第21話 ヘイ、ドラ〇もん!
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
時刻は十六時半。中途半端な時間ということもあって、下り電車の利用客は少ない。僕たちは悠々とソファー席に腰掛け、電車の揺れに身をゆだねていた。
「お前ら、マジでありがとう。学校の経費で大阪行けるとか、最高すぎるんだが。今日帰ったら、粉もん巡りの計画立てとこう」
テンション爆上がり中の伊角先生。寝不足でけだるげだった朝とは全くの別人のようだ。
「先生~。顧問として、ねぎらいの一つはないんですか~?」
「ん? ああ、全国出場おめっとさん。よく頑張ったな。俺、全然見てないけど」
うん、知ってる。この人、結局最後まで会場来なかったよね。
「……里見ちゃ~ん。どう思う~?」
「はい。そろそろこの現状を、他の先生方にも報告すべきかと。できれば、校長先生辺りに」
「はっはっは。たこ焼き奢ってやるからやめてくれ」
三人の賑やかな会話を横耳に、僕は窓の外に視線を送る。電車は今、郊外の田舎道を進行中。広大な田んぼ。点在する家々。軽トラに何かを詰んでいる男性。水色とオレンジ色の入り混じった空が、どこまでも広がっている。
そんな、哀愁漂う景色をぼんやりと眺めながら、僕はこんなことを思っていた。
いやああああああああああああああああ!
バカ野郎おおおおおおおおおおおおおお!
ぬあああああああああああああああああ!
何? 何なの? 告白忘れるってどういうこと? ずっと考えてたじゃん! 大会でいい成績残して、里見さんに想い伝えるって! いくら大逆転勝利で興奮してたとはいえ、忘れるなんてありえないでしょ! というか僕、一瞬思い出しかけてたよね! それが何? 「思い出さないってことは、そんなに大切な内容でもなかったのかな」だって? バカ野郎! 大バカ野郎! ヘイ、ドラ〇もん! タイムマシン出して! 自分のこと殴りに行くから!
もう心中は大洪水。ちょっとでも油断すれば、僕は確実に奇行に走る。最低でも、大声で叫びながら床をのたうちまわる。けれど、今はまだ外。里見さんも西山先輩も、ついでに伊角先生もいる。三人の前で奇行に走るわけにはいけない。将棋部退部の可能性すら出てくる。た、耐えろ。耐えるんだ、僕。
「渡辺君? 何か苦しそうですが、大丈夫ですか? 先ほどから一言もしゃべっていませんし」
横に座る里見さんが、僕の顔を覗き込む。彼女に見つめられるのがどうにも恥ずかしくて、僕は視線を窓の外に固定したまま口を開く。
「だ、大丈夫ですよ。ちょっと疲れてるだけなので、気にしないでください」
「……確かに、渡辺君は決勝で死闘を繰り広げていましたからね。それ以外でも今日はたくさん将棋を指しましたし、疲れがたまるのも当然です」
「あ、あはは。ですよね」
どうにかごまかせたようだ。実は心の中で悶え苦しんでますなんて、理由の一端を担う彼女に言えるわけがない。
「かくいう私も、実は少し疲れてしまって。もしかしたら、駅に着く前にうたたねしてしまうかもしれません。渡辺君、寄りかかっちゃったらごめんなさい」
「い、いえ! 問題ないです! むしろウェルカムです!」
わざとらしく胸を叩く僕を見て、里見さんが小さく微笑む。今の彼女はキャラ作り中。それなのに、どこか素の面影というか、無防備さが感じられた。トクンと、僕の心臓が優しく跳ねる。
ああ、やっぱり。
好きだなあ。
『間もなく、一宮。一宮に、到着します。お降りの際は、足元にご注意ください』
車内に流れるアナウンス。窓に映る景色の流れが徐々に遅くなり、車体が駅のホームへと入っていく。甲高いブレーキ音とともに電車は停止。それと同時に少し傾いた僕の体が、里見さんの体にちょこんと触れる。
そうだ。最高のチャンスを逃したのは事実だけど、告白できなくなったわけじゃない。諦めてなんかいられない。明日部室で……いや、違う。今日だ。今日、告白してしまおう。明日なんて待ってたら、なんだかんだでまたチャンスを逃すだけだ。
右手を握りしめる。疲れた心を奮い立たせる。キャラ作りをする里見さんのごとく、ピシリと姿勢を正す。
そんな僕の背中を押すかのように、乗客の入れ替わりを終えた電車が地元に向けて走り始めた。
♢♢♢
そうこうしているうちに、地元の千駄駅に到着。改札を通って外に出る。周囲の人の数はまばら。駅前を彩る噴水型のオブジェが、夕日に照らされてキラキラと輝きを放っている。
ちなみにだが、結局、電車内で里見さんのうたた寝&寄りかかりはなかった。ちょっぴり残念。
「じゃあ、ここで解散ってことで。お前ら、気をつけて帰れよ。事故って俺の大阪行きがおじゃんになるようなことがないように」
そう言い残し、伊角先生は足早に去っていった。きっとこの後、家で粉もん巡りの下調べでもするつもりなのだろう。はて、引率とは?
