第13話 デ……
グラスを二つ持ち、ドリンクバーの機械とにらめっこする。
とりあえず、里見さんのコーラは確定として。僕はどうしようかな。せっかくだし、里見さんと同じに――
「あれ~? 渡辺ちゃんだ~」
突然聞こえた声に振り返る。
「に、西山先輩⁉」
「やっほ~」
そこにいたのは、我が将棋部の部長、西山先輩。
ハーフアップにまとめられた髪。フリルの付いた水色のワンピース。肩には綺麗な白のトートバッグを提げている。なんだろう。すごくおしゃれしてきましたって感じの見た目だ。
「ど、どうしたんですか? こんなところで」
「ふふふ~。実はね~」
「志歩ー。部屋にスマホ忘れて……って、あ」
「糸谷先輩も!?」
通路の向こう側から現れたのは、大人っぽいグレーのジャケットに身を包んだ糸谷先輩。彼は僕がいることに気がつくと、少し気まずそうな表情を浮かべた。
「ん~? 渡辺ちゃん、りゅうちゃんと会ったことあるの~? てっきり初対面だと~」
「……あ」
まずい。これ、どう言い訳しよう。
糸谷先輩とは、本の貸し借りを通して何度か交流がある。彼曰く、将棋の戦法やら王様の詰まし方やらはある程度分かってきたらしいが、西山先輩にはまだそれを隠しておきたいとのこと。ある程度指せるようになって、そのうえでカミングアウトしたいんだとか。
けれど今、僕と糸谷先輩が初対面ではないとバレてしまった。上手く理由を取り繕わないと、彼のサプライズが無駄になってしまう可能性が……。
「コホン。そんなことより、志歩。部屋にスマホ置きっぱなしだったよ」
「おっと、忘れてた~。りゅうちゃん、ありがと~」
「まったく。不用心もほどほどにね」
「は~い」
おお。さらっと話そらしてくれた。ありがとう、りゅうちゃん。
スマホを受け取った西山先輩は、いそいそとそれをバッグの中にしまう。そして、「これもあるし~。あれもあるし~」と忘れ物チェックを始めた。どうやら上手くごまかせたようだ。よかった。
「ところでお二人は、いつものごとくデートですか?」
とりあえず、糸谷先輩を見習って僕も話をそらしていく。
「そうだよ~。休日デ~ト」
「はは。といっても、ただ勉強してただけなんだけどね」
「……勉強?」
彼の言葉に僕は目を瞬かせた。てっきり、二人でカラオケデートを楽しんでいただけかと思っていたのに。
「一応、自分たちは受験生だから。課題も多いし、それ以外でもたくさん勉強しないといけなくてね。でも、ただ勉強するだけっていうのもつまらないから、図書館とかファミレスとか、いろいろ環境を変えながらやってるんだ。で、今日はカラオケを選んだってわけ」
「な、なるほど」
そっか。僕は一年生だからまだ実感はないけど、先輩たちは大学受験を控えてるんだ。なんか……すごいな。
漠然とそんなことを考えてしまう。もしかしたら、西山先輩が普段からデート、デート言っていたのも、二人で勉強する時間のことだったのかもしれない。だとしたら、リア充爆発しろ、なんて思っていた自分がバカみたいだ。これからは、もっと誠実に二人の応援を……。
「りゅうちゃんってば~。そんな固いこと言わないで~。勉強してるのは間違いないけど、これも立派なデートなんだよ~」
「……まあ、そうとも言えるのかな?」
「む~。私、デートだと思ってるから、こんなにおしゃれしてるのに~。りゅうちゃん、私のこともっと見てよ~」
「ごめんごめん。かわいいよ、志歩」
ナデナデ。
「……もっと~」
「はいはい」
ナデナデ。ナデナデ。
かわいい彼女の頭をなでる糸谷先輩。気持ちよさそうに目を細める西山先輩。
「…………」
ふう。
とりあえず、さっきの決意を訂正しよう。
リア充爆発しろ!
♢♢♢
「あ、そういえばさ~」
甘ったるいナデナデタイムが終了してすぐ、西山先輩が切り出した。
「どうしました?」
「渡辺ちゃんのそれ、気になるな~」
西山先輩の視線が下がる。その先には、僕の手にある二つのグラス。
一体これが何だというのだろう。首をかしげる僕に、彼女はワクワク顔でこう尋ねた。
「二つ持ってるってことはさ~。もしかして、渡辺ちゃんもデート中なのかな~?」
……………………は?
