第12話 …………よかった
「さ、行きましょうか。お金とかは僕が出すので大丈夫ですよ。本のお礼ですし」
里見さんを招き入れるようにして店内へ。マイクやらマラカスやらが並べられた受付。その向かい側には二台のドリンクバー。天井のスピーカーから流れるBGMが、店内を明るく彩っている。
「二人なんですけど。今いけますか?」
落ち着きなく店内を見回す里見さんを残し、僕は受付にいる男性店員に声をかけた。
「大丈夫ですよ。お時間はいががなさいましょう?」
「とりあえず二時間……いや、少し待ってくださいね。里見さん、どうしましょう?」
後ろに顔を向ける。おそらくずっとソワソワしていたであろう彼女。僕の質問に「ふえ⁉」と謎の反応が返ってきた。
「里見さん?」
「え、えっと。な、何でしたかね?」
「時間です。二時間くらいなら大丈夫ですか? それとも、もっと短い方がいいです?」
「に、二時間なら問題ありません、よ」
一つ結びにした髪を弄びながら答える里見さん。いつものようなキリッとした振る舞いが崩壊しかかっている。さすがの彼女も、初めて来る場所でキャラ作りをし続けるというのはなかなか難しいのかもしれない。
店員さんに向き直り、料金説明やら機材の説明やらを受ける。全部知ってるけど。
「お客様。会員証アプリはインストールされておりますか?」
「持ってます」
「では、こちらの機械にバーコードをお願いします」
言われたとおり、スマホ画面をバーコードリーダーにかざす。『ピッ』とお馴染みの音が鳴ると同時、店員さんが伝票ホルダーを僕に差し出した。
「これでお手続きは完了です。部屋はあちらの通路の突き当り、04号室になります。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます。さて里見さん、行きましょうか」
「は、はい」
いまだソワソワしている里見さんと廊下を進み、指定された04号室へ。中に入ると、巨大なテレビに流れる歌手のインタビュー映像が僕たちを迎えた。
「ソファーの奥どうぞ」
「お、お邪魔します」
「…………」
「わ、渡辺君、ど、どうしましたか?」
尋ねつつ、彼女の目は絶えず部屋全体を見渡している。あれ? というか、もしかして気づいてない?
「里見さん。ここ、個室ですよ」
「え? そ、そうですね」
「僕以外の人、いませんよ」
瞬間、里見さんが「あ」と小さな声を漏らした。顔を下に向け、肩をプルプルと振るわせる。
そして――
「ふわああああああああああああああああ!」
何事⁉
「すごい! 私、カラオケなんて初めて来た! ひやあああああ!」
「ちょ! いきなり叫ばないでください! びっくりするじゃないですか!」
「感動! 感動だよ、ナベくん! ほあああああああああ!」
「言ったそばから!」
初めてカラオケ来た人って、こんなに取り乱すものだっけ? というか、里見さんの髪ほどけてるんだけど。おかしい。僕、この部屋に入ってから里見さんのことずっと見てるよね? いつの間にほどいたの?
「ね! ね! ナベくん! この四角い機械はどうやって使うの⁉ というかテレビおっきい! あ! 天井の隅にミラーボール付いてる!」
キャラ崩壊ってすごい。この日、僕は改めてそれを理解した。
♢♢♢
「うーん」
ようやく落ち着いてくれた里見さん。彼女は今、曲選びの真っ最中。カラオケならどこにでもある電子目次本、略してデンモクが、彼女の指の動きに合わせてピコピコと音を立てている。
「悩んでますね」
「歌ってみたいやつは多いんだけどね。けど、歌詞が曖昧な部分もあるというか」
「あー。そういう時多いですよね。僕だったら、とりあえずなんとかなるか精神で選んじゃいますけど」
どんなに好きな曲でも、要所要所が曖昧なんてことはよくある話。けれど、画面に表示される歌詞と曲のリズムさえ掴むことができていれば案外歌える。カラオケなんてそういうものだ。
「……ナベくん。つかぬことを聞きたいんだけど」
里見さんが、デンモクで口元を隠しながらそう告げた。
「何でしょう?」
「ナベくんってさ、結構ここに来るの? ほら。会員証アプリ? も持ってたし」
「最近はあんまり。けど、中学の頃はよく来てましたね。ああ、いや。付き合わされたっていうほうが正しいかもですが」
「付き合わされた……えっと。だ、誰に?」
