第10話 迷惑禁止!
団体戦に出たい。里見さんと一緒に戦いたい。そんな僕の願望は、とある不吉な予感によって打ち消された。
里見さんに、迷惑がかかるんじゃ……。
僕、里見さん、西山先輩の中で、圧倒的に実力不足なのが僕だ。三人一組の団体戦。二人が勝てば次に進めるわけだから、たとえ僕が負けたとしても敗退が決まるわけじゃない。けれど、高確率で負ける人がチームにいる。それがどれだけチームの足枷になるかは想像に難くない。もし、里美さんか西山先輩のどちらかが、何かのミスで負けてしまったら? その負けを自分がカバーできる? 悲しいことに、答えはNO一択。
百歩譲って、この大会で全てが完結するなら話は別だ。どんな結果になったとしても、誰もがそれを素直に受け入れる。大会が終わったら元の日常がちゃんと戻ってくる。そうあってくれたなら、僕は自分自身の身勝手な願望を表に出しただろう。
だが、現実は違う。去年の全国大会。彗星のごとく現れた里見桂花という名の女性が、準優勝を勝ち取った。その事実が示す意味は、僕の想像をはるかに超えている。
注目されているだろう。期待もされているだろう。もしかして今年は全国制覇か? そんなふうに考えている人もいるはずだ。なのに、結果は地方予選敗退。団体戦じゃなくて個人戦に出ればよかったのに。どうしてわざわざ負けに行くようなことを。失望され、責められ、悪い意味での好奇の視線が里見さんに向けられる。彼女がこれまで演じてきたキャラ。その努力と我慢が全て無駄になる。
『なん、で? グスッ。ご、ごめんなさい。ヒッグ。こんな。こんな、つもりじゃ。……うう、ううううう』
あの日。彼女の隠してきた感情を見てしまった者として。
『ありがとうね。渡辺君』
あの日。向けられたありのままの笑顔に、一目ぼれしてしまった者として。
彼女が傷つくようなことだけは、絶対に……。
♢♢♢
「…………」
「正解っぽいね」
呆れたようにため息をつく里見さん。僕は無言で顔を下に向ける。
里美さんに迷惑をかけないようにするには、個人戦出場の流れに持っていくしかない。そんな僕の企みは、どうやら彼女に筒抜けだったらしい。まるで、こちらの攻めを完全に読み切られていた時のような歯痒い気分だ。
「私のこと考えてくれるのは嬉しいよ。けど、そのために自分を犠牲にするなんてダメ。ナベくんに愚痴吐きまくってる私が言っても説得力ないだろうけどさ」
「犠牲になんか……」
「してるでしょ。少なくとも、私にはそうとしか思えなかった」
「…………」
「ねえ、ちゃんと教えて。ナベくんが本当に出たかったのはどっち? 団体戦? 個人戦?」
「……団体戦、です」
これ以上ごまかしても仕方がない。できてしまった傷を広げるだけ。里見さんの追求から逃れようと、僕は素直に投了を宣言することにした。
「やっぱり。もう、ナベくんってば」
里見さんが頬をプクリと膨らませる。
「けど、もし予選敗退なんてことになったら」
「その時はその時。私、部長の前で言ってたでしょ。『去年は去年。今年は今年ですよ』って。去年みたいな結果が残せるなんて、私自身思ってないよ」
「まあ、そうかもしれないですけど」
里見さんの言葉はいたって正論。けれど、そこまで綺麗に割り切ることができるほど、僕はできた人間じゃない。
「じ、じゃあ、里見さんはどうなんですか?」
「私?」
「団体戦と個人戦、本当はどっちに出たかったんですか?」
ほんの少し強い口調で尋ねてしまう僕。我ながらみみっちいことをしている自覚はある。それでも聞かずにはいられない。
僕とは反対に、里見さんは団体戦に出ることを譲ろうとしなかった。それに、普段は絶対に言わないであろう『次期部長権限』なんてのも使って。あの時にはすでに、僕の企みは彼女に気づかれていた。となれば、彼女の強情さは僕への呆れと反発から生まれたものと考えるのが自然。
