第88話 ダンジョン芋と特殊調理食材②
「特殊調理食材??」
「なんだ、それ?」
「特殊な調理が必要な食材って意味ですかね?」
俺と小坂が続けて尋ねると、海路は頷いた。
「私の世界にある、扱いが難しい食材のことです。通常の調理方法では、全く調理が進まない食材をそう呼びます」
火を通しても、食べられる状態へ変わらない。
味を付けようとしても馴染まず、食材ごとに決まった特殊な手順を踏まなければ、本来の味や食感を引き出せないという。
「なに? そんな面倒くさい食材があるのか?」
俺には、わざわざそんな性質を持つ食材が存在すること自体が不思議だった。
五里蔵は調理台に残っていた生のダンジョン芋を持ち上げる。
「あり得ますね。これだけ手を加えても変わらない理由にはなります」
「その線は考えていませんでした。普通の作物だと思って、普通の菓子作りばかり試していましたから」
森野にも、特殊調理食材という言葉は通じているらしい。
来戸とチカも、海路の説明に疑問はないようだった。
小坂が、その違いに気づく。
「私たち以外は、意味が通じてますね」
海路は、俺と小坂の反応が予想外だったらしい。
「この世界には、特殊調理食材はないんですか?」
「俺は初めて聞いた」
小坂も首を横に振った。
「例えばですが、私の世界には有名なキノコがあります。そのキノコには、ひとかけらでも口にすれば即死するほどの猛毒が蓄えられています」
「猛毒を持っている食材?? フグみたいなものか?」
「フグはよく分かりませんが、そのキノコは通常の調理方法では一切食べられません。ですが、決められた調理方法を用いることで猛毒が裏返り、天国へ昇るかのような旨味へ変わります」
「猛毒が旨味に?!」
「はい。そうした特殊な調理を施さなければ食材として扱えない難しい物を、私たちの世界では特殊調理食材と呼んでいます」
「へぇ……そんなへそ曲がりな食材があるなんて……」
「では、この世界にはないのでしょうか」
森野の問いを聞きながら、俺はこれまでの出来事を思い返す。
特殊調理食材という呼び方は知らない。
だが、特殊調理という言葉なら、最近どこかで見た覚えがあった。
「特殊調理食材…最近どこかで見たことがあるような…」
「え? 先輩、どこでですか??」
「うーん、ほんと最近のことだと思うんだけど、似たような文言をみた記憶が…」
その時、俺は最近解放されたある機能を思い出す。
「あ……いや……あるかも、じゃないな。俺と小坂は、その手掛かりになるものを見ている」
「え? 私も見てるんですか?」
小坂はまるで思い当たらないらしい。
「この前、新機能が解放された時のことを思い出してくれ」
「ああ、あの異次元商店の時ですか?」
「そうだ。あの機能の説明には、取扱商品の例が書かれていただろ」
「そういえば書いてましたね……。なんて書いてありましたっけ?」
「そこの欄に、こう書いてあったのを覚えてないか。技能書って」
小坂はしばらく考え込み、急に答えへたどり着いた。
「そういえば、ありましたねぇ……あっ!!」
その反応に、俺はニヤリと笑った。
「あそこには、こう書いてあった。技能書《特殊調理》と」
俺と小坂の間では話がつながったが、厨房の五人には何のことか分からない。
「その商人について、詳しく教えてもらえますか?」
森野の問いに、俺は《みなみうり商店》について説明した。
休憩地スキルで解放された機能の一つで、異次元から商人を呼び、こちらの世界では通常手に入らない商品を休憩地ポイントで購入できる。
その取扱商品例の中に、技能書《特殊調理》と表示されていたのだ。
話を聞いた五人の反応は、俺たちとは違っていた。
「そんな物まで買えるんですか?」
チカが驚くと、五里蔵もすぐに言葉を続ける。
「スキルの書のことではないでしょうか。あれは、簡単に手に入る物ではありませんよ」
「私も実物を見たことはありません。そんな物まで取り寄せられるんですか?」
来戸の疑問に、森野も技能書が本当に商品として並ぶのかを確かめたがる。
同じ異界から来た五人にとっても、技能書は滅多に触れられない品らしい。
海路は、調理台のダンジョン芋を見た。
「もし、それが手に入れば……」
「ああ。もしかすると、このダンジョン芋も調理が進む可能性がある」
通常の菓子作りでも、海路の魔力戻しでも変わらなかった食材だ。
特殊調理という技能があれば、初めて次の段階へ進めるかもしれない。
だが、小坂は期待だけで話を進めなかった。
「でも先輩。あれ、どのくらい湖畔ポイントを使うか分からないですし、そもそも商品例なので、本当に取り扱っているかどうかも分からないですよ?」
「うっ」
商人を呼ぶだけで、休憩地ポイントを1,000も消費する。
そこから技能書を買うなら、さらに商品代が必要になる。
しかも、訪問ごとに商品の内容は変わると表示されていた。
小坂の言うことは、何一つ間違っていない。
俺は厨房に残る五人を見た。
五里蔵はまだダンジョン芋を手にしたままで、森野も試作に使った道具を片づけていない。
来戸とチカも話の続きを待ち、海路は俺の返事が出るまで調理台の前に立っていた。
新しい手掛かりを得た今、ここでダンジョン芋を諦めたい者はいない。
もちろん、俺も同じだった。
「どうせ避けられないわけだし、呼び出してみようか」
小坂は止めても変わらないと悟ったらしく、ため息をついた。
「先輩、絶対そう言うと思いました……」
「もう、俺のことは分かっているだろう?」
小坂が一緒にいる時だけ呼ぶという約束も守っている。
技能書がなくても、商人がどんな商品を持ってくるのかは確かめられる。
それだけではなく、新機能の解放からダンジョン芋の試作まで、別々に起きたことが、ここで一つにつながったように思えた。
「でもさ、これは何となくだが、スキルが言ってるような気がする。異次元商店を使え、と」
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