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【書籍化決定!】ダンジョン湖畔の休憩地 〜限定オリジンスキルで始めた小さな宿屋に、探索者たちが帰ってくる〜  作者: 小狐


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第93話 新メニュー!!湖畔スイートポテト①

 魔力循環を終えたダンジョン芋を食べてから、5日後。


 8月5日、土曜日の午前11時を過ぎたばかりだった。

 開いた食堂へ探索者が次々と入り、配膳口に近い席からどんどん埋まっていく。


 前なら、開店するなり注文が集中すると、俺も小坂も厨房と食堂を走り回っていた。

 今は海路たちが調理を分担し、チカが配膳する順番を整え、空いた食器も戻りの便で回収している。

 注文票も料理も、以前のように途中で詰まらず流れていた。


 その日常の中で、配膳口の近くに座った男性探索者三人の会話が聞こえてきた。


 「俺、今日ここを使うの初めてなんだよ」


 「じゃあ、最初はこれがおすすめだ。カツカレーが好きなら絶対に外さないぞ」


 隣の探索者が、テーブルのメニュー表を開いた。

 Aセットの写真を見せようとページを繰ると、デザート欄に見慣れない一行が増えていた。


 「おや?」


 「どれがおすすめなんだ?」


 初利用の探索者が尋ねても、メニュー表を持つ男は答えない。

 追加された一行に顔を近づけた。


 「新メニューだ。それも、デザートじゃないか」


 「え、デザートメニュー?」


 向かいに座った探索者が、テーブル越しにメニュー表を受け取った。


 「ああ、これ見てみろよ」


 デザート欄に新しく載っているのは、一品だけ。


 『湖畔スイートポテト 1個1,200円』


 「スイートポテト?」


 三人の声が重なった。

 湖畔スイートポテトは、魔力循環後のダンジョン芋を使い、この5日間の再試作を経てメニューへ加わった。

 食堂での一般提供は、この日の昼営業から始まっている。


 「とりあえず、それぞれ食べたいものを頼もうぜ。あと、このデザートも一個ずつな」


 三人はAセット、Bセット、Cセットを一つずつ選び、湖畔スイートポテトを三個追加した。

 注文を受けたチカが食堂用スマホへ入力し、厨房へ戻ってくる。


 「新メニュー、さっそく三つ入りましたよぉ」


 「よし。食後に出そう」


 その間に、海路たちが三人分のランチセットを仕上げた。

 チカは三往復することなく、配膳ワゴンへ料理を揃えて席まで運んでいく。


 初めて利用する探索者の前へ、Aセットが置かれた。

 ワイルドボアカツカレーに、ミニ魔物骨出汁スープ、湖畔サラダ、魔力水がついている。

 揚げたてのカツにカレーが半分ほどかかり、衣の一部はまだきつね色を残していた。


 「めっちゃ美味しそう。これがダンジョン内で、それもこんなお手頃価格で食べられるのか……」


 スプーンが、カツとカレーを一緒にすくい上げる。

 衣が崩れる音を聞いた男は、そのまま大きな一口を頬張った。


 「うまっ! カツが柔らかいし、カレーに肉の味が負けてない。ダンジョン都市の食べ物とはレベルが違うな!」


 「だろ? ここはいつも混んでるけど、混んでる理由は分かるだろ?」


 「ああ。これなら並んでも食べたくなるわ」


 三人の料理を運び終え、別の席から空いた食器を回収してきたチカが、厨房へ戻るなり俺たちへ伝えた。


 「初めてのお客様、Aセットをすごく喜んでくれていますよぉ」


 男は返事をした直後には、もう次のカツをすくっていた。


 三人はそのまま食べ続けた。

 カツカレーも、味噌焼き丼も、焼きおにぎりとつみれ汁も、話していた時間よりずっと早くなくなっていく。


 三人分の空いた食器が下げられ、それから少しして、チカが三枚の白い皿を運んできた。


 「お待たせしました。こちらが新メニュー、湖畔スイートポテトです」


 皿の上には、一般的なスイートポテトより一回り大きな焼き菓子が載っていた。

 表面には艶のある焼き目がつき、その下から濃い黄金色が透けている。

 そして黄金色の生地のあちこちに、宝石の破片を埋め込んだような光の粒が輝いていた。


 「大きさは普通より少し大きいくらいだけど……。このキラキラした粒、何だ?」