つまり、『実は個人戦に出たかったけれど、僕の考えを汲み取って団体戦に出ることを推し進めた』なんて可能性も残っているというわけだ。
もしそうだったとしたら、里見さんも僕同様、自分を犠牲にしているわけで。僕だけが責められるのは納得が――
「私は、最初から団体戦に出たいと思ってたよ」
だが、僕の思惑とは裏腹に、里見さんは特に考えるそぶりもなくそう告げた。あまりにもすんなりで拍子抜け。どれだけ彼女を見つめても、取り繕う様子なんて微塵もない。告げられた言葉が嘘ではないとすぐに理解できた。
「ど、どうして、ですか?」
「そりゃ、ナベくんと一緒に戦いたかったから」
「……え」
思わず声が漏れる。彼女が抱いていたのは、僕が切り捨てた願望と同じものだった。
「む。なにさー。私がそんなこと考えちゃおかしいって?」
「いや、だって。僕なんか戦力にならないですし。里見さんに迷惑でしか」
「はい、迷惑禁止! いい加減、そのマイナス思考やめなよ。でないと私、怒るからね。ナベくんのこと、今後は『ベくん』って呼んじゃうよ。それでもいいの?」
なんて意味不明な怒り方。けど、その呼び名は怪しい擬音みたいでちょっと嫌かも。
里見さんはコホンと咳払いをした後、「これ、部長には内緒にしといてね」と前置きして話し始めた。
「知っての通り、私は去年個人戦に出たんだけど。部長と卒業した先輩たちが団体戦で盛り上がってるの、傍から見ててすごい羨ましかったんだよね。お互い頑張ろうって励まし合って。勝ったときは全力で笑い合って。私もそういうことできたらなと思ってたけど、人前でキャラ作っちゃう自分には難しくてさ。けど、今年はナベくんがいる。チームメイトがナベくんなら、私も遠慮なく団体戦で盛り上がれるかなって期待してるんだ」
里見さんの頬がうっすら朱に染まる。いろんなものを我慢してキャラ作りをしている彼女。これまでできなかったことの十や二十あってもおかしくない。
「……大会って、僕以外の人もいますよね。もちろん、西山先輩も。それでキャラ作らず盛り上がるって難しくないですか?」
「大丈夫。誰もいない場所にナベくん連れ込んでから、二人っきりで盛り上がる予定」
「…………」
「ナベくん?」
「その表現、ちょっと危ない気がするのでやめた方がいいですよ」
「?」
コテンと首をかしげる里見さん。どうやら意味がよく分かっていないご様子。分からなくていいけど。
にしても、そっか。里見さん、そんなこと考えてたんだ。
両手を力強く握りしめる。里見さんのために、自分を犠牲にした。けれどその実、全く彼女のためにはなっていなかった。むしろ、彼女の願いを邪魔していた。なんて情けない。情けなさすぎて悔しさが……いや、笑いが込み上げてくる。
笑い? ああ、そっか。僕、嬉しいんだ。里見さんが、僕と一緒に団体戦に出たいと言ってくれて。周囲の視線とか期待よりも、僕のことを優先してくれて。
「里見さん。僕、迷惑かけないよう頑張りますから。よろしくお願いしますね」
エントリーシートはもう書いた。里見さんの気持ちも聞けた。こうなれば、あとはもう前を向いて走るだけ。里見さんと一緒に戦って、少しでもチームに貢献して。ナベくんが心配してたこと、無駄になっちゃったねって言わせてやる。
「あー。また迷惑って言ってる。さっき禁止したでしょ。ベくん」
「……その呼び方はやめてください」
「ふふ。どうしよっかなー。意外といいかも、ベくん」
いたずらっ子のようなセリフとともに、里見さんは優しく微笑む。彼女が見せるありのままの無防備さが、僕の体温を急上昇させる。
キーンコーンカーンコーン。
完全下校十分前を知らせるチャイムが、校内にのんびりと鳴り響いた。




