↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/30

第9話 次期部長権限

「大会についてのお話をするよ~。静粛に~」


 西山《にしやま》先輩の間延びした声が部室に響く。


「…………」


「…………」


「あ、あれ~? 二人とも、せっかくの大会だよ~。もっとテンション上げていかないと~。なんで黙りこくってるのさ~」


「いや、西山先輩が『静粛に』って言ったからじゃないですか」


「渡辺(わたなべ)君。的確な突っ込みお見事です」


 里美《さとみ》さんに褒められてしまった。嬉しい。


 西山先輩は「言葉って難しいな~」なんて言いながら、持っていた紙を僕たちに手渡す。


 全国高等学校将棋選手権大会地方予選エントリーシート。


 角ばった太文字が、僕の目に飛び込んできた。


「それじゃあ、始めるね~。言うまでもないことだけど、私たち将棋部は、毎年この大会に出てるよ~。日本将棋連盟主催の大規模なやつで、結構注目度が高いんだ~」


「テレビの取材もあるって聞きましたけど、本当ですか?」


「全国大会の上位者にはインタビューがあったりしますね。日曜日放送のN〇K将棋講座で特集されたり。地方予選ですと、せいぜい新聞の小さな記事に結果が載るくらいだったかと」


「そうそう~。さすが、去年の全国大会準優勝者~。もう勝手知ったるって感じだね~」


 パチパチと拍手する西山先輩。


 改めて実感する。里見さんがどれほどすごいことをやってのけたのか。窓の外から見える、本館中央に掛けられた大きな垂れ幕。里見(さとみ)桂花《けいか》の文字が、風になびいていた。


「で、実は一つ決めなきゃいけないことがあってね~」


「決めなきゃいけないこと、ですか?」


「その紙、見てごら~ん」


 促されるまま、エントリーシートに視線を落とす。


『団体戦出場者はA欄に、個人戦出場者はB欄に記入をお願いします』


 最初の一文。そんな注意書きが記載されていた。


「団体戦に出るか、個人戦に出るかですね」


「里見ちゃん正解~。一ポイント獲得~」


 謎のポイントが加算される。集めれば何がもらえるのかという疑問は一旦脇に置いておこう。


「あの。僕、将棋の大会に出るのって実は初めてなんですけど。個人戦はまあ分かるとして。団体戦って?」


「団体戦は、数名で一つのチームを作って出場する形式ですね。この大会では、三人で一チームの扱いです。だから、私たちでも出場できます」


「三人で……。ということは、一人が負けても、二人が勝てば次に進めるってことですか?」


「渡辺ちゃん正解~。一ポイント~」


「あ、どうも」


 というか、西山先輩。今日はやたらとテンション高いな。もしかして、大会が近づいてるからワクワクしてる、とか?


「去年、私は個人戦で出場しましたけど。部長と卒業された先輩方は団体戦で出場されていましたね」


「そうだった、そうだった~。で、今年はどうする~?」


 三人で団体戦に出場するか。一人一人個人戦に出場するか。これからを左右する重要な二択が目の前に迫っていた。


「ちなみに私は、どっちでもいいかな~。二人の意見を尊重するよ~」


「え? いやいや。一応、西山先輩はこの部の部長ですし。部長権限で決めるというのもありなんじゃ」


「う~ん。私、部長権限とか苦手だからな~。そういう渡辺ちゃんはどうなの~?」


「ぼ、僕ですか?」


 突然の指名に困惑する僕。思わず考え込む。


 初めて出場する将棋大会。しかも、かなり大規模なもの。ワクワクもあるけど、不安の方が大きい。会場の雰囲気とか、どんな人がいるとかも分からないし。なら、一人で戦う個人戦より、チームで戦う団体戦の方が気持ち的にも楽だ。それにやっぱり、里見さんと一緒に……。


