第98話 湖畔休憩地、ダンジョン都市に目をつけられる
ダンジョン都市中央広場に建つ都市管理棟。その上階の会議室では、先ほど森下たちが食堂で見ていたものと同じ価格比較の投稿が、大型モニターに映されていた。
この都市では、東京湾岸地下都市開発株式会社が外壁や道路、給排水などの共用設備を管理し、食堂や宿泊施設などは区画を借りた各企業が運営しており、地上の百貨店に近い仕組みだった。
会議机の中央には、都市運営本部長の室伏恭一が座っている。
右にはテナント事業部長の鳴海香織と施設管理部長の田所隆臣、左には渉外・法務部長の乾隆司がいた。
室伏は大型モニターの投稿を読み終え、鳴海へ尋ねた。
「湖畔休憩地の利用者は、一日数百人程度だろう」
「推定ではその範囲です。都市正門を通る探索者は一日数千人。中央広場の食堂と宿泊施設の稼働率も落ちていませし、売上だけを見れば競合と呼ぶ規模ではありません」
その報告を聞いて室伏は、そりゃそうだろうな、そう思った。
今朝確認したレポートでも売上の減少などは見られていない。
だったらなぜ、吹いて飛ぶレベルの小規模事業者相手に対して、上級幹部を招集した臨時会議をおこなったのか疑問が浮かんでくる。
「では、なぜこの程度のことで我々を招集したんだ?」
鳴海が、テナントから届いた報告をモニターへ表示する。
食堂テナント三社からは、湖畔と同じ価格にできない理由を利用者から毎日聞かれているという報告が届いていた。
宿泊テナント二社でも、二人部屋が湖畔の倍以上になる理由を受付で説明する回数が増えている。
共同シャワーの運営会社には、一万円は取りすぎだという苦情が続いている。
「テナント会からは、家賃、共益費、給水費、警備費の引き下げを求める要望書が届いています」
鳴海は要望書の項目を上から示した。
「客を取られているのではありません。あの施設が比較対象になったことで、これまで必要経費として受け入れられていた価格の説明を、各店が毎日求められるようになっています」
室伏は隣の田所へ話を振った。
「……聞くだけ無駄だろうが、下げられるか?」
「無理です」
田所が都市の維持費一覧を開く。
「共同シャワーには、給水設備用魔石、排水処理、清掃員、設備補修、警備の費用が入っています。温食には食材の搬送と護衛、冷蔵用魔石、調理員の危険手当、場所代が必要です」
モニターの表示が宿泊施設へ切り替わる。
「宿泊料金には二十四時間の警備、外壁、避難設備、清掃、給排水、共用通路の維持費が乗ります。家賃と共益費を下げれば、外壁の補修、給水、警備、廃棄物処理のどれかを削ることになります」
田所は料金一覧の隣に、都市の設備配置図を出した。
「そもそもですが、値段競争はしない、がダンジョン内の暗黙の了解です。そういったことから、探索者の要求を聞いて湖畔へ値段を合わせることはそもそもできません」
室伏は頷いた。
そもそもだが、地上とは違ってここは危険地帯である。
そんな場所で探索者に対してサポートの一環で建設されることになったこのダンジョン都市は、安全に対するコストは探索者が等分に負担する、これが原則であった。
探索者が寄せてくる要望には応えられない。
これは相談されるまでもなく、予め決まっていた答えではあったのだが、となると次の疑問が湧いてくる。
「その…湖畔休憩地は、なぜあの値段で維持できるんだ?」
室伏が尋ねると、田所は困惑気味の表情を見せる。
「……分かりません」
画面上は湖畔休憩地の情報へ切り替わる。
現れたり、消えたりする三階建ての建物が映し出され、外壁も常駐警備隊も使わず、魔物と未承認者を止める光の境界の動画が次に表示された。
「……これはフェイク動画か?」
田所は力なく首を横に振る。
「Yでアップロードされた湖畔休憩地の動画です。別確度で似たような動画は山ほど上がっており、ウチの調査員も派遣してちゃんと確認がとれています」
調査報告書には給水設備用魔石の搬入も、排水槽の回収も確認されていない。
だが、どういった原理で実現しているのか分からないが、シャワーでは水が使われ、建物にはあの厄介なスライム落としも必要ない。
「こちらが人と物と魔石を使って維持している機能を、あの施設は一つのスキルで代替しているように見えます」
室伏は難しい表情を見せる。
「そもそもだが、施設自体がスキルで実現しているということか??」
室伏の質問に、乾が別資料を開いた。
「ダンジョン庁が実地確認と鑑定まで行ったことは分かっています。能力の詳細は非公開で、営業停止命令も出ていません」
今度は鳴海が、Yに投稿された写真を古い順に並べた。
机と簡単な屋根だけだった休憩所へ水場とシャワーが加わり、その後は三階建ての宿泊施設へ変わっている。
さらに野外休憩所、バーベキュー、売店が増え、食堂ではデザートまで提供されていた。
「現在の売上は問題ではありません。ですが、この速度で設備と受入人数が増え続けた場合、半年後も一日数百人の施設とは限りません」
田所が、安全地帯の境界を撮影した画像を拡大する。
「あの安全地帯をほかの場所でも展開できるなら、都市の外壁や警備にこれだけの費用が必要なのかと、今以上に問われます」
ここで室伏はなぜこの会議が開催されたのか、ようやく真意にたどり着く。
「なるほど…だから排除したい、と」
室伏は、会議机に置かれたテナント会の要望書を見た。
「だが、そんな安くて評判のいい店を、都市運営会社がこちらの理由を盾に潰したと知られれば、今より苦情が増える。それも探索者から余計過ぎるヘイトを買って、な」
室伏の懸念に、乾が答える。
「現行法では、我々が直接止めることもできません」
湖畔休憩地は主要経路を塞いでおらず、都市の管理設備にも干渉していない。
ダンジョン庁も、現時点では営業停止を命じる根拠がないと判断している。
「なので、ここは我々が前面に出るというよりも、国の仕事……いや領分です。未知のスキルで、不特定多数を宿泊させる施設という事実から、これをきっかけに安全審査制度を作らせます」
乾は、用意していた要望書案をモニターへ出した。
要望書案には、建物が消失した場合の避難方法と、スキル所有者が意識を失った場合の安全地帯維持が審査項目として記されている。
その下には、給排水と食品衛生、入域拒否と強制退去、緊急時の行政立ち入りに関する項目が続いていた。
「業界団体から制度化を求め、審査が終わるまで営業を制限できる暫定措置も入れます」
田所は、暫定措置の項目まで読んでから口を開いた。
「国が安全性を確認するまでの制限であれば、都市側としても賛成です。こちらは設備ごとに安全基準を満たすための費用を負担している。未知のスキルで造られた施設にも、同じように審査を受けさせるべきでしょう」
「ええ。我々が直接排除を求めるのではなく、業界全体の要望として国に制度と判断を委ねます」
乾の説明を聞き、室伏は大型モニターへ戻した。
三階建ての湖畔休憩地と、その下に公式アカウントの投稿が映る。
『販売中の入場券は完売しました』
「……お前たちの意見はよく分かった。売上を奪われたからではない。都市の維持費を下げろという声が、これ以上大きくなる前に手を打つ」
室伏は乾へ、要望書案を進めるよう指示した。
「では、国を動かしましょう。安全審査を理由に営業を止めさせ、あの施設を第十階層から排除する。それが最も確実です」
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