第91話 ダンジョン芋と特殊調理食材⑤
俺が差し出したダンジョン芋を、海路は両手で受け取った。
向きを変えながら硬い皮を撫で、ずっしりした重さを量っていく。
小坂が調理台の向こうから身を乗り出した。
「どうですか。何か分かります?」
海路は答えなかった。
芋を見つめたまま眉を寄せ、何かを探すようにゆっくり息を吐く。
「海路、どうした?」
もう一度呼ぶと、海路が厨房の出口へ歩き出した。
ダンジョン芋は両手で抱えたままだ。
「海路さん、どこへ行くんですか?」
チカの声にも反応せず、海路は厨房を出ていく。
来戸が作業台を離れると、五里蔵と森野も俺たちのあとに続いた。
食堂の利用が一段落したあとも、館内には休憩中の探索者が大勢残っている。
海路は食堂席の間を抜け、そのままロビーを横切った。
「何か始まるのか?」
入口近くにいた別の探索者も、椅子から立ち上がった。
「厨房の人たちが全員ついていってるぞ」
声を上げた探索者たちが道を空ける。
海路は周囲を見ようともせず、正面入口から外へ出た。
「海路、待てって。どこへ行くんだ?」
屋外の休憩場所にも探索者がいる。
その間を抜けた海路が向かっているのは、建物を囲む安全地帯の端だった。
「海路さん、そこから先には出られませんよ」
小坂の言う通り、異界人材として契約した海路は安全地帯の外へ出られない。
海路は境界ぎりぎりの内側で止まり、ダンジョン芋を胸の前に持ち上げた。
目を閉じたまま、しばらく動かない。
俺たちの声も、見守る探索者たちのざわめきも聞こえているはずなのに、返事はなかった。
やがて海路が目を開ける。
次の瞬間、その場へしゃがみ込み、片手で地面を掘り始めた。
「えっ、土を掘るんですか?」
小坂が足元を見つめる横で、海路は芋を脇に抱え、土をかき集めている。
爪の間に土が入ることさえ気にしていない。
「ボウルを持ってきます」
チカが建物へ駆け戻った。
俺は海路の前へ回り込んだが、土を掘る手は止まらない。
「本当に、これが調理に必要なのか?」
返事がないまま、掘り返された土が少しずつ積み上がっていく。
ほどなくチカが金属製のボウルとスコップを抱えて戻ってきた。
海路はスコップを受け取り、境界の内側から土をすくう。
ボウルが半分ほど埋まったところで、ようやく手を止めた。
「この土が必要です」
いつもの海路の声に戻っていた。
俺たちの周りにいた探索者から、困惑した声が漏れる。
「芋の声でも聞こえたのか?」
「分かりません。声が聞こえたのか、スキルが教えているのかも。ただ、この芋が土へ戻りたがっているように感じます」
海路は土のついた自分の手を見て、今さら気づいたように目を見開いた。
それでも、土の入ったボウルを見ると、深くうなずいた。
「これを厨房へ持ち帰ります。試したいことがあります」
俺たちは探索者たちの視線を背中に受けながら、休憩地施設内へ引き返した。
◇
厨房へ戻った海路は手を洗い、空けてあった試作用の調理台へボウルを置いた。
チカと森野が土から目立つ小石と草の根を取り除き、五里蔵が水を少しずつ加えていく。
海路は粘りの出た土を手に取り、ダンジョン芋へ直接塗り始めた。
皮が見えなくなるまで覆い、握りこぶしよりひと回り大きな土の塊にしていく。
「塩釜焼きの土版みたいですね」
海路は土の厚みを整えながら、小坂へ聞き返した。
「それは、どんな調理法なんですか?」
「食材を塩で覆って、そのまま焼く調理法です。焼き上がったら、固まった塩を割って中身を取り出します」
海路は教わった工程と比べるように、土の塊を見直した。
「なるほど。包んで焼く形は似ています。でも、これは塩の代わりではありません。この芋には、ダンジョンの土が必要なんだと思います」
森野が海路へ尋ねた。
「ダンジョン以外の土では、同じことはできないんですか?」
海路は芋の表面へ最後の土を塗り、隙間を塞いだ。
「できないと思います。芋と土が、元から一つだったような感覚があるんです」
海路は土の塊をアルミホイルで何重にも包み、オーブン用のトレーへ載せた。