尋ねる里見さんの表情はどこか不安げで。僕にはその意味がよく分からなかった。
「ちょっと言うのは恥ずかしいんですけど」
「そ、それって。も、もしかして……」
「父さんです」
「……へ?」
ああ、うん。そういう反応になるよね。
「うちの父さんって、落ち込むとすぐカラオケに行きたがるんですよね。ストレス発散じゃーって言って。で、僕も盛り上げ役として結構付き合わされたんです。一番酷い時は、週一でここに来てました」
「そ、それはまた。す、すごいね」
「会員証アプリも強制的に入れさせられたんですよねー。『お前もいつかストレスためた時に来るといい』って言われて」
まあ僕の場合、ストレス解消法はカラオケではないわけで。会員証についている来店ポイントなるものも全くたまっていない。宝の持ち腐れというやつだ。
「そ、そっか。お父さんと。…………よかった」
「里見さん? 今何か言いました?」
「いや、別に。そうだ。私、これ歌ってみようと思うんだけど、この後どうしたらいいの?」
「機械の隅に『予約する』ってボタンないですか? それ押してもらえば大丈夫です」
「わ、分かった」
里見さんが機械を操作すると同時。テレビ画面に予約曲一覧が表示される。
「えっと。私、途中で間違えるかもしれないけど。笑わないでね」
「そんなことしませんよ。さて、僕は盛り上げ役の力を見せるとしましょうか。マラカスとタンバリンを――」
「あ、あんまり気合い入れないで。逆に恥ずかしいから」
そんな。盛り上げ役は気合いを入れてこそ(父さん談)だというのに。
テレビ画面が切り替わり、海辺の映像が映し出される。流れ始めた音楽には聞き覚えがあった。確か、この前母さんが見てた、『君と消えたぬいぐるみ』っていうドラマの主題歌だ。
「頑張ってください、里見さん」
「う、うん。頑張る」
頬にほんのり朱を浮かべながら、里見さんはマイクを両手で握りしめた。
♢♢♢
「ふあー。疲れたー」
ソファーの背もたれに体を預け、里見さんが両手を天井に突き上げる。
「里見さん、歌上手ですね」
「そうかな? あんまり自覚ないけど」
「次は採点システム入れて歌ってみるのはどうですか? AIが自分の歌を採点してくれるんですよ。メロディーガイドとかの機能もあって楽しいですよ」
「ほえー、すっごい」
里見さんの目がキラキラと輝く。まるで、新しいおもちゃを与えられた小さな子供のよう。
ここまで楽しんでくれるとは思ってなかったなあ。カラオケ、来てよかった。
「ねえ、ナベくん」
「どうしました? あ、採点システムの入れ方ですか? それなら、デンモクの真ん中あたりに――」
「ありがとうね」
それは、突然のことだった。キャラ作りなど微塵もない、ありのままの彼女が見せる無防備な笑み。何の前触れもなく現れたその表情が、僕の心臓を大きく跳ねさせた。
「さ、里見さん?」
「ナベくんが私をここに連れてきてくれたのってさ、本のお礼とかじゃないんでしょ」
「……そんなことないですよ」
「私がキャラ作りしなくていい場所だから、だよね」
「…………」
ば、バレてる。
おかしい。ここに来るまでの流れは完ぺきだったはずなのに。いや、確かに多少強引な感じはあったかもだけど。
「カラオケっていいね。他の誰にも見られないから、ナベくんといつも通りに話せるし」
「そ、そうですね」
「けど私、少しはしゃぎすぎちゃってるよね。ごめん」
「べ、別に謝るようなことじゃないですよ。カラオケではしゃぐのは普通のことなんですから」
まあ、部屋に入ったばかりの彼女は、かなり異常なテンションだったかもしれないが。
再度背もたれに背を預け、天井を見上げる里見さん。そして、ポツリと一言。
「今日、ナベくんと会えてよかった」
嚙みしめるように呟かれたその言葉に、体温が急上昇するのを感じた。心臓はもう爆発寸前。まずい。このままここいいたら、どうにかなってしまいそうだ。
「そ、そうだ! ここ、ドリンクバーもついてるんでした! 僕、取ってきますよ!」
「そうなんだ。じゃあ、私も一緒に……」
「いえ! 僕が里見さんの分も取ってきます! 何がいいですか⁉」
「あ、ありがとう。じゃあ、ウーロ……コーラで」
「了解です!」
似合わない敬礼とともに部屋を飛び出す。パタパタと手で顔を仰ぎながら、僕はドリンクバーコーナーへと向かうのだった。




