃げたくない」
「……」
「今まで何も知らなかった」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「だから今度は、自分で知りたい」
父さんはしばらく俺を見つめていた。
そして――
「分かった」
小さく頷いた。
「なら、これを持っていけ」
父さんが棚の奥から箱を出した。
古い木箱。
鍵がかかっている。
「何?」
「お前が見つかった日に、一緒にあったものだ」
箱を開ける。
中には一冊の本。
古びた日記だった。
「俺の?」
「違う」
「誰の?」
「分からない」
表紙には名前がない。
ただ、裏側に小さな文字が刻まれている。
『第六記録』
「六……」
俺はページを開いた。
最初のページ。
そこには日付が書かれていた。
五十年前。
「……」
読み進める。
内容は簡単な記録だった。
天候。
食料。
移動経路。
怪我。
まるで冒険者の日誌。
だが、途中から文章が変わっていた。
――五日目。
アルドが戻ってこない。
――六日目。
捜索開始。
――七日目。
墓を発見。
――八日目。
アルドの遺体なし。
俺の指が止まった。
「これ……」
ミラが横から覗き込む。
「五十年前の記録?」
「ああ」
さらにページをめくる。
――九日目。
四人死亡。
――十日目。
逃げる。
――十一日目。
見つかった。
――十二日目。
五人目死亡。
そして最後のページ。
そこには、一行だけ。
『六人目を残す』
「……」
「レイン」
ミラの声が震える。
「これって……」
「分からない」
その瞬間。
玄関を叩く音がした。
ドン。
ドン。
ドン。
母さんが俺の腕を掴む。
「来た」
「誰?」
「……あの人」
父さんが答える。
「五十年前、私たちが北の山で会った男だ」
ドン。
また扉が鳴る。
「父さん」
「何だ?」
「あの人は何者なんだ?」
父さんは答えなかった。
代わりに、玄関へ向かう。
「待って」
俺も立ち上がる。
「俺も行く」
「駄目だ」
「なんで?」
「お前が会ったら――」
父さんの言葉が止まった。
「……何?」
父さんは苦しそうに俺を見る。
「お前は、あの人を知っている」
「俺が?」
「ああ」
「会ったことないぞ」
「そうじゃない」
父さんは首を振った。
「お前は――」
そのとき。
玄関の扉が開いた。
父さんが動きを止める。
黒い外套の男が立っていた。
フードの奥から、顔が見える。
年齢は四十代くらい。
疲れた顔。
左目に大きな傷。
そして、その男は俺を見ると――
驚いたように目を見開いた。
「……アルド?」
「え?」
男が一歩下がる。
「違う」
首を振る。
「そんなはずはない」
俺は立ち上がった。
「俺のことを知ってるのか?」
「……」
「答えてくれ」
男は俺ではなく、父さんを見る。
「お前たち……まだ隠していたのか」
父さんが答える。
「この子は何も知らない」
「だからこそ危険なんだ」
「何の話だ?」
俺が割って入る。
男は俺を見る。
そして――
「お前は、アルドの息子じゃない」
俺は黙った。
「アルド本人でもない」
男が続ける。
「お前は――」
そこで男の視線が、俺の首元へ向いた。
「アルドが死ぬ直前に残した『最後の遺体』だ」
意味が分からなかった。
「……俺が?」
男は頷く。
「そうだ」
「俺は人間だ」
「ああ」
「生きてる」
「ああ」
「じゃあ――」
男は静かに言った。
「だから、お前を回収しに来た」
俺の背後で。
ミラが息を呑んだ。
そして俺の手の中にあった徽章が――
カン。
鳴った。
裏側に新しい文字が浮かび上がる。
『回収対象、確認』
その下に。
『生存を確認』




