第7話 仲いいね、二人とも
「こ、これはこれは。ようこそ将棋部へ。ささ、中に入ってください、りゅうちゃん」
「君までその呼び方してくるの? えっと。お邪魔しちゃっていいのかな?」
「もちろんです。いいですよね? 里見さん」
「ええ。私も大丈夫ですよ」
「とのことなので。ぜひぜひ」
「……君、なんか急にテンション高くない?」
そりゃ、ニヤニヤ話が聞けそうですからね! え? リア充爆発しろとか言ってたじゃないかって? それはそれ、これはこれ!
困惑する糸谷先輩を中へ招き入れる。先ほどまで僕が座っていた椅子に彼を座らせ、僕は里見さんの隣の椅子へ。二人して彼をまじまじと見つめる。さながら面接をするかのごとし。
「まさか、西山先輩の彼氏さんがやってくるなんて思ってもみませんでした。それでりゅうちゃ……糸谷先輩はどうして将棋の本を借りに? もしかして、将棋部への入部を考えてる、とか?」
「いや、自分も受験生だし、さすがに今から部活には入れないよ。まあ、しいて理由を挙げるなら……志歩かな」
「西山先輩?」
ほう。二人は「りゅうちゃん」、「志歩」と呼び合ってるのか。メモメモ。
糸谷先輩は眼鏡のブリッジを軽くいじり、恥ずかしそうに視線をテーブルへ向けたまま話し始めた。
「いまさら言う必要はないと思うけど、自分と志歩は付き合っていてね。お互いの好きなものとか得意なものとかもそれなりに理解してて、自然と共有することが多いんだ。その流れで、自分も将棋をやってみようと思い立ったわけ」
「ほうほう」
「でもお恥ずかしいことに、駒の動かし方くらいしか覚えられてなくて。戦法なんかはからっきし。志歩に教わろうともしたんだけど、彼女が言っていることがどうにも理解ができないというか」
苦笑いを浮かべる糸谷先輩。それを見て、僕と里見さんは「ああ」と声を漏らした。身に覚えがありすぎたから。
以前、西山先輩と将棋を指した時のことを思い出す。詰まされた自分の王将を眺めながら、「どこが悪かったですかね」と尋ねた際、彼女からはこう返ってきた。
『渡辺ちゃんはね~。もっとガッと攻めていかないとダメだよ~。駒たちがフニャフニャしてるから、スパーンって感じでやられちゃうんだと思う~。え? どこの局面の話かって~? え~と。全体的にかな~?』
うん。今思い出しても全くの意味不明。傍で見ていた里見さんも、あの時は首をかしげていたっけ。
僕や里見さんでさえ理解不能なんだ。完全初心者の糸谷先輩に理解しろというのは酷な話でしかない。
「とまあそういうわけで、初心者向きの本を探しててね。一人で探してもよく分からないし。志歩はあんな調子だからすごい難しそうなの勧めてきそうだし。将棋部に来れば、アドバイス受けながらいい本探せるかなと思って」
西山先輩、今軽くディスられたな。
とりあえず、事情は分かった。要するにこうだ。かわいい彼女のためにこっそり努力しようとするけなげな彼氏。
ふむ。リア充爆発しろ。
「なるほど。そういう理由でしたら、私は喜んで協力させていただきたいですね。将棋の布教というのも、将棋部の重要な役割ですし。渡辺君はいかがですか?」
「もちろん、僕も協力させてもらいます」
さすがに今の話を聞いて断るなんてことはできない。部外者に本を貸し出すのはどうかとも思っていたけど、糸谷先輩なら身内に片足を突っ込んでいるようなものだ。我が将棋部部長の幸せのために、一肌脱ぐとしよう。
「本当⁉ いやー、助かるよ! 二人ともありがとうね!」
勢いよく立ち上がった糸谷先輩が、人懐っこい笑みを浮かべる。もし彼に尻尾がついていたら、今頃ブンブン振られていたことだろう。というか僕、さっきもこの人のこと犬みたいって思ってたな。これはあれか? 犬系男子ってやつか? よく分かんないけど。
