第90話 ダンジョン芋と特殊調理食材④
その声に、厨房が沸いた。
「おおっ!」
「本当にあったんですか?」
「特殊調理です。技能書《特殊調理》!」
「おお、お目当ての物があったのですね。それは良きことでございます。うんうん」
ウリオが何度も頷く横で、俺は商品名の下にある詳細を読み進めた。
使い切り型で、有効なのは一人だけ。
習得するのは常時働くパッシブスキルで、使っていくうちに成長する。
「特殊な手順を必要とする食材に対し、調理手順を示すスキル……。ただし、スキルレベルに見合わない食材には効果を発揮しない。魔力消費は0だってさ」
「そのような技能が、本当に書物一つで……」
海路は、カタログから目を離せずにいた。
「まだ続きがあります。類似するスキルを持っていた場合、統合上昇する可能性があるので注意……と書いてありますね」
小坂に言われ、最後の注意書きも確認する。
統合上昇によって何が起きるのかは分からないが、今の俺たちが求めていた物で間違いない。
「先輩。その次の行……」
「必要ポイントは……10,000ポイント?!」
俺の声に、厨房の空気がもう一度変わった。
「えっ、10,000?」
「呼び出す分まで合わせたら、11,000ポイントですよね」
チカと森野が金額を確かめ、五里蔵は腕を組んだ。
「スキルの書なら、それくらいはするのでしょうね……」
「ただ、簡単に決めてよい額ではありません」
来戸の言う通り、異界人材七人を初めて呼び出した時の費用を、はるかに上回る。
それでも、ここで迷う理由はなかった。
「みなみうり商店さん。今回取引するのは、この《特殊調理》でお願いします」
小坂がこちらを向いたが、止めはしなかった。
細い目をさらに細めたウリオの口が、大きく弧を描く。
「お目が高い。スキル系は、取り扱い商品の中でも結構なレア度を持つ商品でございます。提示された時は、迷わず取引することをおすすめいたします。シシシシシッ!」
ウリオが片手をかざす。
軽い音とともに、目の前へ丸められた羊皮紙が現れた。
赤い封蝋には、半分に切った瓜のような印が押されている。
「では、お取引させていただきます」
俺の前へ、【休憩地】の表示が開いた。
――――――――――――――――――――
【休憩地】
表示種別:取引申請
申請元:異次元商店《みなみうり商店》
みなみうり商店が取引を求めています。
応じますか?
はい/いいえ
――――――――――――――――――――
俺は迷わず【はい】を選んだ。
すぐに、次の確認画面が開く。
――――――――――――――――――――
【取引内容確認】
商品名:技能書《特殊調理》
必要ポイント:10,000ポイント
取引前残高:51,713ポイント
取引後残高:41,713ポイント
この内容で取引しますか?
はい/いいえ
――――――――――――――――――――
「改めて見ると、すごいUIですね。異次元の商人さんとの取引なのに、金額も商品名も日本語で出てます」
「ここまでしてくれるなら、押し間違えたとは言えないな」
俺は小坂へ笑い返し、もう一度【はい】を押した。
表示の中央で、細い輪が回り始める。
数秒後、その輪が消えた。
――――――――――――――――――――
取引が成立しました。
商品名:技能書《特殊調理》
消費ポイント:10,000ポイント
現在残高:41,713ポイント
――――――――――――――――――――
ウリオは手帳へ目を落とし、すぐに閉じた。
「みなみうり商店は、取引の成立を確認いたしました。湖畔ポイント10,000の移動も確認できております。では、こちらをどうぞ」
「ああ」
差し出された羊皮紙を受け取る。
紙と呼ぶには厚く、手のひらへ載せると見た目よりも重かった。
「本日はお取引いただき、ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。それでは……」
ウリオが一礼すると、足元に黒い渦が現れた。
体を包んだ煙から色が抜け、黒い人影へ戻っていく。
最後まで弧を描いていた口も煙に隠れ、その姿は渦の中へ沈むように消えた。
床に跡は残らない。
厨房には、いつもの調理台と道具、試作品を前にした七人だけが残った。
誰もすぐには話さなかった。
「これが、スキルの書なのか……」
俺が口を開くと、小坂が封蝋の印を覗き込んだ。
「この形式は初めて見ました。この世界にも、こんな形の物があるんですか?」
「俺の【解体】は魔石みたいな物だったな。【休憩地】もそうだったけど」
「私も実物は初めて見ました」
「本当に、あれがスキルの書……」
海路たちも、封蝋付きの羊皮紙から目を離せない。
希少品だと知っていた彼らにとっても、目の前にあること自体が信じられないらしい。
「これを誰に使うか、だが……」
五人の視線が俺へ集まる。
俺は、羊皮紙を海路へ向けた。
「海路。お前が使うんだ」
「えっ?? 私に、ですか?」
海路だけでなく、チカたちも驚いている。
小坂は納得したらしく、何度も頷いていた。
「間違いなく、お前が持つにふさわしいだろ?」
「いや、しかし……」
海路は受け取ろうとせず、厨房で働く四人を見回した。
「魔物食というジャンルを今後も追い求めていくためには、海路だけじゃない。ここにいる厨房スタッフ全員の力が必要だと思っている」
「ですが、こんな貴重な物を……」
「何言ってんだ。これは手始めだよ」
俺は羊皮紙を、海路の両手へ載せた。
「これからも取引して、スキルの書を獲得していく予定だ。新しいスキルは、率先して異界人材のみんなに渡していくから、よろしくな」
厨房の四人は黙ったまま、俺と海路を見ている。
海路は手の中の羊皮紙へ目を落とし、封蝋をしばらく眺めていた。
やがて顔を上げる。
「はい! お任せください!」
「これからも頼んだぞ」
「それ、どうやって使うんでしょう」
小坂の疑問に、俺も答えを持っていなかった。
「その封蝋を開ければ、何か起こりそうだけど」
海路は周囲を見回し、全員が離れたことを確かめた。
「では、開けますね」
封蝋が外れ、丸められていた羊皮紙が広がる。
中には、俺には何語か分からない文字が、隙間なく書かれていた。
最初の一文字が光る。
光は隣の文字へ移り、羊皮紙の端から端まで駆け抜けた。
浮かび上がった文字が紙から離れ、海路の手の上で一つの光の珠になる。
「なっ……」
海路が手を引くより早く、珠は胸元へ吸い込まれた。
光は服の上に残らず、そのまま体の中へ溶けていく。
海路は胸元を確かめたあと、広げた羊皮紙へ目を戻した。
先ほどまで並んでいた文字は、一つ残らず消えている。
「あ、スキルを習得しました!」
「おお! おめでとう!」
「海路さん、おめでとうございます」
「すごいです。本当に習得できるんですね」
厨房から次々と祝福の言葉が飛ぶ。
「ありがとうございます。朝倉さん、本当にありがとうございます!」
海路は何度も礼を言い、そのたびに胸元へ手を当てた。
まだ実感を確かめているようだった。
「じゃあ、早速試してみるか」
俺は調理台の端に残していた、生のダンジョン芋を持ってきた。
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