「思い出すな~。里見ちゃんの大活躍~」


「部長。去年は去年。今年は今年ですよ」


 二人の雑談が聞こえる。


 ……あ。


 不意に気づく、一つの可能性。


 体から熱が抜けていく感覚。恐怖心が一気に押し寄せ、眩暈のような症状が僕を襲う。血の気が引くなんて言葉があるけれど、きっとこういう時に使うんだろう。


 ダメだ。


 それだけは、絶対にダメだ。


 叶ってはならない願望と、うごめき続ける恐怖心。その二つをどうにか心の隅に隠し、僕はいつも通りの自分を装いながら口を開いた。


「西山先輩」


「お。決まったかな~?」


「はい。僕は個人戦に出るべきだと思います」


 その答えに、西山先輩は「お~」と感心するような声を漏らす。


「ちなみにどうして~?」


「団体戦もすごく魅力的ですけどね。ただ、僕としては孤軍奮闘したいといいますか。僕にとっては初めての大会なわけですから。まずは個人戦から経験した方が無難かなって」


 これでいいんだ。


 無意識のうちに、僕は里見さんに視線を向けていた。同じくこちらを見ていた彼女と目が合う。彼女の浮かべる怪訝な表情に、僕は少しだけたじろいでしまった。


「なるほど~。一理あるね~。じゃあ次は、里見ちゃんの意見も聞こうかな~」


「…………」


 里見さんは何も答えない。ただ黙って僕を見つめている。


「里見、さん?」


「ん~? 里見ちゃん、どうかした~?」


「……私、団体戦に出たいです」


 ポツリと。呟くように、彼女はそう告げた。


「わ~お。意見が割れちゃったね~」


 西山先輩が楽しそうに笑う。けれど、僕はそれどころではない。


「ど、どうして? せっかくなんですから、個人戦に出ましょうよ」


「いえ。団体戦がいいですね」


「こ、個人戦なら、里見さんものびのび指せるんじゃないですか?」


「渡辺君。私、こればかりは譲れませんよ」


 僕以外の人がこの場にいるから、里見さんはキャラ作りをしている。髪もちゃんと一つ結びだ。こういう時の彼女は、他人と話を合わせるのが上手い。それなのに、今日は違っていた。驚くほどの強情さ。まるで、キャラ作りを忘れているかのように。


「むむむ~。これは、私の一票が大事になってくるわけか~。けど私、本当にどっちでもいいからな~」


 互いに譲らず、肝心の部長もどっちつかず。この調子じゃ、話が平行線のままだ。


「……渡辺君。先ほど、部長権限がどうとか言っていましたね」


「え? ま、まあ、言いましたけど」


 部のことは部長が決める。いたって自然なことのはず。


 里見さんは、「う~ん」と絶賛唸り中の西山先輩に向き直る。


「部長。大変失礼なことをお聞きしますが。部長が卒業された後、誰が次の部長となる予定でしょうか?」


「え~? そりゃ、学年的に里見ちゃんでしょ~」


「なるほど。ありがとうございます。それが聞けて安心しました」


 笑みを浮かべる里見さん。次の瞬間、彼女は決定打となる一言を言い放った。


「次期部長権限を発動します」





♢♢♢





「じゃ、ちょっと早いけど、りゅうちゃんが待ってるから私は先に帰るね~。エントリーシートは顧問の先生に提出しておくよ~」


 そう言い残し、西山先輩はダッシュで部室から出ていった。間延びした口調からは想像もつかない俊敏さ。りゅうちゃん、もとい糸谷《いとたに》先輩への愛は今日も健在だ。


 取り残された僕たち。里見さんは、いつの間にかほどいていた髪をクルクルと弄びながら、無言でテーブルの上を見つめている。何とも気まずい空気。


「あの……里見さん。どうして――」


「どうして私が団体戦にこだわったのかって?」


 言い切る前に、先にセリフを取られてしまった。僕は情けなく口をもごつかせる。


「教えてあげてもいいよ。けど、交換条件」


「え?」


「ナベくんが個人戦にこだわった理由をちゃんと話してくれたら、ね」


 怖いくらいの真顔とともに、里見さんのまっすぐな視線が僕を突き刺した。


 理由なんて……。


 心の隅に隠していたものが、姿を見せようともがき始める。けれど、それを許すわけにはいかない。


「さ、さっきも言ったじゃないですか。孤軍奮闘したいからって」


「嘘」


「な……」


 一瞬で切り捨てられる僕の言葉。たじろぐ僕を見て、里見さんは小さくため息をついた。


「私、ナベくんの全部を知ってるってわけじゃないけどさ。『孤軍奮闘したい』なんていうキャラじゃないと思うんだよね。しかも明らかに作り話っぽいし」


「それは……」


「仕方ない。ナベくんがごまかそうとするなら、私が代わりに言ってあげるよ」


 里見さんが、僕の心の隅にあるそれを引っ張り上げる。


「私に迷惑かけたくないから、でしょ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。