「じゃあ、さっそく始めましょうか。渡辺君。戸棚から初心者用の本を全て出してもらってもいいですか?」
「了解です」
戸棚から本を取り出し、机に並べる。その後、三人で本の中身を確認していく。僕も里見さんもまるっきり初心者というわけではないから、部室にある初心者用の本を読むのは初めてだ。適当に勧めて、実は難解なものでしたなんてことになったら申し訳ない。
「里見さん、これどうですか? 漫画形式で説明されてるから読みやすいと思いますけど」
「確かに読みやすいですね。これなら……あ。ダメです。やめておきましょう」
「え? どうしてですか?」
「最強戦法として『鬼殺し』が紹介されてます。しかも、攻めの成功例しか載せられていません」
「おう……」
なんて詐欺本! 危ない。とんでもないものを勧めるところだった。
「えっと。自分はその『鬼殺し』? についてはよく分からないんだけど。どんな戦法なの?」
「超絶有名なB急戦法です。しかも対策が簡単すぎて、下手をすれば四手目で劣勢になります」
「そ、それはだめそうだね。せっかくかっこいい名前の戦法なのに。……志歩は好きそうだな」
あ。それは何となく分かる。西山先輩、結構マイナーな戦法も好んで指すし。
「じゃあ、これはどうです?」
「書いていることが少し難しそうに感じますね。私や渡辺君ならすぐに理解はできるでしょうが」
あっちはどうか。こっちはどうか。里見さんとにらめっこ。そうしていると、不意にテーブルの向かい側から「ふふっ」と漏れるような笑い声が聞こえた。
「糸谷先輩?」
「どうかされましたか?」
二人して尋ねる。糸谷先輩は、そんな僕たちを見てなおも笑みをたたえていた。
「仲いいね、二人とも。なんか、一部活の先輩後輩って感じしないよ」
「え? そ、そうですかね?」
一瞬、いろいろなものを疑われているのかと思った。知らない間に里見さんの素が出ていて、みたいな。
「ま、まあ、私たちは同じ部活の仲間ですので。仲がよく見えるのは自然なのではないでしょうか」
一つ結びにした髪を弄びながら応答する里見さん。いつもより声が高くなっているし、頬が若干ひきつっている。きっと、彼女も僕と同じ不安を感じたのだろう。
「あいにく僕は、高校三年間帰宅部の予定だけどさ。君たちみたいな仲のいい後輩に囲まれてみたかったよ。志歩が羨ましいなあ。きっと、部活の時間をすごく楽しんでるんだろうね」
遠い目とともに告げる糸谷先輩。疑いをかけるような様子は微塵もない。どうやら、僕たちの杞憂だったようだ。
仲がいい……か。
チラリと里見さんに視線を向ける。彼女は、いまだに髪を弄びながら、「私も、部長といられて楽しいですよ」と当たり障りのないことを言っている。ひきつっていた頬は元通り。いつもの作ったような笑みが張り付いている。相変わらずの対応の早さだ。
そのせいで、彼女の奥底にある気持ちが分からない。
里見さん、僕と仲がいいって言われてどう思ってるんだろ。僕はめちゃくちゃ嬉しいのに。
僕たちの関係は、はっきり言って特殊だ。誰にも言えない愚痴を吐き出す、誰も知らない愚痴を聞く。謎の信頼を僕たちは持っている。けれど、その先へは進んでいない。僕は進みたいと思ってる。じゃあ、里見さんは?
「――くん。――べくん。……渡辺君!」
「へ? あ、ああ。どうしましたか? 里見さん」
「どうしましたかはこちらのセリフですよ。呼びかけても反応してくれませんでしたし。もしかして、体調でも悪いのですか?」
「え……あ、すいません。結局どの本にしようかなって迷っちゃってまして」
慌ててごまかす。不思議そうに首をかしげる里見さんと糸谷先輩。
「さ、さあ! そろそろちゃんとした一冊を選んじゃいましょう!」
狭い部室に、僕のわざとらしい声が響き渡った。