 「飴か? でも、飴にしてはやたら宝石みたいに光ってるな」


 隣の探索者が、添えられたスプーンの先で表面の粒へ触れた。

 光の粒は固い音を返さず、スプーンの先からほどける。

 五つ、六つと金色の光が宙へ浮かび、テーブルの上で輝きを消していった。


 「おお……何だこれ!?」


 「面白いな……!」


 三人はすぐに食べ始めず、スプーンで軽く触れては、光がほどける様子を見ていた。


 「しかし、めっちゃ濃い黄色だな」


 「焼き目と黄色の濃さがいいな。市販のスイートポテトを、さらに濃くしたみたいで不自然なのに、逆にそれがうまそうだ」


 「とりあえず、食ってみようぜ」


 初利用の探索者が、スプーンを差し入れた。

 表面の焼き目が抵抗もなく切れ、濃い黄金色の断面が現れる。

 表面よりも多い光の粒が、断面の奥から次々とこぼれ出した。


 「み、見ろよ! 中にめっちゃ光の粒がまぶされてるぞ!」


 「おおお……すげえ。これ、スマホで撮ろうぜ!」


 向かいの探索者がスマホを取り出し、カメラを断面へ向けた。

 隣の男も自分の分をすくい、光の粒が舞うところを動画で残し始める。


 同じころ、チカは他の席にも湖畔スイートポテトを運んでいた。

 あちこちのテーブルで光が舞い、驚く声とスマホの撮影音が続く。

 さっきまでデザートを頼むつもりのなかった探索者までチカを呼び止め、新メニューを追加していく。


 三人の席では、向かいの探索者だけがスマホを構えたままだった。

 初利用の探索者と隣の男が、撮影されながら黄金色の一口を口へ入れる。


 二人の表情が、同時に変わった。


 「うおおお!? 何だこれ?」


 「どうした? 大丈夫か? 変ならすぐに吐き出せ!」


 スマホを向けていた男が、椅子から腰を浮かせた。

 声を上げた本人は、スプーンを持ったまま何度も手を振る。


 「あ……いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」


 隣の探索者も、口を閉じたまま何度もうなずいた。


 「消えた……。口の中にあったスイートポテトが消えた。それも、強烈な芋の甘味を残して……消えた……」


 そこまで聞くと、向かいの探索者もスマホのカメラを自分の皿へ向け直した。

 撮影を続けながら、空いた手でスプーンを取る。


 「じゃあ、俺も食べてみるか」


 光の粒がこぼれる一口を、そのまま口へ運んだ。

 ほとんど噛むひまもなく、舌の上から黄金色の菓子がほどけていく。


 「おおおお!? 何だこれ?」


 向かい側に座る初利用の探索者が笑った。


 「だろ?」


 三人だけではない。

 右隣のテーブルではスプーンを口へ入れた女性探索者が目を見開き、左隣のテーブルからも「溶けた!」と声が上がった。


 「これ、本当にスイートポテトか? もっと芋感があって、口の中にもそもそした食感が残ると思ってたのに、アイスみたいに溶けたぞ!」


 「そうなんだよ。繊維っぽさが全然ない。口の中で解けるっていうか……いや、溶けるだな。舌に乗せた途端、すぐに消えていくんだよ」


 「それで、この芋の甘味だろ? めっちゃ濃い。濃いのにしつこさがなくて、もう一口食いたくなる」


 三人が感想を言い合っている間にも、スプーンは次の一口をすくっている。

 食堂の他の席からも似たような感想が続き、注文していなかった探索者たちが、メニュー表のデザート欄を開き始めた。


 新しい注文を運び終えたチカが、三人のテーブルのすぐ横を通りかかった。

 その隣のテーブルでは、以前にも湖畔休憩地を利用している探索者が、食べかけの皿を示してチカを呼び止めた。


 「ちょっとチカさん! これ何なの? 本当にスイートポテト?」


 チカは呼び止めた探索者の皿を見ると、嬉しそうに笑った。


 「ええ、そうですよ。それはダンジョン芋を使った湖畔休憩地の新メニュー、湖畔スイートポテトです。まだいっぱいあるので、ぜひ追加してくださいねぇ」


 チカは笑顔のまま、次のテーブルへ向かった。

 その説明は、すぐ隣の三人にも届いている。

 三人は、スプーンと黄金色の断面を手元に残したまま、互いの顔を見た。


 「えっ……これ、ダンジョン芋なの!?」

読んでいただきありがとうございます。

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