「……せめて、『俺の大阪行き』じゃなくて『お前らの大阪行き』って言ってほしかったなあ」
「渡辺ちゃ~ん。それは宝くじの一等を当てろって言ってるようなものだよ~」
「要するに無理というわけですね」
本当にあの人、将棋部顧問として、いや教師として大丈夫なんだろうか。むしろこっちが心配になるレベル。『やるときはやる男』なんて話、絶対嘘だ。
「さ~て。私はこの後、りゅうちゃんの家に行く予定があるから急いで帰らないと~」
「……もしかして、デートですか?」
「渡辺ちゃん、ご名答~」
頬を人差し指で掻きながら、真っ白な前歯を見せる西山先輩。
デート。その言葉の意味を、僕はもう知っている。大会後の疲れた体で勉強だなんて、受験生というのは本当に大変だ。今度、ねぎらいのジュースでもプレゼントしよう。二本買って、糸谷先輩にも渡してもらおうかな。
「ふふふ~。大会で優勝したって電話で伝えたら、りゅうちゃんが家に来ないかって言ってくれたんだ~。もしかして、サプライズで何か用意してくれてるのかな~。楽しみ~」
……あ。これ、マジもんのデートだ。リア充爆発しろ。
「じゃ、二人ともまたね~。今日はお疲れ様~」
「お、お疲れさまでした」
「お疲れ様です、部長」
陽気なスキップとともに駅地下の駐輪場へ向かう先輩。そういえば、今日は自転車で来たと言っていたっけ。先輩が自転車に乗ってる姿、あんまり想像が…………は!
ふと気づく。
自分が、里見さんと二人っきりであることに。告白のチャンスが、再び訪れたことに。
「さて、じゃあ私も」
「さ、里見さん!」
「……ど、どうしましたか? 渡辺君」
彼女の顔に怪訝な表情が浮かぶ。大きな瞳が、まっすぐ僕に向けられる。
「あ、あのですね……」
心臓が早鐘を打つ。無意識のうちに体が震える。唇が渇き、上手く言葉が出てこない。このままごまかしてしまおうか。不意によぎった弱気な思考を、全力で頭の外に蹴り飛ばす。
初めて会ったあの日から。初めて笑顔を見たあの日から。ずっと隠してきた。ずっと押し込めてきた。大会でいい成績を残して、里見さんに少しでも近づいたと思えるまではダメだ。そう、自分を戒め続けてきた。
けれど、それももうおしまい。
「わ、渡辺君?」
僕の様子がおかしいことに気づいたのだろう。ほんの少し後ろに下がる里見さん。
「ぼ、僕、えっと……」
「う、うん」
「里見さんに、伝えたいことが、あって」
「伝えたいこと?」
彼女が首をかしげる。一つに結ばれた髪が大きく揺れる。
どんな未来が待っているか分からない。もしかしたら拒絶されるかもしれない。でも、このまま何もしないんじゃ一生後悔する。伝えるんだ。里見さんに。僕の、本当の想いを。
いくぞ。
いくぞ!
いくぞおおおおおおお!
「さ、里見桂花さん!」
「は、はい!」
「実は僕、ずっとあなたのことが――」
「おーい! 桂花ー!」