デート?
僕が?
誰と?
里見さんの顔が脳裏をよぎる。その瞬間、顔の温度が急激に上昇するのが分かった。
「真っ赤になってる~。ほほ~、これは図星っぽ~い」
「い、いやいやいや。ぼ、僕は別に。た、単に友達と来ただけっていうか」
「怪しい~。すっごく怪しい~」
僕の顔を覗き込む西山先輩。完全に疑われてしまっている。このまま放置していたら、部屋までついてきそうな勢いだ。もし里見さんと一緒に来ていることがバレてしまったら。とんでもなく気まずい未来しか想像できなくて、僕はただただ彼女と目を合わせないようにするので精一杯だった。
「こら、志歩。人のプライベートに首突っ込むのはよくないよ」
「え~。でも気になる~」
「彼が困ってるんだからやめなさい。ごめんね渡辺君。自分たちはそろそろ帰る時間だから。志歩、行くよ」
「いや~。せめて、部屋をチラ見だけでも~」
「ダメ」
糸谷先輩が、彼女の腕を引っ張っていく。だがそれでは彼女を抑えきれなかったのか、今度は腰に手をまわして抱きかかえるように店の出口へ。僕が慌てて頭を下げると、糸谷先輩は「どういたしまして」と言わんばかりに軽く微笑んだ。
「わ、渡辺ちゃ~ん。また月曜日にいろいろ教えてね~」
「野暮なこと聞くのも禁止。いい加減にしないと、もうナデナデしてあげないよ」
「そんな~」
糸谷先輩、すごいなあ。さっきも僕のこと助けてくれたし。ああいうのをできる男って言うのかもしれない。
……けど、またイチャイチャを見せられた気分だ。
二人を見送り、思い出したようにドリンクバーの機械を操作する。持っていたグラスに飲み物を入れ、部屋へと戻る。
「戻りました」
「おかえりー。なんか遅か……ナベくん、どうしたの? 顔がげんなりしてるけど」
里見先輩が不安げな表情で僕を見る。
「実は。さっき、西山先輩とばったり会いまして」
「え⁉ 部長、来てたの⁉」
「糸谷先輩も一緒で」
「お、おおう」
「二人のイチャイチャを、もろに見せられて」
「うん。なんとなく察したよ。さ、災難だったね」
「はは」
乾いた笑いとともに、コーラの入ったグラスを里見さんに手渡す。彼女は「ありがとう」と言いながら温かい目でそれを受け取った。
「ちなみに、ナベくんは何にしたの?」
「……ブラックコーヒーです」
「あ、はい」
ソファーに腰掛け、グラスを傾ける。
「な、ナベくん。お味はいかが?」
「……すっごい甘いです」
「あ、はい」
おかしいな。砂糖を入れた記憶はないんだけど。
しばし気まずい空気のまま飲み物を口に運ぶ。当てもなくテレビに視線を移すと、人気バンドグループへのインタビュー映像が流れている。彼らは和気あいあいとした雰囲気を醸し出しながら、最新の恋愛ソングについて熱い想いを語っていた。
『もしかして、渡辺ちゃんもデート中なのかな~?』
不意に思い出す、西山先輩の言葉。
デート、か。
僕がここに来たのは、無理をしている里見さんを見たくなかったからだ。それに、かなり強引に連れてきてしまった感もある。どう考えたって、デートとは言えない。
けれど……。
「うーん。コーラ、久々に飲んだなあ。ナベくんも一口いかが?」
「あ、僕はちょっと。まだいろいろ甘ったるいので」
「あはは。だよね」
里見さんは、どうなんだろ。デートだって、思ってくれてたりするのかな?
もしそうだったら……嬉しい、な。
「さーて。水分補給もできたし、歌っちゃおう。次はナベくんどうぞ」
「え? いや、僕は盛り上げ役を……」
「むむむ。私、ナベくんが歌ってるところ見たいのに。それに、私ばっかり楽しんでちゃ、デ……二人でカラオケに来てる感が薄くなって嫌でしょ」
「そ、そうですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
僕は、テーブルの上にあるデンモクを手繰り寄せ、急いで自分の歌えそうな曲を検索するのだった。