アルミホイルは芋に触れておらず、ダンジョン土の外側だけを覆っている。
「火は、どのくらいにしますか?」
焼き場を担当する来戸がオーブンの前で待っていた。
「弱い火で、3時間ほどお願いします。火を強くすると、また中の魔力が抜けます」
来戸は火加減を合わせ、トレーをオーブンへ入れた。
重い扉が閉じると、厨房に小さな作動音が残る。
「今回は、魔力を逃がさずに焼くってことか?」
俺が尋ねると、海路は泥の残ったボウルを見下ろした。
「逃がさないというより、外へ出ようとする魔力を土へ預ける感じです。まだ、その先までは分かりません」
海路にも、魔力を土へ預けたあとで何が起きるのかは、まだ見えていないようだった。
あとは、オーブンの中で何が起きるか待つしかない。
そして来戸が厨房で使い終えた器具を洗いながら、同時に火加減を見守っている。
日付が翌日に変わり、午前1時を過ぎたころ。
来戸がオーブンの扉を開いた。
熱気と一緒に、乾いた土の匂いが広がる。
厚手の手袋をした来戸がトレーを取り出し、調理台の耐熱板へ載せた。
「3時間経ちました」
海路がうなずき、アルミホイルの端を開いていく。
銀色の包みの中から現れたのは、焼き物のように固まった茶色い塊だった。
来戸が金属のへらで表面に触れる。
コン、と乾いた音が返った。
「完全に固まっていますね、これ」
「まさかと思うが、芋まで炭になってないか?」
見た目だけなら、土を固めた置物だ。
俺が覗き込むと、海路が手を出して止めた。
「待ってください。ここを見てください」
土の表面に細い亀裂が走っている。
その奥で、金色の光の粒が一つ生まれ、すぐに消えた。
続いて二つ、三つと、淡い光が亀裂からこぼれる。
「これ、あの時の……!」
小坂もロックホーン肉を見た時のことを思い出したらしい。
チカは土の殻へ身を寄せ、亀裂から現れる光を追った。
「魔力調理反応です。数は少ないですけど、間違いありません」
海路はすぐには喜ばず、亀裂の内側を見つめていた。
「中を確認しましょう。殻を割る物はありますか?」
俺は設備確認用の小ぶりなハンマーを持ってきた。
五里蔵がトレーの周囲へ厚手の布を広げ、砕けた土が飛ばないように押さえる。
「これでいいか?」
「はい。ただ、芋を傷つけないよう、端からお願いします」
海路が殻の先端に近い部分を示した。
俺はそこを狙い、軽くハンマーを振り下ろす。
乾いた音が響いたが、殻は割れない。
もう一度叩くと亀裂が広がり、三度目で土の塊が大きく二つに割れた。
閉じ込められていた湯気が一気に立ち上る。
焼けた芋の甘い香りと一緒に、金色の光の粒が厨房へ舞い上がった。
「うわ……何ですか、これ」
小坂が息を呑んで、一歩前へ出た。
割れた土の殻の中央には、皮まで金色の光をまとったダンジョン芋があった。
「甘い匂いがします。今までのダンジョン芋とは違います」
森野の言葉に、五里蔵も鼻を近づける。
海路はトングで芋を持ち上げ、割れた殻の内側を覗き込んだ。
土の内側にも、わずかな光の粒が残っている。
芋から離れたところで生まれた光が、弧を描いて芋へ引き寄せられた。
「魔力が満ちています。今まで魔力戻しを試した時より、ずっと強いです」
「じゃあ、完璧な魔力戻しができたのか?」
「いえ……違います。今回は、魔力水で外から補っていません」
海路は光をまとった芋をトレーへ戻した。
まだ芋の皮を割ろうとはせず、立ち上る湯気が収まるのを待った。
「加熱で芋から抜けようとした魔力を、ダンジョンの土が受け止めたんだと思います。そして土から、もう一度芋へ戻した。それを焼いている間、ずっと繰り返していたんです」
魔力を外から足したのではない。
ダンジョン芋が持っていた魔力を、同じダンジョンの土が受け止め、芋へ返し続けたのだ。
「なら、これは何なんだ?」
海路は芋を包む光の粒を見つめ、ゆっくりと言葉にした。
「魔力循環……。そう呼ぶのが、一番近いと思います」
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